沖縄��ぢ与那国島の��ぢ台湾村��ぢ構想が備える中国侵攻のリアル  清水 克彦

 去る5月4日、八重山毎日新聞が「花蓮市や宜蘭県蘇澳鎮を含む台湾島の『後山地区』(東部エリア)と与那国島との間で直行の船舶航路の開設を目指す与那国島直航大連盟が3日、台湾で発足した」と報じ、7日には「与那国に台湾村構想 建設準備会発足へ」という記事が立て続けに掲載された。

 この記事をどのように紹介しようかと思っていた矢先に、政治・教育ジャーナリストの清水克彦氏が「PRESIDENT Online」に「台湾村構想」について発表した。下記に八重山毎日新聞の記事と清水氏のレポートをご紹介したい。

 なお、清水氏のレポートは台湾で設立された「与那国島直航大連盟」については触れていない。後日、台湾などのニュースで続報を確認できたときに改めてご紹介したい。

◆八重山毎日新聞:与那国海路開設目指す 台湾で組織発足、2港想定[5月4日] https://www.y-mainichi.co.jp/news/38434

◆八重山毎日新聞:与那国に台湾村構想 建設準備会発足へ[5月7日] https://www.y-mainichi.co.jp/news/38437

—————————————————————————————–1700人の島に200人超の自衛隊員が駐留 沖縄��ぢ与那国島の��ぢ台湾村��ぢ構想が備える中国侵攻のリアル清水 克彦(政治・教育ジャーナリスト、大妻女子大学非常勤講師)【PRESIDENT Online:2022年5月22日】https://president.jp/articles/-/57773?page=1

◆中国軍が訓練を繰り返し「戦時下にあるよう」

 本土復帰から50年を迎え、51年目に突入した沖縄。なかでも台湾や尖閣諸島に近い沖縄県与那国町(与那国島)や石垣市(石垣島)など八重山諸島の自治体では、「軍事的プレゼンスを増す中国にどう備えるか」という大きな課題を抱えている。

 実際、このところ中国軍による動きが目に見えて活発化している。

 2022年4月7日、中国のY9電子戦機が、与那国島から宮古島南方の太平洋上を往復した。Y9電子戦機は、機体の下部にアンテナを搭載し、電波情報の収集や妨害電波を発信することを目的とした軍用機である。与那国島の海域でこのタイプの軍用機の飛行が確認されたのは初めてのことだ。

 その約1カ月後には、中国海軍の空母「遼寧」が7隻の艦艇を伴い、沖縄本島と宮古島の間を南下。艦載機の離発着訓練を100回以上も実施している。これも、台湾や尖閣諸島に侵攻することを想定した演習にほかならない。

 筆者は、さっそく与那国島へと飛んだ。そこで聞いた住民の声は、島が有事の最前線であることを再認識させるものであった。

「ロシアがウクライナに侵攻してから、緊張が一段と高まった感じがします。日によっては中国軍に備えた台湾軍のドーンという砲撃訓練の音まで聞こえてきて、戦時下にあるような気がしますよ」(40代男性)

「神奈川から移住して11年。実家の親からは『ウクライナみたいになる前に戻ってこい』と言われていますが、攻撃されるときはどこにいても攻撃されると思うので、好きな島に覚悟を決めて住んでいます」(30代女性)

◆人口1700人の与那国島で急浮上した「台湾村」構想

 与那国島は、日本の最西端に位置する島だ。人口は約1700人。台湾とは約110キロしか離れていない。天気が良い日には台湾の東岸が目視できる。ちなみに尖閣諸島とも150キロ程度の距離にあり、尖閣諸島を行政区域としている石垣市からの距離よりも近い。

 つまり、与那国島は、台湾に一番近い島であり、中国が台湾や尖閣諸島に侵攻した場合は最前線となる島である。

 その島で急浮上したのが、「台湾村」の建設構想だ。構想を推進するのは、在沖縄与那国郷友会という団体で、今年中にも建設準備会を発足する予定だ。

◆台湾企業や移住希望者を受け入れて島を活性化

 5月5日に発表された「台湾村」建設の基本計画では、台湾企業や移住希望者に土地を提供することで、島の過疎化に歯止めをかけ、経済活性化にもつなげたいとしている。

 そして、ゆくゆくは、与那国島と台湾を結ぶ定期航路の開設も目指し、台湾からの人口流入によって、島の人口を現在の2倍以上にしたいとしている。

 筆者は、「台湾村」建設構想が想定している嘉田地区を見てきた。嘉田地区は農地や牧草地が拡がるエリアだ。与那国空港やフェリーが発着する港からも車で10分から15分程度とそう遠くない。

