プーチンがウラジオストックで金正恩と会談した。発表された合意内容に、それほどの新鮮さはないが、重要なのはロシアが朝鮮半島に介入し始めた点であろう。いずれ介入して来るであろうと予想はしていたが、なぜ今なのか?
金正恩は10日、朝鮮労働党中央委員の会総会で、制裁に反発しながら米国を非難しなかった。北朝鮮の輸出入の主な相手国は、中国であり、その中国が北朝鮮に最も厳しい制裁を科している。つまり制裁に反発しているが、その非難の矛先は実は中国に向けられているのである。
中国は長らく米国から、北朝鮮のお目付け役としての地位を割り振られてきた。ところが2月末の米朝会談の決裂後、金正恩の列車は中国領内を通過しているにもかかわらず、北京に立ち寄らなかった。この会談そのものが中国のお膳立てだった訳だから、金正恩はこれ以後、中国の仲介を拒否していると見ていいであろう。
そこにロシアが割って入った。プーチンは金正恩との会談後の会見で、金正恩から「会談内容をトランプに伝えるように依頼された」と、したり顔で語っている。「新しいお目付け役は俺なんだぜ。習近平は首になったのさ。俺はトランプともツーカーなんだ」という訳である。
1月2日に習近平は、台湾との統一について武力侵攻の可能性を示唆した。果たして今月15日に中国の爆撃機が台湾を周回した。あわや武力侵攻かと思われたところが、その2日後、鴻海精密工業の郭台銘会長が来年1月の台湾総統選に出馬を表明した。
泰山、鳴動して鼠一匹とは、まさにこれであろう。というのも鴻海精密工業は台湾の企業だが、中国にも大規模に進出している。従って郭台銘は中国共産党の意向に叛けるような立場にはない。この出馬も中国共産党の意向であるのは明白だ。
つまり親中派で、台湾で絶大な人気のある郭台銘を台湾総統に当選させ、台湾との平和統一交渉を進めようという計画である。ということは、「中国は台湾に武力侵攻しない」と宣言したのも同然なのだ。突然の武力侵攻放棄は何故起きたのか?
3月下旬にフランス大統領のマクロンはパリで習近平と会談している。4月9日にはEU首脳は中国の李克強首相とブリュッセルで会談した。両会談とも中国の一帯一路政策への批判が噴出している。
ところがその間の4月6日にフランスの軍艦が台湾海峡を通過していた。これは一昨日、ロイターが報道して明らかになった。昨年来、米国の軍艦が毎月の様に台湾海峡を通過して台湾を防衛していたが、欧州も遂にその戦列に加わったのである。
事ここに至って、中国は台湾への侵攻を諦めざるを得なくなったのである。つまり中国包囲網にロシアと欧州が加わった。中南米のベネズエラ、アフリカのスーダンでも中国への叛旗が翻った。もはや中国は袋のネズミである。
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鍛冶俊樹(かじ・としき)1957年(昭和32年)、広島県生まれ。埼玉大学教養学部卒業後、1983年4月、航空自衛隊に幹部候補生として入隊。主に情報通信関係の将校として11年間勤務の後、1994年に一等空尉で退職。その後、軍事ジャーナリストとして評論活動を展開。1995年、第1回読売論壇新人賞佳作入選(「日本の安全保障の現在と未来」に対して)。2012年、アパグループ主催の「真の近現代史観」懸賞論文にて「文化防衛と文明の衝突」が第5回最優秀藤誠志賞の佳作として入賞。
主な著書に『エシュロンと情報戦争』(文春新書、2002年)、『戦争の常識』(文春新書、2005年)、『国防の常識』(角川学芸出版、2012年)、『領土の常識』(角川学芸出版、2013年)など。共著に『総図解 よくわかる第二次世界大戦』(新人物往来社、2011年)『図解大づかみ 第二次世界大戦』(KADOKAWA/中経出版、2015年)など。監修本に『超図解でよくわかる! 現代のミサイル』など。