時。安保法制を決断した安倍首相の勇気に敬意を表したい」と題して寄稿されていることを紹介し
ました。
その後、この論考を紹介した「NEWSポストセブン」は8日と9日にも続けて紹介し、結局、全文を
紹介しました。よって、本誌でもまとめて全文を紹介することにします。
李登輝 元台湾総統
東アジア混迷の時。安保法制を決断した安倍首相の勇気に敬意を表したい
中国は台湾統一の次に尖閣諸島、沖縄を狙ってくる
【月刊「SAPIO」2月号】
台湾統一を狙う中国。その後は、「尖閣諸島、沖縄へと触手を伸ばしてくる」と李登輝元台湾総
統は警告する。我々は中国に対し、台湾とともにどう立ち向かうべきか。
* * *
中国はこれまでも東シナ海の資源開発を進めてきたが、最近、それをいっそう活発化させてき
た。東シナ海では少なくとも計16基の構造物が確認されているという。これは地理的、経済的な目
的だけでなく、軍事面での目的があるのは明らかだ。南シナ海での岩礁埋め立て問題も同様であ
る。
中国が軍事増強を進める背景にある最終的な目標は台湾の統一だ。台湾が中国に侵略されたら、
最も打撃を受けるのは日本であることを忘れてはならない。台湾の次は尖閣諸島、沖縄へと触手を
伸ばしてくる。
中国は弱い相手にはとことん押しまくってくる。一方で、相手に強く出られた場合には黙る国
だ。南シナ海の南沙諸島を一方的に埋め立てるなど、フィリピンとの間で紛争を激化させてきた
が、米国は「航行の自由作戦」に踏み切った。
このとき重要なのは安倍首相が「国際法にのっとった行動であると理解している」と即座に米国
の行動を支持したことだ。また、安倍首相がリーダーシップを発揮して成立させた安保法制は日本
のみならず、台湾や東アジアの安定に大きく寄与するだろう。
◆中国と距離を置くことが重要
昨年11月7日、66年ぶりに台中首脳会談が行われた。しかし、馬英九総統は何もわからず、自分
の功績のために習近平主席と握手しにのこのこと出掛けていったにすぎない。習主席はかなり手強
い相手だ。ゆえに馬総統は事前に彼がどういう人物かきちんと研究していくべきだった。
1分半もの間、握手していたことが報じられたが、台湾の総統として言うべきことも言わずに
帰ってきた。自分のことを「台湾の総統」とさえ言わなかった。一国の指導者であるならば勇気を
持って言うべきことを言わなければならない。結果的に海外メディアからは「過去の人」と書かれ
る始末だ。
馬総統が首脳会談でとったやり方は、非民主的かつ台湾をないがしろにするものだ。誰が自分を
総統に選んだかを分かっていない(有権者の存在を忘れている)。昨年5月、総統就任7周年の記者
会見で馬総統は「毎日よく眠れている」と答えていたが、私は総統在任中の12年間、毎日が闘争で
一日たりとも安眠したことなどない。この8年、庶民の生活は困窮し、台湾が直面する問題もます
ます増えた。馬総統はそれらを検証し、対応していかなければならないのに、国家の指導者として
の責任を何ら果たしていない。
国民党は、1月16日に行われる総統選挙でも立法委員(国会議員)選挙でも、これまでにない大
敗を喫する可能性がある。一昨年11月の統一地方選挙に続く大敗となれば、党勢の凋落が加速度的
に進むだろう。それを立て直すためには、国民党本土派のリーダー格である王金平・立法院長が率
先して、台湾の主体性を重視する本土派を中心とした「台湾国民党」に生まれ変わらせるべきだ。
民進党の蔡英文主席は、台中関係について「現状維持」と主張しているが、民進党内からも「曖
昧だ」との批判が出た。しかし、私は「現状維持」という主張が曖昧とは思わない。
そもそも現状を維持するとはどういうことか。台湾は台湾であり、中国は中国であって、それぞ
れ中華民国と中華人民共和国を維持する、それこそが現状維持である。中国と距離を置いて台湾の
主体性を維持し、発展し続けることが重要だ。
◆指導者の務めとは
日本も台湾もともに人権、平和などの価値観を共有する民主主義国家であるとともに、同じ島国
国家である。また、領土的野心をむき出しにする中国と対峙するなど、多くの点で利害が一致して
いる。
安全保障面にかぎらず、日本と台湾の連携は非常に重要であり、台湾は日本の生命線と言える。
安倍首相は、「台湾は大切な日本の友人」と発言し、多くの台湾人の感動を呼んだ。昨年の戦後70
年談話でも中国や韓国と列記して台湾の名が挙げられ、日本が台湾を平等なパートナーとして位置
付けていることを感じる。台湾と日本は運命共同体であり、この関係をよりいっそう強化すること
が東アジアの平和と安定に繋がるものと信じている。
地政学的リスクが大きく変化した現在においても、日本の安保法制整備を「戦争法案」などと批
判する人がいることには疑問を感じる。軍隊や安保法制を整備することが即ち戦争になるというこ
とではない。戦争するかしないかは、ひとえに指導者にかかっていることであり、安保法制の整備
とは何ら関係のないことだ。
一昨年、東京を訪問した際、私は「人類と平和」というテーマで講演したが、そのなかで私は
「人類の歴史は異なる国や組織、権力間の興亡の繰り返しである」と述べた。集団的自衛権や安保
法制の問題を忌避する人々は、こうした歴史を無視していると言わざるをえない。いかにして平和
を保つのか、具体的手段を考えるのが指導者の務めであり、決断した安倍首相の勇気に敬意を表し
たい。
台湾と日本が協力すべき分野は安全保障だけにとどまらない。経済分野で注目しているのが、
「IoT(Internet of Things)」だ。IoTとはパソコンやスマートフォンだけでなく、身の回りのあ
らゆるモノに埋め込まれたセンサーをインターネットに接続し、相互通信を可能にすることで新し
いサービスや付加価値を生み出す技術だ。私は一昨年からこの技術に注目していたが、ここ最近で
急速に認知されてきたと感じており、今や世界の先端企業が開発を競い合っている。
ただ、IoTビジネスを日本だけで成功させることは難しいだろう。日本企業の開発や研究は、閉
鎖的な部分があり、グローバルな市場展開に繋がりにくい。その点、台湾は半導体などのコンポー
ネント(部品)を大量につくる生産技術に優れている。今こそ日本の研究開発力と台湾の生産技術
を結びつけ、IoTに活用できる新しい半導体の開発に協力体制を築くべきだ。
その結果、台湾はIoTの生産によって日本経済をバックアップすることができ、GDP成長率のプラ
スにも貢献できるだろう。
中国の脅威に立ち向かうため、今こそ台湾と日本が固く団結すべき時だ。
* * *
【PROFILE】 1923年台湾生まれ。旧制台北高校、京都帝国大学農学部で学び、戦中は志願兵として
高射砲部隊に配属された。終戦後台湾大学に編入し卒業。台北市長、台湾省主席、副総統を経て
1988年に総統就任。1996年、台湾初の総統直接選挙で当選し、2000年まで務める。著書に『指導者
とは何か』(PHP研究所)ほか多数。
■撮影/黄威勝