渡辺利夫著『台湾を築いた明治の日本人』を読む  江畑 哲男(東葛川柳会代表)

【江畑哲男Blog:2020年4月23日】https://shinyokan.jp/senryu-blogs/tetsuo/8252/

こういう時は、スケールの大きな本を読みたいものだ。  拓殖大学前総長・渡辺利夫先生の最新刊『台湾を築いた明治の日本人』(産経新聞出版)をお勧めする。ともかく、ダイナミック!!

 『台湾を築いた明治の日本人』はノンフィクションである。ウソ・偽りではない。史実に基づいて、資料や図版を精査しながら描かれている。ところが、その史実がドラマチックなのだ。小説的な味わいを醸し出している。そこがまたイイ!! 筆者は言う、「ある種のノンフィクションノベル」だと。

 そう、これは実際にあったことなのだ。つい、100年ほど前に先人がなし遂げた歴史の足跡なのだ。台湾という未開のフロンティアで、苦闘した明治生まれの日本人。「フロンティア」とロマンチックに呼ぶには、あまりにも苛酷な、苛酷すぎた台湾の現実。「往時の台湾は、ペスト、マラリア、コレラなどの風土病」が蔓延していた。加えて、「人為ではどうにもならない」と思われた土壌、汚染された河川、掠奪・暴行集団たる「土匪」の跋扈、アヘン吸引の常習者の存在、等々。清王朝ならずとも、台湾は「蕃地」「化外の地」と遠ざけたくなる、そんな難治の島であったという。

1894〜95年日清戦争。その勝利によって、日本は台湾を領有することになった。よちよち歩きの近代日本が獲得した初めての海外領土が、台湾であった。

筆者に言わせれば、本著は「理性と豪気をあわせもつ明治日本の指導者像」を探った本であり、「台湾に生きた明治日本人の精神史の発掘」であるらしい。

 粒々辛苦の末に「蓬莱米」の開発に成功した磯永吉。「不抜の信念」をもって烏山頭ダムを築き、荒涼たる嘉南平原を緑の大地に変えた八田與一。第四代台湾総督児玉源太郎と民政長官後藤新平の類い稀な気概と行政手腕。さらにさらに、これらの傑物に連なる逸材の数々、……。「台湾通」を自負する小生も知っているつもりだったが、深く理解していたとは言いがたい。そんな気分にさせられた。

それにしても見事なノンフィクションであることよ。詳しくは本著を手にとっていただくに限るが、例えば「優良品種の開発に成功」と書けばたった一言だが、その過程には気の遠くなるような根気と絶えざる使命感・情熱を要したことだろう。

筆者は言う。

《品種改良と一口にいうが、成功は容易ではない。先のみえない試行錯誤を無限に重ね、ようやくにして手にできる、ほとんど僥倖というべきものであろう。それがゆえにこそ、開発者には高い声望が与えられるのである。》

折しも、世界はいまコロナ禍のまっただ中である。

 こういう危急存亡の秋こそ、スケールの大きな良書を手にして欲しい。とりわけ若者に読んで欲しい、と筆者も願っているのではないか? ちまちました報道ばかり溢れる日本。コロナ禍を乗り越えて次代を担うべきエリートにこそ、新天地建設に精魂傾けた日本人群像を刻みつけて欲しい。渡辺前総長は、そう願っているに違いない。

 「小説的味わい」があると、冒頭紹介させていただいた。そう言えば、筆者・渡辺利夫先生は文学にも造詣が深い。「開発経済学」「アジア経済」がご専門の筆者だが、『放哉と山頭火 死を生きる』 (ちくま文庫)などの省察もまとめられている。それ故であろうか。ややもすれば事実の列挙に陥りがちな開拓の物語に、文学的な香りを漂わせている。だから面白い。胸を躍らせるのだ。本著の魅力の一つとして、筆者の文人的気質が垣間見られる点も特筆して本書評を締めくくろう。

(江畑哲男、えばた・てつお、東葛川柳会代表、(一社)全日本川柳協会副理事長)

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