米国の「『一つ中国』政策」と中国の「『一つの中国』原則」の違い

 2017年2月9日夕に行われた米国のトランプ大統領と中国の習近平・国家主席による電話会談について、中国国営中央テレビは「米国は『一つの中国』政策の実施を堅持すると述べた」と伝え、また、米国のCNNニュースも「トランプ氏が習氏の要望を受けて『1つの中国』政策を尊重することを約束したと述べた」と報じ、イギリスのBBCニュースも「米ホワイトハウスは9日、ドナルド・トランプ大統領が習近平・中国国家主席と電話会談し、中国本土と台湾は不可分だとする『一つの中国』の原則を尊重すると伝えたと発表した」と報じた。

 日本の産経新聞も2月10日付で「トランプ米大統領が9日、中国と台湾は不可分の領土だとする『一つの中国』原則を尊重することを受け入れた」と報道し、日本のメディアの多くもほぼ同様に報じた。

 メディアばかりでなく、著名な学者やジャーナリストなども、トランプ大統領は中国が主張する「『一つの中国』原則」を認めたと書いた。

 しかし、これは米国の「『一つの中国』政策」と中国の「『一つの中国』原則」を混同したために起こった事実誤認の誤報であり誤記だった。

 当時、本誌は国際政治学者の藤井厳喜氏やメルマガ「台湾の声」編集長の林建良氏、そして米国在住の評論家で台湾出身のアンディ・チャン氏などの誤報を指摘する発言とともに、誤報である証拠として、この電話会談に関するホワイトハウスの正式発表を掲載した。

 ホワイトハウスの正式発表では、トランプ大統領は「われわれの『一つの中国』政策」を尊重する(honor our “one China” policy)と表明しており、われわれとは米国を指しているのは当然で、トランプ大統領が尊重しているのはアメリカの「『一つの中国』政策(”one China” policy)」であり、中国の「『一つの中国』原則」ではなかった。

 日本語だととても紛らわしい表現だが、英語表現だと、中国の「「一つの中国」原則」は‘One China principle’であり、米国の「『一つの中国』政策」は‘One China’ policyと表記し、区別されることがはっきりする。ただし、引用符がないケースもあるため、英語圏でも混同されるケースが多発しているという。

 米国は、中国との3つの共同コミュニケ(1972年、1978年、1982年)ではいずれも「台湾は中国の領土の不可分の一部」とする中国の主張を「認識(acknowledge)する」とのみ表明し、けっして「承認」したわけではなかった。

 産経新聞はその後、2月16日付のウェッブ版で「トランプ氏は電話会談で『われわれ(米国)の「一つの中国」政策』を『尊重する』と表明」したと報じ、事実上訂正し、トランプ大統領が前言を翻していなかったことを明らかにした。

 以上のように、「一つの中国」には、中国が主張する「『一つの中国』原則」(‘One China principle’)と米国が取ってきた「『一つの中国』政策」(‘One China’policy)の2つがあり、表現は酷似しているが似て非なる内容だ。

 中国の「『一つの中国』原則」は簡単な三段論法で「中国は世界にただ一つ」であり「台湾は中国の不可分の一部」であるがゆえに「中国を代表する唯一の合法政府は中華人民共和国である」というものだから、これは説明しやすい。

 ところが、米国は曖昧戦略を取ってきたこともあり、説明はなかなか難しい。

 米国はこれまで、米国の「『一つの中国』政策」とは「中国との3つの共同コミュニケと台湾関係法」だと説明してきたが、台湾関係法及び台湾に対する「6つの保証」と第2上海コミュニケが、台湾への武器供与をめぐる表現が矛盾していてなかなか理解しがたい面がある。加えて、第2上海コミュニケには中国と裏約束があったことを米国側が発表したことで、コミュニケの表面上の記述だけでは説明できないことが判明している。

 ところが、ジャーナリストで中国研究者だという田輝(DENG QUI)氏が本日付けの「現代ビジネス」でとても分かりやすく説明している。米国と中国の「一つの中国」の違いについては、これまで本誌でも何度か指摘してきたが、このように指摘するとわかりやすいのかと改めて思わされた。

 バイデン大統領の「台湾を防衛する義務がある」という発言についても、本誌では「一国の元首が2ヵ月に2度も同じ問題で口を滑らせることなどあるのだろうか。恐らくバイデン大統領自身も、バイデン政権内部も『米国は台湾を防衛する義務がある』という認識が普通に持たれているからであろう」と指摘したが、田輝氏もまた「バイデンの発言が国内向けで、国務省の発言が中国向けだとすれば辻褄は合う」と指摘している。ほぼ同じ観点でバイデン発言を分析している。

