どうもいまだに米国が主張している「『一つの中国』政策」と中国が主張する「『一つの中国』原則」を混同している報道が多い。
つい最近も、中日新聞の社説が「バイデン政権は台湾政策の基本として、中国が求める『一つの中国』の原則の堅持を表明した」(2月20日付中日新聞「中国の台湾威嚇 対話呼びかけに応えよ」)と書いていた。もしこれが本当だったら、これこそ大ニュースである。
これまで歴代の米国政権が「中国が求める『一つの中国』の原則の堅持を表明した」ことは一度もない。表明してきたのは「『一つの中国』政策」だ。
2017年2月9日、トランプ大統領がに中国の習近平・国家主席と電話会談した際も同じような混同が起こった。
イギリスのBBCニュースは「米ホワイトハウスは9日、ドナルド・トランプ大統領が習近平・中国国家主席と電話会談し、中国本土と台湾は不可分だとする『一つの中国』の原則を尊重すると伝えたと発表した」と報じ、日本の産経新聞も2月10日付で「トランプ米大統領が9日、中国と台湾は不可分の領土だとする『一つの中国』原則を尊重することを受け入れた」と報道した。日本のメディアの多くもほぼ同様に報じ、著名な識者のほとんども同じように受け止めた。
しかし、電話会談直後に発表されたホワイトハウスの正式発表を見れば分かるように「honor our “one China” policy」(我々の「一つの中国」政策を尊重する)、我々とは「米国」以外のなにものでもない。トランプ大統領は米国の「『一つの中国』政策」を尊重すると言ったのであって、中国が主張する「『一つの中国』原則」を尊重すると言ったのではない。
米国の「『一つの中国』政策」と中国の「『一つの中国』原則」はまったく別物だ。英語では「『一つの中国』政策」は”one China” policy、「『一つの中国』原則」は‘One China principle’と表記される。
中国の「『一つの中国』原則」は、「中国は世界でただ一つ」「台湾は中国の不可分の一部」「中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法政府」という3つの主張からなっている。いわば三段論法とでもいうべき主張だ。
では、米国の「『一つの中国』政策」はどういう構成かというと、3つの米中共同コミュニケ、台湾関係法、台湾に対する「6つの保証」の3つからなっている。
バイデン政権は、この米国の「『一つの中国』政策」を継承したことを明確に表明している。それは1月23日、13機の中国軍機が台湾の防空識別圏に侵入したことを受け、国務省のネッド・プライス報道官が発表した声明「中国の台湾への軍事圧力は地域の平和と安定を脅かす」(PRC Military Pressure Against Taiwan Threatens Regional Peace and Stability)にはっきり記されている。
「われわれは北京に対し、台湾への軍事・外交・経済的圧力を停止し、台湾の民主的に選ばれた代表者と有意義な対話を行うことを要請」するとともに、米国は「三つの共同コミュニケ、台湾関係法、6つの保証で示された長年の責任を堅持する」と述べ「台湾が十分な自衛能力を維持するのを引き続き支援してゆく」「米国の台湾への関与は盤石であり、台湾海峡の両岸や地域の平和と安定の維持に貢献していく」と表明している。
◆PRC Military Pressure Against Taiwan Threatens Regional Peace and Stability https://www.state.gov/prc-military-pressure-against-taiwan-threatens-regional-peace-and-stability/
冒頭に紹介した中日新聞の社説は、何を根拠に「中国が求める『一つの中国』の原則の堅持を表明した」と書いたのか不明だが、文の前後からするとどうもこの国務省の声明を根拠としたようだ。
しかし、声明では「The United States maintains its longstanding commitments」(米国は長年の責任を堅持する)と述べていることから明らかなように、「中国が求める『一つの中国』の原則の堅持」することを表明したのではなく、「米国は三つの共同コミュニケ、台湾関係法、6つの保証で示された長年の責任を堅持する」と表明したのである。中日新聞のミスリードであり、明らかな間違いだ。
ジャーナリストの長谷川幸洋氏も同じような疑問を持ち、「日本では、しばしば『中国は1つ』とは、「台湾は中国のもの」という中国の主張を認めたかのように報じられてきた。それは誤りである」として、トランプ政権時の2020年8月に国務省の東アジア・太平洋担当次官補が講演で次のように話したことを「夕刊フジ」の「ニュースの核心」で紹介している。
<中国が言う『中国は1つの原則』と、米国の『中国は1つの政策』は異なる」と語った。そのうえで、中国共産党が武力で台湾を奪取しようとするなら「米国は台湾を支援する」と表明した。>
国務省の東アジア・太平洋担当次官補とは、中国語と韓国語も話し、親日家と言われるデイヴィッド・スティルウェル氏のことかと思うが、それはともかく、トランプ政権時の国務省の東アジア・太平洋担当次官補が語った内容と、バイデン政権の国務省のネッド・プライス報道官が発表した声明の構成はよく似ている。どちらも、中国が台湾への圧力を止めないならば、米国は台湾を支援するという構成だ。
長谷川氏はまた、アントニー・ブリンケン国務長官と中国の楊潔チ・元外交部長との電話会談について述べた後、中国側が声明で「ブリンケン氏が『1つの中国』原則を守ると表明した」と述べていることを紹介している。
