米国と中国が台湾をめぐって「法律戦」の様相を呈している。
中国は、これまでカイロ宣言やポツダム宣言、近年はアルバニア決議(国連総会2758号決議)を根拠に「台湾は戦後、中国に返還された」「台湾が中国に属するという歴史的・法理的事実は明白」と主張してきた。
この中国の主張に対し、米国在台湾協会は9月12日に「国際法上、台湾の主権が中国へ移譲されたことを示す決定的な証拠は存在しない」と、台湾地位未定論を表明し、台湾に対する威圧的行動を正当化しようとしていると反駁した。
すでに米国は、第二次トランプ政権が始まった直後の今年2月13日、国務省が米台関係を説明するホームページの「ファクトシート」を更新し、「台湾独立を支持しない」という文言を削除し、新たに、台湾海峡両岸の相違は、強制によらず、両岸の人々が受け入れられる方法で解決されることを期待する旨を追加した。
8月15日には、トランプ大統領が「中国の習近平国家主席はトランプ氏が大統領の座にある限り、中国は台湾に侵攻しない」と述べたことを明らかにした。
続いて、9月12日の米国在台湾協会による台湾地位未定論の表明だった。
米国の「台湾地位未定論」についての経緯を簡単に振り返ると、米国は、サンフランシスコ平和条約で日本が台湾・澎湖諸島を放棄したことにより「台湾地位未定論」の立場をとっていた。
しかし、1954年12月に米国は中華民国と米華相互防衛条約を締結したことで「台湾地位未定論」を表に出しずらくなり封じ込めた。
1979年1月の中華人民共和国(中国)との国交樹立、すなわち中華民国との断交により、米国は中国との国交樹立に関するコミュニケで、中国が主張する「台湾は中国の一部分であると主張していることを認識(acknowledges)している」とした。
しかし、外交用語の「承認する(approve)」や「同意する(concur)」は使用せず、「台湾地位未定論」を放棄することもなかった。
中華人民共和国との国交樹立後も米国は「台湾地位未定論」を封じ込めたままだった。
ところが、46年を経て米国が改めて「台湾の地位未定論」を表明した。
なぜ米国はいまになって「台湾地位未定論」を表明するようになったのか。
その理由についてこれまでいろいろな論考が出されているが、特に目を引いたのは「地位未定論は中国の台湾侵攻を念頭に置き、『軍事介入を可能にするための法的環境整備』だ」という、東京大東洋文化研究所の林泉忠(りん・せんちゅう)特任研究員の指摘だ。
林泉忠氏は「米国は朝鮮戦争以降、中国による台湾解放を阻止する行動を常にとってきた。
次の台湾危機が起こっても、今まで通り強く関与することは間違いない」とも指摘しているという。
間もなく発表される米国国防総省の「国家防衛戦略」(NDS:National Defense Strategic)では、「米国本土の防衛」と「中国の台湾制圧の抑止」が最大の重点だという。
そうだとすれば、米国が台湾地位未定論を改めて表明した理由は、中国の台湾侵攻に米国が「軍事介入を可能にするための法的環境整備」のためという指摘に合点がゆく。
米国は中国の台湾をめぐる言動を国際的な認知戦ととらえ、まず「軍事介入を可能にするための法的環境整備」の前段階として、台湾に対する中国の威圧的行動を正当化させないために、中国の主張を法的に否定したということなのだろう。
国務省が「台湾独立を支持しない」という文言を削除したときから、米国の法的環境整備は始まっていたようだ。
下記に、林泉忠氏の発言を紹介した産経新聞の記事を紹介したい。
ちなみに、国際政治学を専門とする林泉忠氏は「中国アモイ生まれ、1978年香港へ移住、1989年来日。
中国で初等教育、香港で中等教育、そして日本で高等教育を受け、カナダビクトリア大学にも留学し、2002 年東京大学法学政治学研究科博士課程を修了、法学博士号取得」(沖縄県公文書館)。
その後、琉球大学法文学部准教授、台湾中央研究院近代史研究所副研究員、中国武漢大学国際問題研究所教授、香港中文大学歴史学科教授などを歴任し、2024年3月から東京大学東洋文化研究所特任研究員。
