■第4日目 5月9日(日) 3人の講師による講義と蔡焜燦先生を囲んでの夕食会
淡水はやはり時折小雨の降る天気です。この日は朝から講義が詰まっています。
まずは、李登輝学校を主催している群策会の紹介DVDと「台湾民主化への道」というDVDを鑑賞しました。
次に迫田勝敏先生(元中日新聞論説委員・開南大学講師)の「日本人ジャーナリストが見た台湾」です。台湾簡略史として、李登輝時代は民主化が進み独立色が強まったのだが、陳水扁時代になると独立色が低迷・停滞、馬英九時代になると民主化・独立色ともに後退と説明されました。
馬政権は中国寄りであり、ECFA(経済協力枠組み取極)も6月には締結されるそうで、中国経済と一体化することで社会が変わり、政治統合も進み、結果として中国化してしまうのではないかと、危惧の念を示しつつ指摘されました。
経済以外でも中国化の傾向が見られるそうで、中国では政府を挙げて台湾へ観光客を意図的に送り込んだり、買い付け団を送り込んで、台湾が中国に経済的に頼るような形に持っていっているとのことです。マスコミにおいても、中国時報やその他の新聞は中国寄りの報道をし、国民党や馬政権を評価し、迫田先生にも「中国批判をするな」という圧力がかかったそうです。
また当の台湾も中国へすり寄った態度を示し始めていて、道路標識を「長春路」を「長春」としたり、台湾チームを「中華台北」としたり、細かいことを挙げるときりがないと指摘しつつ、「台湾意識は今後どうなるのだろうと考えます。経済的に中国に頼り、このままいくと実質的統一に近付いていくでしょう。我々日本人も台湾に対して、中国に統一されないよう後押しすべきでしょう」と締めくくられました。
昼食をはさみ、午後の講義は羅福全先生(元亜東関係協会会長、元台北駐日経済文化代表処代表)の「馬政権と東アジア安全保障の新課題」です。
羅先生は、現在から今後の10年を見通すと、アジアは不安定・不確実な時期に入っていく、中国の存在が大きく、中国の出方にかかっていると話されました。
アジアの安全保障を崩しかねない4つの要因として、1)馬英九の傾中政策、2)朝鮮問題(北と南が以前に比べて緊張関係に入っている)、3)日本の問題─鳩山政権の沖縄米軍基地移転についての対応の拙さが外交的な力を弱めている、4)アメリカの問題―経済危機後、アメリカは中国に対して経済面と安全保障面に矛盾が出ている(経済的に中国に頼り過ぎ―アメリカの力の低下)、を挙げられました。
その解決策として、中国が国際ルールを守る責任ある大国となるような方向性をつけること。日米は中国にそうなるよう勧告をする(勧告が効果を発揮するには、そのバックに相当の軍事力が必要である)。また、アセアンの民主国家の団結が中国の覇権主義を食い止め、日本の強い味方となるのでそのための努力をする。そしてアセアンそれぞれの国の内需拡大が戦争に向かわないことに繋がるので、台湾もその中に入ることが重要だろう、とお考えを述べられました。
この日最後の講義は、黄天麟先生(元第一商業銀行頭取)の「台湾の経済とECFA」です。台湾の経済とECFAの関係、そして日本との関係について最新の統計をもって講義されました。
≪ECFAを結ぶことの一番の問題は、台湾が経済的に中国に吸収されてしまう「周辺化」が起こることです。日本との関係は、為替の問題です。引き下げられた人民元による影響で円高になっているが、実はこの円高が日本の経済的低迷、GDP下げを引き起こしているのに、日本は全く気付いていないという問題があります。
「台湾の失われた10年、日本の失った20年」は、台湾と日本がアジア周辺国に比べ、株価も下がり、輸出量も大幅に下がっていることを指しています。これはともに中国問題なのです。台湾の場合は、周辺化と中国の決起について認識がないこと、日本の場合は(中国)人民元の過少評価(為替問題)が日本経済に悪影響を及ぼしているのに、その認識が全くないことに問題があります。≫
黄先生は最近の様々な統計を分析しながら、一つ一つの結論を導き出し、参加者は大いに納得させられました。
「周辺化」とは、比較的小さい経済体が大きい経済体と接触交流する過程において、小さい経済体の資金・人材・技術等が大きい経済体に引き取られ吸収されて、小さい経済体の成長・活動が徐々に遅れ、遂に経済・政治・文化の面の影響力が薄れ、周辺の地位に甘んじる過程を言い、双方の交通が便利になればなるほど、周辺化の速度が速くなるのが普通だそうです。黄先生はその例として、澎湖島と台湾本島の関係、香港と中国の関係でも実証済みといえると指摘されました。
また、人民元と円の為替問題や今後の台湾の動向については、以下のように説明されました。活字で読むと難しそうですが、黄先生の説明は経済のことを知らない人にもよく分かる、説得力に富んだものでした。
