李登輝元総統が台北高校時代に表明した大東亜戦争への「決意」  早川 友久

「台湾日日新聞」に「私も志願する」と題して掲載!

 前々号の本誌で、李登輝元総統の実兄、岩里武則命(台湾名:李登欽)が海軍志願兵に
合格したときの「台湾日日新報」記事を「台北事務所ブログ」から紹介した。

 今度は李登輝元総統ご自身が台北高校時代、大東亜戦争に対する学徒としての「決意」
について「私も志願する」という見出しの下に「台湾日日新報」(昭和18年6月28日付)が
掲載していたことを、またまた早川友久・本会台北事務所長が発見、ブログに掲載してい
る。

 日本で刊行されている李登輝氏の伝記では定評のある伊藤潔著『李登輝伝』(文藝春
秋、平成8年)や上坂冬子著『虎口の総統 李登輝とその妻』(講談社、平成13年)でも、
この記事について一行も触れていない。恐らく本邦初公開の貴重な資料ではないかと思わ
れる。下記にご紹介したい。関連写真もあるので、ぜひブログもご覧いただきたい。

 ちなみに、李登輝氏は昭和15(1940)年4月、台北高等学校文科甲類に入学。その後、京
都帝国大学農学部農林経済学科に入学。昭和18(1943)年12月には学徒出陣で陸軍に入隊
し、台湾・高雄の高射砲部隊に配属。昭和20(1945)年1月に千葉県習志野の防空学校に移
り、2月に少尉に任官、8月に終戦を迎えている。

 陸軍に入隊したときの心境について、上坂氏に「刻苦勉励、生死の間をさまよって人間
とは何かをつきつめてみたかった」と語ったという。台湾日日新報では「軍隊の制度は
吾々が自己の人間を造る所であり、色々と苦しみを忍んで自己を練磨し明鏡止水の境地に
至るに是非必要な所だと信じてゐる」と話したと伝えている。符合する内容ではないだろ
うか。


「私も志願する」信念を語る岩里君
【台北事務所ブログ:2012年8月15日】
http://twoffice.exblog.jp/18835012/

【写真1】台北高等学校時代の李登輝元総統(日本名:岩里政男)の大東亜戦争への「決
     意」が掲載された昭和18(1943)年6月28日付の「台湾日日新聞」

 「台湾日日新報」は、日本時代の台湾で最大の発行部数を誇っていた新聞です。1898年
(明治31年)、合併によって誕生した台湾日日新報は、1944年(昭和19年)4月に「台湾新
報」として生まれ変わるまで、じつに47年にわたって台湾のメディアに君臨した新聞とい
えるでしょう。

 台湾日日新報には、日本語版のほかに漢文版も発行されており、漢文版の執筆者には尾
崎秀真(ゾルゲ事件で処刑された尾崎秀実の父)も名を連ねていました。

 また、台湾日日新報は、いわゆる官報にあたる「府報」の発行も担っており、政府系新
聞や御用新聞といった側面もありました。

 この台湾日日新報を繰っていると、戦火が激しくなり始めた昭和10年代後半ごろから、
皇軍の快進撃を伝える文言や、戦意を高揚する威勢のいい単語が紙面に並び始めるのがわ
かります。

 開戦から一年半が経ち、はやくも総力戦の体を帯びてきた1943年(昭和18年)6月28日の
紙面に、台北高等学校の学生にインタビューした記事が掲載されました。その学生とは
「台北高校文科三年の本島人學生、岩里君」、学生時代の李登輝元総統です。

 記事にはフルネームが書かれていませんが、李登輝元総統に関する資料によれば1943年
(昭和18年)8月、戦時繰上げにより半年早く卒業したということになっているため、この
記事が掲載されたのは繰上げ卒業の直前ともいえる時期でした。

 また「近く内地に行くこととなってゐるが内地に行つたら日本文化と結びつきの深い禪
の研究をしたいと思ふ」と話している部分は京都帝国大学への進学を指していると思われ
ます。

 実際、李元総統はこの年の10月に日本内地へ向かい、京都帝大での学生生活を始めてい
ます。また「禅の研究」については、李元総統が折にふれて語る「李登輝の人生哲学」に
もたびたび登場する生涯追い求め続けるテーマといってもよいものでしょう。これらのこ
とから、この岩里君とは岩里政男君のことであり、すなわち李登輝元総統のことであると
断定してもよいものと思われます。

【写真2】台北高等学校時代の李元総統

 上に掲げた写真は台北高等学校時代の李元総統。襟元の「L」のバッチはLiterature、
つまり文科を示しています。また、下の写真は台北高等学校の当時の姿。現在では国立台
湾師範大学となっていますが、左側の校舎や右手に写っている講堂は今も現役で使われて
います。校舎の前は一面田んぼで、車が絶え間なく行き交う和平東路が整備されるのはこ
れからずっと後のことです。

