米中首脳会談は予想通り失敗だった。正確に言うなら、米中首脳が失敗したというより習近平の
失敗が印象付けられた会談だった。そもそもケチの付き始めが3日の北京の軍事パレードだ。
この式典に米大統領が参加しないと判った時点で、米中関係はかなり悪いことは明白であった。
従って習近平の訪米は、この悪化した米中関係を良好にして初めて成功と言えると論評されてい
た。
ところがあろうことか、軍事パレードの当日に中国海軍の艦隊がアラスカ沖の米領海を無断で航
行してしまった。訪米を数週間後に控えた習近平がわざわざ米国を挑発するような命令を海軍に出
したとは思えない。
とすれば中国海軍が習近平の意向を無視して行動したことになる。つまり習近平主席が軍権を完
全に掌握したと高らかに宣言したその日に、習近平が軍を掌握していない事が証明されてしまった
のである。
9月8日に南シナ海のミスチーフ礁で中国軍が滑走路建設を継続している衛星写真が撮影された。
8月5日に中国の外相王毅は米国務長官ケリーに「建設は停止した」と伝えていたから明らかな背信
行為だが、3日の艦隊行動を勘案すれば習近平始め中国政府高官が軍の建設継続を知らなかったと
考えるのが自然だろう。
極め付きは15日、黄海上空で米偵察機に中国軍戦闘機2機が接近し進路を妨害した。訪米を1週間
後に控えたこの時期の挑発行為が、習近平の訪米失敗を目論む中国軍部の陰謀であるのは明白だ。
米中首脳会談後の記者会見でのオバマ大統領の表情には露骨に軽蔑の色が滲んでいた。「こいつ
と何を交渉したって無駄だ。中国軍はこいつに何の報告もしていないし、こいつは中国軍に何の命
令も出せないんだからな。サイバーセキュリティの合意だって守れる訳はない」
そこでオバマは「言葉に続く行動」を取るように強調したが、それはもし中国が合意を履行しな
いなら米国が行動を取る事を意味している。中国のサイバー攻撃に対しては、米国は既に経済制裁
を準備している。しかし米国の取る行動は果たしてそれだけだろうか?
習近平は南シナ海における飛行と航行の自由は保障すると述べたが、人工島の飛行場に戦闘機が
配備されれば、制空権と制海権は中国軍に帰する。軍を掌握していない習近平が何を言おうと、南
シナ海の飛行と航行の自由を保障できる訳はない。
中国軍の南シナ海基地がほぼ完成している現時点において、米国の取れる行動はもはや軍事作戦
しか残されていない。折しも米統合参謀本部議長に初の海兵隊出身のダンフォード大将が就任し
た。いうまでもなく海兵隊は海からの対地攻撃を専門とする部隊である。
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鍛冶俊樹(かじ としき)軍事ジャーナリスト
1957年、広島県生まれ。1983年、埼玉大学教養学部卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、
主に情報通信関係の将校として11年間勤務。1994年、文筆活動に転換。翌年、論文「日本の安全保
障の現在と未来」で第1回読売論壇新人賞受賞。2011年、メルマガ「鍛冶俊樹の軍事ジャーナル」
が「メルマ!ガ オブ ザイヤー2011」審査員特別賞を受賞。2012年、著書『国防の常識』第7章
を抜粋した論文「文化防衛と文明の衝突」が「真の近現代史観」懸賞論文に入賞。著作:『領土の
常識』『国防の常識』(いずれも角川oneテーマ21)『戦争の常識』『「エシュロンと情報戦争」
(いずれも文春新書)、共著:『図解大づかみ第二次世界大戦』(新人物文庫)、監修:『超図解
でよくわかる!現代のミサイル』『イラスト図解 戦闘機』