 何より、陸上自衛隊与那国駐屯地に近いのが心強い。距離で言えば2キロから3キロあたりであろうか。

◆台湾侵攻から逃れた人々を受け入れる「避難施設」に

 政府は2022年9月、自衛隊基地周辺や国境離島など安全保障で重要となる土地の取得や利用を制限する。与 那国島の場合も、駐屯地から1キロの範囲は特別注視区域として制限の対象になる予定だ。

 「台湾村」は、制限の対象地域には入っていないものの、駐屯地からは車で数分の距離に建設される方向で話が進むと見られる。今後は構想の実現に向けて、基本的な枠組みを決め、土地の所有者や町役場とも話し合いが進むことになる。

 ただ、この「台湾村」建設構想にはもう1つ理由がある。与那国町漁業協同組合の組合長、嵩西茂則さんは言う。

「台湾有事に備えた避難計画ですよ。台湾が中国の攻撃を受けたとき、台湾の人たちが与那国島に疎開できるようにしておくという狙いもあるんですよ。台湾有事の際は、東に避難する場合、間違いなく与那国島に来ます。台湾の起業家はお金を持っていますから、それを活用しながら、与那国島に、ビジネスや生活拠点だけでなく避難施設の意味も込めた場所をつくろうとしているんだと思いますよ」

◆台湾有事の最前線・与那国島で着々と進む備え

 有事の際、最前線となる与那国島。島では2016年3月、陸上自衛隊の駐屯地が設けられ、160人規模の沿岸監視隊が駐留して以降、着々と戦時への備えが進んでいる。

 かつては「拳銃2丁」と呼ばれ、島内2カ所にある警察の交番だけが防衛の拠点と揶揄(やゆ)された与那国島。「防衛の空白地帯」であったはずの島には、中心部の小高い山に巨大レーダーが設置され、周辺を航行する中国軍の艦艇や航空機の監視を続けている。

 筆者が施設の近くで写真を撮ろうとスマートフォンを構えると、警戒にあたっている隊員から「ここは立ち入りできません。早く出て」と厳しい声が飛んできた。

 このほか、2022年4月1日には、航空自衛隊の移動式レーダー部隊も配備された。文字どおり、移動式の警戒管制レーダーを運用することによって、中国軍への警戒監視態勢を強化するためだ。

 そして、来年度には、陸上自衛隊の電子戦専門部隊の配備も予定されている。この電子戦専門部隊には、最新の車載型ネットワーク電子戦システム(NEWS)が導入され、電磁波の収集、そして侵攻を受けた際に、相手のレーダーや通信機器を無力化するための役割が与えられることになる。

 その数は70人規模。これにより与那国島に駐留する自衛隊員の数は230人あまりと、島の人口の約15%を占めることになる。

◆自衛隊への「反感」が「歓迎」に変わったワケ

 沖縄大学地域研究所の島田勝也さんは語る。

「自衛隊は本土復帰に合わせて沖縄に入ってきたんです。当時、県民感情としては反感が強く、基本的には『拒否』。ところが、21世紀になって中国の船や航空機が頻繁に周辺海域や空域に接近するようになって意識が変わってきたんです。特に、ロシアのウクライナ侵攻以降、3カ月の間に、与那国島も石垣島も、宮古島や北大東島も、『明日はわが身』という気持ちから、住民の間でほとんど抵抗はないと思いますね」

 アメリカ軍基地の大半が沖縄に偏在していることへの抵抗はあっても、進む自衛隊の配備については、むしろ「歓迎」の気持ちすらあると言う。

 与那国島だけでなく、2019年には宮古島に駐屯地が置かれた。石垣島にも今年度中には陸上自衛隊の警備隊、地対艦ミサイル、地対空ミサイル部隊が配備される予定で、現在、島のほぼ中央にある山の中腹では、工事を進める大型クレーン車を遠目からでも確認することができる。

「ようやくここまで来たことは感無量。対中国という意味では八重山の島々は国土防衛の壁になる。これまで数々の選挙を乗り越え、政治的なハードルを乗り越えて整備が進んできたことは実に感慨深い」

 これは、陸上自衛隊元陸将、渡部悦和さんが筆者に語った率直な感想である。

◆有事の場合、与那国島の住民を守り切れるか

「こんな状態で、果たして島を守り切れるのだろうか。電子戦の専門部隊を増派するといっても車両2台分くらいの増員ですよ。岸田政権には、もっと増やしてほしいと言いたいくらいです」

 与那国町長、糸数健一さんは、このように不安を口にする。

「住民避難の問題だってあります。一夜に自衛隊員以外の島民、1400人あまりの疎開はできません。陸続きで疎開ができない島にあっては船に頼るしかないですが、フェリーだと石垣島に避難させるのに片道4時間かかります。乗れるのは1回120人程度。到底間に合わないですよ。飛行機でも1便50人しか運べません。飛行場拡大の用地はあるので整備してほしいし、物資を運び入れる港湾整備も必要です」