≪人民元の切り下げにより、日本円と台湾NTDが共に大幅切り上げとなりました。そうした人民元過少評価により、台湾資金は中国に流れ、日本は中国に投資、東南アジア経済が失速し、東南アジアの金融危機がおこったのです。
台湾の経済成長は鈍化し、不良債権問題、失業問題、社会不安問題まで起こってきました。一方、日本の経済問題も、バブルや構造問題だけではく、この「円」と「元(人民元)」の為替が影響しているのです。それを「円高は日本の国益」だとする経済学者がいるのは嘆かわしいばかりです。
日本はこの「円高」と「東アジア共同体」の誤りに目覚めなければなりませんし、円と韓国ウォンと人民元の現在の傾向を修正しなければなりません。また日・台・米・豪を含む「環太平洋経済圏」を提唱していくことを求めます。
台湾はECFAによって周辺化されてしまいます。しかし台湾人の多くは、周辺化成立を信じていません。これが台湾最大の危機です。馬政権はこの締結を進めていますし、このままいくとECFA締結に向かってしまうであろう。≫
朝から夕方までの講義でしたが、参加者は皆さん大満足のお顔をされていました。
勉強の後の夕食会は、群策会から歩いて5分ほどの海鮮料理の「海中天」というレストラン。ここに「老台北」こと蔡焜燦先生をお招きして行われました。また、元台湾国際放送日本語課アナウンサーで、友愛会や台湾歌壇の枢要メンバーでもある岡山県出身の三宅教子さんと、李登輝民主協会の事務長で陳唐山・総統府秘書長(官房長官に相当)の秘書をつとめていた張葆源氏も同席されました。
蔡先生はいつも人気者で、先生、先生と皆がどんどん近寄っていきます。先生は挨拶の中で、今年3月に「李登輝民主協会」設立のときには、李登輝先生より依頼されて会長に就任されたことに触れました。
その後の食事・歓談でも台湾の食べ物や日本の歌、その他いろいろなことが話題にのぼり、ときどきマイクをお取りになって皆さんに向けてお話しされました。まだまだご一緒したい気持ちでしたが、楽しい時間は過ぎ、またいつの日かの再会を祈りつつ、蔡先生たちとお別れをしました。
■第5日目 5月10日(月) 李登輝先生の特別講義と修業式
いよいよ研修団も最終日を迎え、参加者の皆さんはスーツに身を包み、緊張と期待の気持ちで、李登輝学校校長でもある李登輝先生による特別講義の時間を待っていました。
予定の10時30分、李登輝先生は会場に姿を見せられ、李先生の少し関西のイントネーションの温かいお声とお話は、初めて拝聴したときと変わらない親しみが感じられます。李先生は「苦境を打破し、未来を展望―台湾は如何にして世界の変化に対応すべきか」というタイトルで講義されました。講義の内容は、現在の世界金融ショックからいかにして台湾を守るべきか、ということでした。その概略を以下に記します。
世界金融とグローバライゼーションの過程において、考えなければならないのは、国家においては国の主権を守るという政策をとらなければ問題が起きるということです。李先生はご自身の著著『最高指導者の条件』をお開きになり、実践された経済政策の数々を説明され、政府としての打つべき手立てというものを示されました。
現在、台湾は金融ショックを受けながら、新政府の無為無策で人民は不安に陥っています。新政府は中国に依存する経済政策を取っていますが、これは一時的に回復したとしても、国内の企業努力、そして政策の努力が必要です。ECFAも政治的カラクリといえましょう。大多数の国民の経済活動は、国家の領土内で行われるものです。資源の所有者の立場ではグローバル化は一種の機会ですが、人民にはリスクと脅威になります。政府はこの両者を考慮し、バランスのとれた状態を維持していく必要があります。
李先生は、台湾の経済自主性を高めること(エネルギーの自給率を高める等)、そして「革新(イノベーション)」によって経済発展を促進することが大切であると主張されました。 とくに「革新」という言葉を強調されました。
「まだまだお話したいことがあります」と仰られる李先生でしたが、予定の1時間はあっというまに過ぎ、かろうじて2〜3の質問にお答えになりました。
その後、修業式となり、李先生から直接、参加者一人ひとりに修業証書が手渡され、記念撮影。李先生は一人ひとりにお声をかけて下さり、再会した参加者には懐かしそうなお顔で接し、その温かいお人柄に、今回もまた感動の多い修業式となりました。
5日間、共に学んだ参加者は別れを惜しみつつ、しかし心には深い満足感を持って帰途に就きました。最後に群策会、勝美旅行社、その他関係者の皆様に心よりお礼を申し上げます。
(おわり)