 日中共同声明の「日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」という第3項に関する解釈も、本誌ではこれまで「理解し、尊重」するとは、米国の「認識(acknowledges)している」と同じであり、外交用語の「承認する(approve)」や「同意する(concur)」ではないと指摘してきた。

 田輝氏も「台湾が中国の一部という中華人民共和国の主張を承認することはできないが、『十分理解し、尊重』するがゆえに、大声で公式に違う意見を言ったりはしないという意味であろう」と、表現こそ異なるもののまったく同じ解釈をしている。

田輝氏の、中国の台湾併呑への日本の対応に対する考え方も「民主台湾を武力で併合しようとする行為に対しては、アメリカをはじめとする西側民主主義諸国との協調を背景に、毅然とした態度で対処する必要がある」という結論に異論はない。それが、具体的には日本が唱導し、米国が採用した「自由で開かれたインド太平洋戦略」にほかならないからだ。その根底に、自由や民主主義、法の支配といった基本的価値観がある。

 下記に田輝氏の「これが台湾を巡る米中の対立点、『1つの中国』は実は2つ存在する」をご紹介したい。

—————————————————————————————–これが台湾を巡る米中の対立点、「1つの中国」は実は2つ存在するこっそり見直しを始めたバイデン政権田 輝(ジャーナリスト、中国研究者)【現代ビジネス:2021年1月6日】https://gendai.ismedia.jp/articles/-/91119?imp=0

◆「1つの中国」で別々なことを主張している

 近年、米中間で覇権をめぐる争いが激しくなっているが、その主戦場となっているのが「台湾」であることは衆目の一致するところだろう。

 過去30年余りの間に着実に民主化を進めた台湾は、国際ジャーナリスト団体であるRSF(国境なき記者団)が毎年発表している世界報道の自由度ランキングでは、2021年のデータで43位と、日本の67位を優に上回っていて、アメリカの44位よりもさらに上位にある。

 しかし共産党の独裁下にあり、同ランキングで177位と下から4番目の中国は、この民主台湾を自国の一部と見なしていて、その独立の動きに対しては武力を行使してでも阻止する構えを崩していない。

 中国のこうした基本方針を「1つの中国原則」(中国語で「一個中国原則」)と呼んでいるが、実は台湾問題で中国と厳しく対立しているアメリカも、これまで一貫して「1つの中国政策」(英語で「One-China Policy」)を唱えてきた。両者は「1つの中国」の部分が同じなので、少なからぬ人たちがその内容までもがほぼ同じものと解釈しているようだ。

 例えば、2021年4月10日付けの日本経済新聞は、米国務省が台湾との政府間交流を拡大する新しい指針をまとめたという記事の中で、『(中国大陸と台湾は1つの国に属するとする)「1つの中国」政策を……』という記述で「1つの中国」政策を説明している。

 詳細は後述するが、この表現は誤りである。その後、日経は、ある時期から表現を変えており、例えば同年11月17日付けの記事では、「バイデン氏は中国本土と台湾は不可分と言う中国の立場には異を唱えない一方、台湾の自衛力向上を支援する従来方針を説明」などと表記している。こちらの表現なら間違いではない。

◆50年前から「理解はしたが認めていない」

 「1つの中国」政策を、「中国大陸と台湾は1つの国に属する」と解釈するのが誤りである理由については、50年前の文書にまでさかのぼって説明する必要がある。1972年にアメリカのニクソン大統領が中国を訪問した際の米中共同声明では、台湾問題について以下のような記述がある(一部省略)。

「中国側は、……中華人民共和国政府は中国の唯一の合法政府であり、台湾は中国の1省であり、……台湾解放は、他のいかなる国も干渉の権利を有しない中国の国内問題であり、……という立場を再確認した。中国政府は、『1つの中国、1つの台湾』、『1つの中国、2つの政府』、『2つの中国』及び『台湾独立』を作り上げることを目的とし、あるいは『台湾の地位は未確定である』と唱えるいかなる活動にも断固として反対する。」

 アメリカ側は次のように表明した。

「アメリカは、台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ1つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。アメリカ政府は、この立場に異論をとなえない。アメリカ政府は,中国人自らによる台湾問題の平和的解決についてのアメリカ政府の関心を再確認する。」

