複雑な元の両替解禁 [長谷川 周人]

【7月7日 産経新聞「台湾有情」】

 「この人民元、偽札じゃないかなあ」。乗り合わせたタクシーの運転手が、売上金の
中から中国通貨の人民元を取り出し、不安顔で話し始めた。台湾元の持ち合わせがない
という中国人観光客が、人民元の百元札を差し出した。渋々受け取ったうえに、釣り銭
は台湾元で渡したため、もし偽人民元なら踏んだり蹴ったりだというのだ。

 むろん台湾では人民元の流通は認められず、違法を承知で受け取ってしまえば、自己
責任で使い切るしかない。にもかかわらず、釣り銭を台湾元で払ってしまうとは、台湾
人のお人よしぶりをみる思いがした。

 しかし、お人よしで話が済めばご愛嬌(あいきょう)だが、ことは国家の主権にもか
かわる通貨問題だ。中台関係が急接近する中、台湾当局は中国人観光客の受け入れ拡大
に備え、6月末から人民元の両替を台湾本島で解禁。市中流通こそ認めないが、中台分
断後初めて、大量の人民元が流れ込むことになり、その行方は気がかりだ。

 実際、人民元の受け取りを「歓迎!」としたり、レジ裏に人民元と台湾元の二重レー
トを用意したりする店も出始めた。

 巨大市場を抱える中国経済に飲み込まれないか? 受け取った人民元の「透かし」を
気にしながらも、観光客の流入が生む経済効果に期待が膨らむ運転手の横顔を見ながら、
複雑な心境になった。(長谷川周人)



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