李登輝元総統と民主主義の遺産  平川祐弘(東京大学名誉教授)

【産経新聞「正論」:2020年8月21日】https://special.sankei.com/f/seiron/article/20200821/0001.html

 敗戦後、旧制高校は米国占領軍の手で1950年に完全廃止された。70年たった今、出身者は90代、絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)である。その一人、旧制台北高校出身の李登輝元総統が7月30日に亡くなった。

◆22歳までの日本教育喉元まで

 日本が大陸とともに台湾を尊ぶべきことを知らしめた第一の人は司馬遼太郎で、「街道をゆく」の『台湾紀行』で1993年に李登輝氏を、「身長181センチ、容貌は下顎が大きく発達し、山から伐(き)りだしたばかりの大木に粗っぽく目鼻を彫ったようで、笑顔になると、木の香りがにおい立つようである」と初対面でありながら旧知のごとく読者に紹介、李氏も「22歳まで受けた日本教育はのどもとまで−と右手を上にあげて−詰まっている」と言った。

 途端に北京系の報道が李は「皇民だ」と咬みついた。だが李氏は悪びれない。インドのネルー首相が宗主国英国のケンブリッジ大学出身を誇りとしたように、李氏も台北高校や京都大学で学んだことを誇りとした。「日本的教育と私」に示された読書の数々には驚く。阿部次郎、倉田百三、西田幾多郎など私が内地の旧制高校の寮で読んだと同じ本だからだ。

 国際政治学者の中嶋嶺雄は、文化大革命を毛沢東の奪権闘争といちはやく看破し、現地から真っ先に報道した。まだ東外大助手の時のことだから偉者だ。大陸におためごかしをしない中嶋は、その後、李氏を『文芸春秋』に紹介、アジア・オープン・フォーラムを組織して、日台間で学術会議を次々と開催した。私も何度か発表した。その縁で、李氏の来日が実現した2007年、中嶋学長に指名され挨拶した。

 「こんな席でお話しする資格はない者ですが、李様は台北高校、私は一高で同じ島田謹二先生から英語を習ったのがご縁で」といった途端に「シマキン」と綽名(あだな)が李氏の口から飛び出し、帝国ホテルの満場が爆笑した。その島田先生から李氏はカーライル『衣装哲学』を習った。難しかったが新渡戸稲造のカーライル講義を読んだらよく分かった、と李氏は楽しげに語った。それがきっかけで李氏は新渡戸の『武士道』も読み、直接、日本語で解説も書いた。

*編集部註:2007年ご来日時の李登輝元総統の講演会は帝国ホテルではなくホテル・オークラです。

 歓迎宴から帰宅すると、「いまテレビに李登輝の日本旅行が出た。そしたら平川先生も映っていたよ」と台湾から電話がかかった。その声が弾んでいた。台湾親日派の間では李氏はヒーローだ。その元総統が念願の日本旅行を果たせたのでかの地の人も喜んだ。

◆大陸が範とすべき一大実験

 しかし私が台湾を良しとするのは単に「親日的」だからではない、李総統がリードした台湾が「民主的」になったからだ。漢民族には不可能といわれた総統選挙に成功した李氏は歴史に名をとどめる大人物である。台湾のデモクラシーこそ大陸が範とすべき政治上の一大実験と駐日中国外交官や留学生は銘記していただきたい。

 だが中国は猛烈な悪口を言う。台湾でも過去半世紀支配してきた外省人から見れば、民主主義を導入することで国民党一党支配体制を崩した李氏は反逆者だ。中国共産党の恫喝(どうかつ)に従わぬ李氏は、北京から見れば好ましからざる人物だ。そんな見方に迎合する「チャイナ・スクール」は結構いた。だが元総統は悪びれない。粕谷一希は筋を通すジャーナリストとして藤原書店の第一回後藤新平賞を来日した李元総統に授けた。李氏は後藤の民政長官としての台湾における業績評価する講演を行った。

 忘れがたいのは李氏が台湾に生まれた悲哀を司馬遼太郎に語ったことだ。日系米国人にも似た悲哀はある。兄は米軍に属し、弟は日本軍に属し戦った二世の兄弟もいた。その際、アーリントンに葬られた人のためなら墓参し、靖国に祭られた人のためなら墓参しない、などの区別ができようはずはない。「兄は日本兵として戦死した。靖国に参拝できてよかった」と語る李氏の口調は胸を打った。

◆台湾に定着した自由な民主制

 李総統時代の台湾は大陸に対し経済的に優位に立っていた。今その優位は薄れた。しかし国民党と民進党と政権交代を繰り返すうちに台湾には民主制が定着、台湾人は自由な現体制を警察国家の大陸よりも良し、と考える人が増えた。日本でも監視社会の習近平体制を嫌う人はいよいよ増えた。

 北京は同一言語を話す地域は併呑(へいどん)してよいかのごとく主張するが、覇権主義的主張に正当性はない。ただし悪い先例はある。

 ナチス・ドイツがオーストリアを1938年に力ずくで併呑した、独墺併合(Anschluss)こそ第二次世界大戦への決定的なターニング・ポイントとなった。

 「中国の夢」を唱える習近平に、ヒトラーの人気はない。だが内政の失敗を糊塗(こと)しようと膨張主義的冒険という下策に出る可能性はある。台湾は第二の香港となるのか。万一、米軍が実力でその阻止に出動せねばならぬ時、わが国は米軍の活動を支持するだろうが、それより先、習政権が崩壊するだろう。私は中国人の智慧を信じて、明るい未来を考えている。(ひらかわ すけひろ)

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