長谷川氏は1972年の米中共同声明から、ブリンケン国務長官がこのように発言することがあり得ないことを的確に指摘しているが、これも中日新聞のミスリードと同じで、「ブリンケン氏が『1つの中国』原則を守ると表明」することなどあり得ないと言ってよい。
ブリンケン国務長官と楊・共産党政治局員との電話会談は国務省の声明から約半月後の2月5日のことで、国務長官が声明を逸脱して「1つの中国」原則を守るなどと述べることは考えられない。国務省の発表にも、長官がそのように述べたことは出て来ていないという。
国務省の発表によれば、ブリンケン国務長官は電話会談で、台湾海峡を含むインド太平洋地域の安定を脅かす中国の動きについて、責任を追及すべく同盟国と取り組む方針を述べたという。つまり「自由で開かれたインド太平洋」を守るため、中国の責任を追及すると述べたわけだから、中国の主張する「1つの中国」原則を守ると表明することなど考えられるだろうか。
ましてや、上院公聴会では「台湾関係法にのっとって台湾の自己防衛力強化を支援する」と述べていた、対中国強硬派のブリンケン国務長官だ。どこをどう突いたら、中国側に都合のよい発言が出てくるというのだろう。
米国の「『一つの中国』政策」と中国の「『一つの中国』原則」は混同されやすい。それに輪をかけて、中国側は偽情報を流しがちだ。今後も頻繁にメディアのミスリードは起こることが予想される。メディアからの情報を見極め、情報操作に操られないよう、本誌も自戒を込めメディア・リテラシーを怠らないようにしたい。
—————————————————————————————–米中首脳電話会談、第1ラウンドはバイデン氏“優勢” 人権弾圧や台湾への攻撃的姿勢など対中批判目立つ 中国側は焦り 長谷川幸洋 ジャーナリスト【夕刊フジ「ニュースの核心」:2021年2月22日】
ジョー・バイデン米大統領が2月11日、中国の習近平国家主席と初の電話会談をした。これに先立ち、アントニー・ブリンケン国務長官も、中国の外交担当トップである楊潔●(=簾の广を厂に、兼を虎に)(よう・けつち)共産党政治局員と電話で会談している。
私は、かねて「バイデン政権は中国に宥和的ではないか」と心配していた。だが、いざ両国が接触してみると、米国の対中批判ジャブが目立った。中国側には、焦りが感じられるほどだ。
それは、どこで見えたか。
国務省によれば、ブリンケン氏は楊氏との会談で、新疆ウイグルとチベット、香港に言及し、人権と民主主義を守る姿勢を明確にした。
すると、中国側は日本語にして米国の4倍以上もある長々とした声明を発表し、「楊氏は、米中が互いの核心的利益と政治体制を尊重すべきだ、と述べた」と解説した。
中国の声明で注目されたのは「ブリンケン氏が『1つの中国』原則を守ると表明した」という点である。
この部分は国務省の発表になかったので、米国が「中国に甘い顔を見せたのではないか」との見方が出た。
私は、むしろ逆だ、と思う。中国は、わざわざ「中国は1つ」と念押しせざるを得ないほど、米国の中国離れを心配していたのだ。
なぜ、そう考えるか。
日本では、しばしば「中国は1つ」とは、「台湾は中国のもの」という中国の主張を認めたかのように報じられてきた。それは誤りである。
出典である1972年の米中共同声明には、何と書かれているか。「米国は台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国は1つであり、台湾は中国の一部と主張していることを認識する」とある。
当時、台湾は「中国の正統政府は中華民国(すなわち台湾)」と主張していた。つまり、中国も台湾も「オマエはオレのもの」と言っていたのだ。米国はそんな双方の言い分を認識したにすぎない。
それだけではない。
国務省の東アジア・太平洋担当次官補は昨年8月、講演で「中国が言う『中国は1つの原則』と、米国の『中国は1つの政策』は異なる」と語った。そのうえで、中国共産党が武力で台湾を奪取しようとするなら「米国は台湾を支援する」と表明した。台湾問題に対する不介入政策の見直しを示唆したのである。
そんな経緯があったので、中国はバイデン政権発足のタイミングで、改めて、「台湾はオレのものだぞ」と念押しすると同時に、国際的な宣伝効果を狙ったのだ。ここは、日本もしっかり両国の応酬を見極める必要がある。
バイデン氏は相手の思惑など素知らぬ顔で、習氏との電話会談で「自由で開かれたインド太平洋」を守る決意や、不公正な経済慣行、香港、新疆ウイグルの人権弾圧や台湾への攻撃的姿勢を批判した。
気候変動や核拡散などで協力する考えも打ち出しているが、相手の出方次第だろう。まず、「初戦第1ラウンドはバイデン政権の優勢」で終わった、とみていい。ボクシングは始まったばかりだ。
■長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ) ジャーナリスト。 1953年、千葉県生まれ。慶大経済卒、ジョンズホプキンス大学大学院(SAIS)修了。政治や経済、外交・安 全保障の問題について、独自情報に基づく解説に定評がある。政府の規制改革会議委員などの公職も務めた。著 書『日本国の正体 政治家・官僚・メディア−本当の権力者は誰か』(講談社)で山本七平賞受賞。ユーチュー ブで「長谷川幸洋と高橋洋一のNEWSチャンネル」配信中。
──────────────────────────────────────※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。