陛下の「お気持ち」─「ご存在」の継続が大切  大原 康男(国学院大学名誉教授)

8月8日、天皇陛下がビデオメッセージで「社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場
合、どのような在り方が望ましいか」についての「お気持ち」を発表され、厳粛な気持ちで拝聴し
た。

 日本国内はもちろん海外での関心も高く、ヨーロッパや中国、韓国、タイなどアジア圏でも速報
で伝えられ、台湾の中央通信社も速報で伝えた後、お言葉の全文を中国語に翻訳して配信した。

 また、台湾との窓口機関である公益財団法人交流協会の台北事務所(駐台湾日本大使館に相当)
も8月10日、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」と題してホームページにその
全文を日本文と英文で掲載するとともに、ビデオメッセージも視聴できるよう配信している。

 日本のナショナルデーは、天皇陛下お誕生日の12月23日。日本の在外公館はこの日をお祝いし、
その国の要人を招いて「天皇陛下御誕生日祝賀レセプション」を開いている。台湾でも平成15年
(2003年)12月12日に交流協会台北事務所が主催して開催して以来、毎年開かれている。昨年は12
月11日に開かれ、蕭万長・前副総統や立法院の王金平・立法院院長など、台湾の各界要人が参列し
て祝意を表した。

 台湾でも関心が高い陛下が提起された問題について、今後は「お気持ち」を受け止めた政府や宮
内庁がどのように法整備を行っていくのかが焦点となってゆくものと思われる。

 『天皇―その論の変遷と皇室制度』『象徴天皇考』『平成の天皇論』などの著書がある大原康
男・國學院大学名誉教授は、8月11日付の産経新聞「正論」で「陛下のご趣意は『高齢化社会』の
時代における『高齢化された天皇』のお務めはいかにあるべきか、というまったく新たな問題提起
と申し上げてよいものだろう」と述べるとともに、ポイントは「新旧両典範が『皇位の安定性』と
いう積年の悲願から掲げてきた『終身在位』の原則に、わが国の歴史で初めて到来した『高齢化社
会』の現実をいかに調和させるか」にあると説く。

 本誌では、大原氏がその前日の8月10日付「産経新聞」に発表された談話をご紹介したい。趣旨
は「正論」とほぼ同じだが、法整備についてより具体的に言及しているからだ。

 それにしても、陛下がビデオメッセージでお気持ちをお伝えするような事態を招来したこと自体
に重大な問題が潜んでいるようにも思われ、日本国民の一人として申し訳ない思いが去来する。

◆象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば【8月10日:交流協会台北事務所】
 http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12


「ご存在」の継続が大切 国学院大学名誉教授・大原康男
【産経新聞:2016年8月10日「生前退位 私はこう思う」】

 天皇陛下がビデオメッセージでお気持ちを表明されるのは、平成23年3月16日に発せられた東日
本大震災の被災者へのお見舞い・激励、世に言う「平成の玉音放送」に続き2度目となる。

 メッセージを拝見し、陛下は憲法上のお立場をかんがみて非常に気を使われつつ、年来思ってこ
られたことを国民に直接伝えられた。

 80歳を超えられた陛下が「象徴」としてご公務に万全を期したいという思いを強く持たれている
ことがメッセージからにじみ出ていた。慎重に考慮されたことと拝察し、お言葉に深く感銘を受け
た。

 皇室典範では「摂政」という制度があるものの、摂政を置くこと自体は終身天皇を意味する。し
かし陛下が大きな手術を2度も受けられ、ご高齢となる中で、終身のご在位に否定的なお気持ちを
述べられた。

 メッセージの中には「退位」「譲位」というお言葉はなかったが、間接的にそれをお望みになっ
ていることが分かる内容だったといえるだろう。

 現行の皇室典範は、明治の皇室典範の考え方を踏襲し、皇位継承を天皇崩御に限定し、かつては
行われた譲位を認めていない。譲位はしばしば政争の具とされ、摂関政治や院政といった変則的な
政体をもたらして政治に混乱を与えてきた。こうした反省から、明治になって譲位の制度は廃止さ
れた。

 陛下のお考えは明治以降、今日にいたる皇室の制度を考えていく上で大変重要なご提案で、重く
受け止めるべきだ。ただ一方で、長い歴史の中で培われた明治の知恵も大切であり、宮内庁もこれ
まで譲位を認めてこなかった。

 宮内庁は国会答弁で、譲位については(1)摂関政治や院政のような変則的政体が生まれた過去
を懸念し、(2)天皇の自由意思に基づかない強制退位の可能性を恐れ、(3)恣意(しい)的な
譲位は国民の総意に基づく「象徴天皇」にはあわない−としてきた。

 こうした宮内庁の答弁にも、私は1つの理があると考える。

 国民が想像している以上に、ご公務に対して持たれている陛下の強い責任感は誠にありがたいこ
とである。ただ象徴としてのご公務よりも、同じ天皇陛下がいつまでもいらっしゃるという「ご存
在」の継続が国民の精神的な統合の象徴として大切ではなかろうかという気持ちがある。

 皇室典範の規定では重大な病気、事故により天皇が国事に関する行為を行えないときに摂政を置
くことができるとしているが、この規定に「高齢で国事行為を自ら行うことが難しくなったとき」
と追加できれば、譲位をあえてされなくてもいいのではないか。

 今後の焦点は政府や宮内庁の対応だ。政府や宮内庁がどういう形で陛下のお気持ちを受け止め
て、どのように法整備を行っていくのか。その際、過去の皇室制度をどのように見ていくかを注視
していきたいと思う。(談)


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