軍事介入へ法的整備か─米国が半世紀ぶり「台湾地位未定論」西見 由章(台北支局長)【産経新聞「中国的核心」:2025年10月2日】https://www.sankei.com/article/20251002-F66DP46XDRMKZF47XC7QZGOTEU/
米国務省や米国の対台湾窓口機関である米国在台協会(AIT)が9月、約半世紀ぶりに「台湾地位未定論」を公式に打ち出し、その意図に注目が集まっている。
第二次大戦期の「カイロ宣言」や「ポツダム宣言」、「サンフランシスコ平和条約」は台湾の最終的な政治的地位を決定しておらず、中国はこれらの文書を歪曲(わいきょく)している−。
台湾の中央通信社が9月13日、AIT報道官の発言として報道した。
「歪曲」とは「台湾が中国に属する事実を示す」と主張していることを指す。
17日には、米国務省報道官がこの発言を「正確な情報発信だ」と是認したと伝えた。
米側の狙いについての代表的な見方は「中国が戦後80年を機にご都合主義で展開している『台湾は中国の一部』という認知戦へのカウンター攻撃」(台北の外交筋)というものだ。
中国は1)中国共産党が抗日戦争を主導して勝利に導いた、2)その結果、カイロ宣言などを通じて日本が台湾などを、当時の合法政府の「中華民国」に返還することが決まった、3)その後、中国共産党が内戦に勝利し、台湾への主権も「中華人民共和国」が継承した−とのロジックを展開している。
台湾地位未定論は、そうした中国側の主張を法的に否定する。
日本はサンフランシスコ平和条約で台湾の主権を放棄したが、どの国に対して放棄したかは明記しておらず、またカイロ宣言などの歴史文書も台湾の政治的地位を決定するものではないというのが未定論の立場だ。
ただ、東京大東洋文化研究所の林泉忠・特任研究員は、米国が言説レベルにとどまらず「重大な戦略的調整」を行っていると分析する。
地位未定論は中国の台湾侵攻を念頭に置き、「軍事介入を可能にするための法的環境整備」だと踏み込む。
台湾地位未定論の原点は冷戦初期の1950年6月、朝鮮戦争の勃発を受けて米国が中国の国共内戦への不介入から台湾防衛へと方針を転換した際のトルーマン米大統領の声明とされる。
「台湾の今後の地位の決定は、太平洋地域の安全が回復し日本との平和条約を成立させた後に、あるいは国際連合での議論を待たなければならない」。
トルーマンはこう述べ、米海軍第7艦隊を台湾海峡に派遣すると言明した。
そこには「中華人民共和国の台湾への主権を否定し、台湾防衛に向けて軍事介入するための法的根拠を整える意図があった」(林氏)という。
その後、78年12月の国交樹立に関する米中共同コミュニケにおいて米国は「中国は一つだけであり、台湾は中国の一部であるとの中国の立場を認知する」と表明した。
これは中国の「一つの中国」原則を全面的に承認したわけではなく、あいまいさを残した「一つの中国」政策と呼ばれるが、米国がこれ以降「台湾地位未定論」を公に持ち出すことは今までなかった。
一方、バイデン米政権期から「台湾は中国の一部」とする中国の言説を法的に否定する動きは出ていた。
中華人民共和国を国連における唯一の中国代表政府と認めた71年の国連総会決議2758号(アルバニア決議)について、米国は「台湾は中国の一部だと認めたものだ」とする中国の主張を明確に否定。
さらにトランプ政権下の国務省は今年2月、米台関係を概説した文書「ファクトシート」で「台湾独立を支持しない」との文言を削除した。
林氏は「台湾地位未定論の発信はこれらの延長であり、同じ文脈で行われている」と指摘する。
もっとも台湾側にはトランプ大統領が対中交渉で台湾問題をディール(取引)に利用するとの「疑米論」もくすぶる。
米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)によると、習近平国家主席は米国が台湾独立に「反対する」と正式に表明するようトランプ氏に強く求める方針だという。
しかし林氏はこう強調する。
「米国は朝鮮戦争以降、中国による台湾解放を阻止する行動を常にとってきた。
次の台湾危機が起こっても、今まで通り強く関与することは間違いない」
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