 ここで重要なのは、アメリカ側の表明にある、「認識」の2文字である。これは英語でacknowledgeだが、この言葉は中国側の主張について「認識」したことを示すものの、「承認」=recognizeするには至っていないことを示す。中国側の立場に「異論を唱えない」とは言っているが、「表立って反論はしないが、自分の考えは異なる」と読むことも十分可能である。特にその後、「平和的解決についてのアメリカ政府の関心を再確認する」とあるのは、「平和的解決でない限り、中国による台湾併合は認めない」との意思表示である。

 この後、1979年1月1日、両国は国交を樹立し、共同声明を出すが、その際にアメリカ側の述べた内容は次のようになっている。

「アメリカは中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府と認める。この文脈の範囲内で、アメリカ国民は台湾人民との間で文化・通商及びその他の非公式的な関係を維持する」

 従って、アメリカは中国との国交樹立に際して、中華人民共和国を中国の唯一の合法政府とrecognizeしたのだが、ここでは中国側の主張のうちの前半分=「中華人民共和国政府は中国の唯一の合法政府」という主張を認めたものの、後半分=「台湾は中国の1省」という主張については何も記していないのである。これによって、日本経済新聞の先の記事が誤っていたことが分かる。

◆バイデンはじわっと空洞化を進める

 しかも、最近のアメリカ政府は、1972年と1979年の共同声明以降、数十年の間に国際情勢が変化したことを受けて、従来の「1つの中国政策」自体にも若干の調整を加え始めているように見受けられる。国際情勢の変化の内容は、以下のものがある。

1.ソビエト連邦の崩壊 1970年代にはアメリカにとっての主敵はソ連であり、ソ連に対抗する手段の一つとしての対中接近という側面が強かった。そのソ連が1991年に崩壊したことで、事実上の反ソ同盟としての中国の利用価値はなくなった。

2.中国の強大化 ソ連崩壊後しばらく、アメリカは世界における「一強」を謳歌してきたが、近年中国が経済的にも軍事的にも膨張を続け、いよいよアメリカにとって軽視できない“主敵”として現れつつある。

3.台湾の民主化 1980年代半ばまで国民党の一党独裁が続いていた台湾では、1986年に野党民進党の設立が違法状態の中で強行され、これが黙認された。そして1988年には新規の政党結成や新聞発行が正式に解禁された。その後1996年には初めての総統直接選挙が実施され、現在に至るまで7回の総統選挙と3回の平和的政権交代が実現している。

 こうした国際情勢の変化を受け、アメリカが「1つの中国政策」の見直しに動いていると明言する専門家もいる。アメリカ政治や米中関係を専攻する東京大学東洋文化研究所の佐橋亮准教授は、それを「スケルトン化」という表現で説明している(2021年11月27日の中国研究所公開講座)。「One China」という住宅から、現在家具や壁を取り払っている最中で、中国側からクレームがついたときは「これは立派な家です」と説明するのである。

 確かに、一方で2021年10月にバイデン大統領が、台湾が中国から攻撃された際の対応として「防衛する義務がある」と述べる一方で、国務省が台湾防衛に関する従来の「曖昧戦略」を「変更したものではない」と説明した光景は、バイデンが「この家は事実上空洞だ」と言い、国務省が「立派な家だ」と釈明しているように見えなくもない。

 バイデンの発言が国内向けで、国務省の発言が中国向けだとすれば辻褄は合うわけで、一部の議論にあるようにバイデンの判断力に問題が生じたのでもなければ、国務省がバイデン発言を否定したり訂正したりしたわけでもない。

◆日本はその時、右往左往せずにいられるか

 こうした状況の下で問題となるのは、日本の立場である。

 日本は「1つの中国」に関しては、1972年の日中共同声明において、「中華人民共和国が中国の唯一の合法政府であることを承認する」とした上で、台湾に関しては、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と表明している。

 ここでも、台湾に関する中国の主張については、「十分理解し、尊重」するとあるが、「承認」はしていない。これは、台湾が中国の一部という中華人民共和国の主張を承認することはできないが、「十分理解し、尊重」するがゆえに、大声で公式に違う意見を言ったりはしないという意味であろう。

 日本はかつて日清戦争で勝利した際に清国から台湾を割譲させて日本領にした経緯があり、その分アメリカと比べても台湾問題に関しては中国の恨みを買いやすい。

 従って台湾問題への対処には慎重を期すべきだが、少なくとも台湾が中国の一部であるとは認めていないのだから、民主台湾を武力で併合しようとする行為に対しては、アメリカをはじめとする西側民主主義諸国との協調を背景に、毅然とした態度で対処する必要がある。

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。