軍事だけではない「台湾有事」への備え  江崎 道朗(情報史学研究家)

【夕刊フジZAKZAK「江崎道朗・国家の流儀」:2023年9月26日】https://www.zakzak.co.jp/article/20230926-Q4UETIUFM5ORFP5YTESHWQMSDY/

「『台湾有事』は本当にありそうなの」

 こう不安げに述べる沖縄の人々の声を背景に、今年3月17日、武力攻撃が起きる事態を想定した図上訓練が沖縄県で初めて行われた。訓練には、石垣市や宮古島市などの自治体、そして消防や警察、内閣官房などが参加した。

 事態は緊迫しつつあるのだ。その実情を取材すべく、「台湾有事」の最前線になりつつある石垣島を9月7日から9日まで訪れた。関係者によると、局面が大きく変わったのは、昨年8月からだという。

 ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問に反発した中国が、同月4日から7日にかけて、台湾を取り囲むように大規模な軍事演習を実施した。このとき、弾道ミサイル5発が日本のEEZ(排他的経済水域)内に撃ち込まれた。うち1発は、日本の最西端に位置する与那国島の北北西約80キロの距離に着弾した。このため、与那国漁協は同月8日まで漁の自粛要請を行った。

 昨年10月1日には、中国海警局船2隻が尖閣諸島海域で操業中の日本漁船を挟み撃ちにするようにして追尾を開始したため、海上保安庁の巡視船約10隻が警護にあたった。追尾は石垣島から約80キロまで続けられた。

 もちろん、日本政府も手をこまねいているわけではない。

 第2次安倍晋三政権以降、石垣海上保安部には、大型巡視船が優先的に配備され、10隻もの尖閣領海警備専従船が現在、尖閣警備にあたっている。2020年4月には国境離島警備隊を配備するなど、尖閣諸島への不法上陸対策も拡充している。今年3月には、陸上自衛隊石垣駐屯地も開設した。

 だが、警備体制の強化だけでは不十分なのだ。現在、石垣市が懸念しているのが、「台湾からの大量の避難民」と「大規模通信障害」だ。

 実は近年、石垣市は、台湾からの観光客の誘致に力を入れている。私が訪れたときも、台湾からのクルーズ船の乗客約3000人で市内の繁華街はごった返していた。よって石垣島に土地勘がある台湾の方が増えていて、いざというとき、石垣島に避難してくる可能性があるのだ。

 台湾の人口の2300万人の1%として約23万人が、人口わずか5万人の石垣島に避難してきたらどう対応したらいいのか。受け入れ施設、医療、出入国管理など、具体的な課題の検討に入っているという。

 加えて、「台湾有事」になれば、サイバー攻撃などを仕掛けられる可能性があり、通信が途絶したら石垣島は完全に孤立してしまう。

 実は、19年9月28日に、与那国島で通信ケーブル切断事故が起こった。その2日後の30日に、台風の影響で沖縄本島に通じる通信ケーブルが切断した。2系統のルートが同時に使用不可となり、11時間に及ぶ大規模通信障害が起こり、電話が全くつながらなくなったことがあるのだ。

 「台湾有事」への備えは、軍事だけではない。

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江崎道朗(えざき・みちお) 麗澤大学客員教授・情報史学研究家。1962年、東京都生まれ。九州大学卒業後、月刊誌編集や国会議員政策スタッフなどを務め、安全保障やインテリジェンス、近現代史研究などに従事。「江崎塾」を主宰。著書『日本は誰と戦ったのか』(KKベストセラーズ)で2018年、アパ日本再興大賞を受賞、19年にはフジサンケイグループの正論新風賞を受賞した。著書・共著に『米中ソに翻弄されたアジア史』(扶桑社新書)、『日本の軍事的欠点を敢えて示そう』(かや書房)、『なぜこれを知らないと日本の未来が見抜けないのか』(KADOKAWA)など多数。

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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