【写真3】李元総統在学中の台北高等学校

 インタビューの後半でも「岩里君」は「現在の哲學が軍人に讀まれていぬといふ所に現
代の學問の危機があるのではないだらうか」と話し、すでにこの頃から「哲人李登輝」の
片鱗を垣間見ることができます。

 1943年(昭和18年)といえば、戦況が暗転し始めた時期でもあり、台湾では戦力補充の
ための志願兵制度が実施された時期と重なります。李元総統の御兄上、李登欽さん(日本
名:岩里武則)もこの年、海軍に志願して合格しており、後の1945年(昭和20年)2月にフ
ィリピンで名誉の戦死を遂げられました。李登欽さんが海軍志願兵に合格した際のインタ
ビュー記事が台湾日日新報に掲載されたのは、弟である李元総統の記事掲載からおよそ3ヶ
月後、9月22日のことでした。

 もしかしたら、取材の席上、御兄上が海軍志願兵に応募したことを記者に漏らし、取材
対象として白羽の矢が立ったのかも知れませんが、こればかりは推測の域を出ません。

 あの時流のなかで、若い学徒が護国報恩の念を抱き、青年が熱い血潮を滾らせて志願兵
に応募することは容易に考えられる選択でした。新聞社側が本島人学生による烈々たる決
意を掲載し、本島人の戦意を鼓舞しようとした提灯記事の側面を差し引いても、あの時代
に生きた若者たちが持っていた、公に殉じようという崇高な理念までが否定されるわけで
はありません。

 当時の故国日本や同胞のために散華(さんげ)された台湾人日本兵、およそ2万8千柱の
英霊を含め、現代の平和と繁栄の礎(いしずえ)となった先人の方々への感謝を忘れては
なりません。

 今日は67回目の8月15日、九段の杜は参拝の人波であふれかえっていたと聞きます。


私も志願する 信念を語る岩里君 台北高校

 “決戰下學徒の決意”といふ問に答へ、臺北高校三年文科の本島人學生岩里君は左の如
 く語った。

決戰下の學徒として僕達の切実の感情は何と言つても大東亞戰に勝ち抜くと云ふことだ。
學問をするといふことが要するに國家目的の為であつて、これまでのやうな學問の為の學
問といふ考へ方は絶對にあり得ないと思ふ。

◇學園内のこれまでの弊衣破帽の風も現在としては一時代の遺物とも言ふべきもので、
吾々には新しい立場が必要だと言ふことは痛感してゐる。唯(ただ)高校生は内省的な傾
向が強いので外部に餘りはつきり自己の立場を示すことがないが、内部に於てはさうした
氣持は相當強いと思ふ。

◇今や臺灣にも陸海軍の特別志願兵制度が施行され、私も大學の法科を出たら志願をした
いと父母にも語つてゐるのであるが、軍隊の制度は吾々が自己の人間を造る所であり、
色々と苦しみを忍んで自己を練磨し明鏡止水の境地に至るに是非必要な所だと信じてゐ
る。近く内地に行くこととなつてゐるが内地に行つたら日本文化と結びつきの深い禪の研
究をしたいと思ふ。

◇過渡期の知識層といはれる面に一番缺けてゐるものは力であり、指導力であつて現在で
も國民をひきづつてゐるのは哲學でも理念でもなく、國民の氣力であり學問はその國民の
氣力に立遅れた感があるが國民の力の原動力となる學問が必要だ。

◇現在の哲學が軍人に讀まれてゐぬといふ所に現代の學問の危機があるのではないだらう
か。本島では大東亞戰の認識がまだ最末端まで徹底してゐない所がある。さう言ふ人達に
対する啓蒙は私としては本島人に対する義務教育が一番有効に働くものではないかと思ひ
義務教育の施行された事は尊い有難いことだと思つてゐる。結局教育と徴兵制が本島人が
日本人として生まれ變つて行く大きな要件ではないかと思ふ。


【写真4】台北高校卒業間近の一葉。同級生たちと学内にて。前列右側が李登輝元総統。

【写真5】1943年(昭和18年)、李登輝元総統が台北高校を卒業して間もない頃、京都帝
     大へ進学する直前に撮影された家族の集合写真。後列右が李登輝元総統、左が
     兄の李登欽さん。前列右から父の李金龍さん、祖父の李財生さん、母の江錦さ
     ん、兄嫁の奈津恵さんと兄の子供たち。撮影場所は生まれ故郷の三芝にある智
     成廟。
     (台北高校時代および家族の集合写真はいずれも国史館発行『李登輝総統写真
     資料集』から)


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