 与那国島では、住民避難について、島内避難に関しては防災訓練として実施してきたが、島外避難に関しては一度も行っていない。

 前述した沖縄漁協組合長、嵩西茂則さんは、このように語る。

「島内にシェルターを作ってほしいですね。ウクライナを見ても、無事避難した市民の多くは地下壕(ごう)に入れた人たちですよね」

◆地下シェルターや兵器集積など課題は山積

 台湾有事や尖閣諸島有事は、この3カ月、ロシアのウクライナ侵攻と比較して語られるようになったが、根本的な違いが存在する。

 ウクライナは陸路で避難が可能で、アメリカやNATO加盟国による軍事物資の補給も陸路で可能だが、海に囲まれた沖縄本島や八重山諸島の島々ではこれができないという点だ。中国軍が制空権を掌握し、海を抑えてしまえば、完全に避難路は絶たれてしまうからである。

 戦争では「民間人を巻き添えにしない」ことにはなっているものの、陸路で避難が可能なウクライナでも、容赦なく攻撃を加えるロシア軍との間で、人道回廊など避難ルートの確立に時間を要した。

 有事が生じた場合、与那国島のような島々では、現実問題として、まず島内に隠れることから始まるのではないだろうか。

 だとすれば、島内、島外の両面で避難訓練を行うことは重要課題で、それと同時に、島内に地下シェルターを作るという備えも不可欠になるだろう。

 さらに言えば、兵站(へいたん)(兵器類の整備修理、食料、燃料、弾薬などの補給、戦闘傷病者の医療処置など、前線の戦力を維持するための機能)の問題もある。

 前述した元陸上自衛隊陸将の渡部悦和さんは、

「離島防衛の課題は何と言っても兵站。島に駐屯地を作っても、有事が生じる前に武器弾薬を集積しておかないと間に合わない。そのための予算が担保されるのかどうか」

と指摘する。

◆ロシア軍は陸続きの侵攻で兵站に失敗

 振り返ってみると、兵力で勝るロシアがウクライナ侵攻で苦戦続きなのは兵站に失敗したことが大きな理由の1つである。

「水・食料や衣料が届かず、兵士の士気が低下」「燃料や弾薬が不足し、ロシア軍部隊の前進が遅滞」

 このように、ロシア軍の苦戦ぶりを伝える報道が相次いだのは記憶に新しいところである。

 キーウ陥落に向け、ロシア軍があらかじめ部隊を展開させていたのはベラルーシ国境付近。ここからキーウまでの直線距離は180キロほどある。

 また、2014年、強引に併合した南部のクリミア半島からマリウポリまでは400キロ近い距離がある。

 このように、戦闘の最前線と後方部隊がいる地域との距離が大きく離れている場合、兵站を成功させるために、中間に補給点(物資集積所)を設けるのが通常である。

 ところが、ウクライナ領土内にロシア軍の補給点はほとんど確認されず、そのため、輸送車両は長距離の往復を余儀なくされて、効率の悪化を招いた。

 陸続きのロシア─ウクライナ間でこの状態である。台湾有事や尖閣諸島有事になった場合、空と海からしか物資の搬送手段がない島嶼(とうしょ)部では、もっと労力が必要とされることになる。

◆中国軍が侵攻してもアメリカ軍は当てにならない

「いざとなれば、アメリカ軍が守ってくれる」

 このように思う読者の方は多いと思うが、有事が生じた当初はこんな期待を持たない方がいい。

 アメリカ政府は2012年、沖縄に駐留している海兵隊を、グアムやハワイ、オーストラリアに分散する方針を決めて、在日米軍再編計画の見直しに関する日米共同文書に盛り込んだ。

 その理由の1つは、アメリカ軍の沖縄一極集中を緩和させるためだが、もう1つ、中国のミサイル攻撃を想定し、ダメージを最小限に食い止めるという狙いもある。

 この観点から言えば、中国軍が台湾や尖閣諸島に迫った場合(迫る動きを見せた場合)、在沖縄アメリカ軍の大半は、グアムなど後方に下がることになる。

 そうなれば、前線で中国軍と対峙(たいじ)するのは自衛隊だけになる。アメリカ軍が後方で体制を整え支援に来てくれるまで持ちこたえられるかどうか、自衛隊には、その覚悟と相応の準備が求められるのは言うまでもない。

 そして、それ以上に、与那国島など八重山諸島の各自治体では、単なる防災訓練ではなく有事に備えたシミュレーションの作成、そして実際に避難訓練を行うなどの実践が急務と言えるだろう。

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清水 克彦(しみず・かつひこ)政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。在京ラジオ局入社後、政治・外信記者。米国留学を経てニュースキャスター、報道ワイド番組プロデューサーを歴任。著書は『台湾有事』、『安倍政権の罠』(いずれも平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『中学受験』(朝日新書)、『すごい!家計の自衛策』(小学館)ほか多数。ウェブマガジンも好評。

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