李登輝不屈の国家戦略「誠實自然」  渡辺 利夫(拓殖大学顧問)

【産経新聞「正論」:2023年9月28日】https://www.sankei.com/article/20230928-B4B66ZJQNZJJ7OQMDSSIJFIOWI/

 拙宅の居間には額に入った1枚の複製の書がかけられている。「誠實自然 李登輝」とあって、色具合のいい落款が押されている。精神の“あるがまま”がたおやかに描かれていて心和(なご)む。1978年に台北市長になった頃から李氏は依頼されれば必ずのように「誠實自然」を揮毫(きごう)したという。時の総統の蒋経国に抜擢(ばってき)され、いよいよ台湾政治の前線に立った頃のことである。みずからを鼓舞し人の心を高揚させるような書だと思いきや、実はその逆であった。

◆林建良氏の著作を読み

 李氏は日本統治下の台湾に生まれ、22歳までの人格形成期を日本のエリート教育の中で過ごしてきた。国民党一党独裁下の過酷な台湾の政治体制を変革するには、国民党という当時の絶対的な権力集団の懐の中に飛び入り内側から民主化をめざすより他なしとみて、蒋氏による抜擢に応じたのである。かくして李氏は日本統治時代の台湾とはまるで異なる陰湿で激情的な「中国式宮廷政治」の中に身をおくことになった。そして自分の青春時代を包み込んでいた日本文化の「誠實自然」に改めて深く思いをいたしたのであろう。

 畏友・林建良氏がこの度『李登輝の箴言(しんげん)─未来の日本人へ 不屈の台湾国家戦略を支えたもの』(ダイレクト出版)を上梓(じょうし)した。林氏にこそ李氏という人間の真実を書き残してほしいと私はかねて考えてきたのだが、願いがついに叶(かな)えられた。林氏は2001年から10年余にわたり李氏のスピーチライターを務め、時に私的なアドバイザー役ともなった。林氏は李氏の精神の内面に深く切り込む筆力にも恵まれている。

 林氏によれば台湾の政治的民主化の幕が切って落とされたのは、李氏の「誠實自然」によってであったという。1988年に蒋経国総統が急死、副総統の李氏が憲法規定により総統となった。蒋氏の残任期間を務め上げた後、なお総統をつづけるためにはみずからが総統選に立候補するしかない。しかし、当時の台湾の総統選挙は国民大会代表による間接選挙であった。

◆困難な仕事こそ誠實に

 国民大会代表というのは、47年に大陸で選出され、その後は一度も改選されることなく議員として居座りつづけた「万年議員」のことである。中華民国が全中国を代表するという虚構を前提にしての議員である。台湾住民の意思は何一つ反映されることはなかった。

 中華民国の統治権は、その範囲の及ぶ台湾本土、澎湖諸島、金門島、馬祖島に限定、この地で民主化を実現するより他なしというのが李氏の秘めた思想であった。この思想の実現のためには万年議員の全員に辞表を請い、憲法を新たに改正するより他ない。国民党内における李氏の孤立は絶望的であったが、ここで氏は「一番困難な仕事こそ誠實に対処しなければいけない」というかねての信条にもとづき、誠實一徹をもって565人の万年議員の一人一人に台湾の生存のためにはこれしか道はないことをひたすら説きつづけて、全員の辞職がなった。誠實が政治的な力の源泉であることを事実によって証したのである。

 李登輝という人間のいかにも大きな度量がここに象徴されている。そしてこの度量は、権力それ自体に執着することなく、むしろ権力は民衆から一時的に預かったものに過ぎず、いずれは民衆に返還されなければならないものだという李氏のもう一つの信条から生まれたものだと林氏は指摘する。

◆日本の指導者はどう読むか

 実際、2000年3月の総統選では3人の候補者、国民党の連戦、国民党を離党して無所属で臨んだ宋楚瑜、民進党の陳水扁が接戦を展開、連戦に向かうはずの票が宋に流れて民進党が勝利するという画期が生まれた。ここで李氏は総統残任期間終了と同時に国民党主席も潔く辞し、台湾に新たな野党と民主化の時代を招き寄せたのである。

 権力というものをどう考えるか。強権をもって強権を追い求め一強体制の道をひたすら歩む隣国の指導者には到底理解できない李氏の転進であった。

 2000年に政界の首座を去るあたりから、李氏は求められれば新たに揮毫するようになった書がある。「我是不是我的我」である。解釈には若干の幅が残るであろうが、大略「私は私でない私」といった意味である。青年時代から李氏は「我執」からどうやって解脱するかを自問しつづけ西田幾多郎哲学に深く傾倒してきた。我執から解き放たれるには自己に執着するのではなく他者を許すことにより、自己中心的な自我を脱して他者に寄り添う心が生まれると考えたらしい。

 林氏はこういう。総統選挙を国民投票に変更し、すべての台湾人にみずからの権力を渡し、みずからの運命をすべての台湾人に委ねたという、台湾民主化のこの決定的な事実の中に林氏は「我是不是我的我」の精神をのぞきみている。林氏のこの著作が日本の指導者の胸を少しでも騒がすことになってほしいと密かに願っている。

(わたなべ としお)

──────────────────────────────────────※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


投稿日

カテゴリー:

投稿者: