力量─リーダーとしての決断力と現場主義」と題して特別寄稿されていた。
今年1月末、台湾で李前総統の「壹週刊」発言問題が惹起したとき、作家の井沢元彦氏
と「SAPIO」誌で対談した李氏は「日本の雑誌でも語ったことですが、私が考える
指導者の条件には5つあります。第一には、自分なりの信仰を持つこと。私はクリスチ
ャンだから、判断に迷った場合も最終的には『公義の精神』と『愛』という2つを原則
に決断をしてきました」(2007年2月28日発行「SAPIO」誌、本誌)と述べられてい
たが、この「日本の雑誌」とは「Voice」2007年2月号のことで、「指導者の条件─『総
統』として私が心掛けたこと」と題して寄稿されていた。
前号より3回にわたって紹介する「指導者の力量」はそれに続く指導者論だ。日本訪問
時の感想や安倍政権の問題点、政治家と官僚の関係、台湾が進むべき方向などについて、
具体的に述べられている。
なお、本文は著作権者および出版社の許諾を得て掲載をしていますので、他への転載
および送信を禁止します。 (編集部)
■PHP研究所「Voice」
http://www.php.co.jp/magazine/voice/
特別寄稿 指導者の力量─リーダーとしての決断力と現場主義(2)
李 登輝(前台湾総統)
■台湾が国連加盟を求める前に成すべきこと
一方で台湾の政治状況も、たいへん不安定な状態にある。二〇〇〇年の総統選挙で陳
水扁率いる民進党は政権を取ったものの、以後八年間で台湾の民主化はむしろ後退して
いる。政権を取ってから民進党は、汚職をはじめ自らの利益ばかり漁り回っている。ま
た国会では過半数を制しておらず、国民党と親民党の野党勢力が多数を占めていること
も、民主化を停滞させる一因になっている。
こうしたなか、来年行なわれる総統選挙は、台湾の命運を左右することになる。いま
台湾の選挙戦において力をもっているのは国民党である。来年の選挙で、外省人(大陸
出身者)である国民党の馬英九候補が当選すれば、台湾は中国大陸にのみ込まれ、非常
に危険な状態に入るだろう。
一方で、台湾人(本省人)を代表する民進党の謝長廷候補は、安全保障に関する専門
家が周囲に一人もいないなど、人材面で問題がある。
では台湾がどのようなシナリオをもってすれば、対立的な政治状況を脱し、一つの安
定的な政治状況をつくり出せるか。私は政界の再編成しかないと考える。この再編成と
は、謝候補が唱える「共生」の姿勢に重なってくる。両極端な二つの立場には向かわせ
ず、中間路線を強調する。大陸中国との関係をどうするかは考えず、まず台湾国内の安
定を考える。いまや国民党の大部分は台湾人である。彼らを自らの陣営に引っ張り込め
ば、十分可能な案である。
一方、現在の陳政権は、このような考え方とは逆のことを行なっている。台湾の国連
加盟を求める国民投票を行なおうとしているが、これは時期尚早だろう。いまの台湾に
は、残念ながら国連に入る資格はない。台湾ではよく、「台湾は実質的に一つの国家で
あり、独立した主権をもつ国家である」という言葉が使われる。だがこの「国家」に法
的な裏付けはない。
一九五二年に締結されたサンフランシスコ講和条約には、日本が台湾をどこに返還す
るのかについて明確な記述がない。そのため台湾の主権に対する考え方は現在も不明瞭
で、この不明瞭さによって、世界における台湾の地位は曖昧になっている。
しかも現憲法は中華民国時代につくられたもので、台湾自身の憲法は存在しない。中
華民国という国号についても、いまもって使用している。まずは、これらの問題を真剣
に検討するところから始める必要がある。
台湾にとってもっとも大切なのは、台湾人としてのアイデンティティの確立である。
国家の盛衰を決めるうえで「強力なリーダーがいること」「明確な国家目標をもってい
ること」「アイデンティティが確立され、団結していること」の三要素は、非常に重要
である。
ヨーロッパでもいろいろな国が取ったり取られたりしているが、そのなかでもっとも
重要なのは、その国の住民が「この国は自分たちの国である」というアイデンティティ
をもつことであった。
台湾の場合、「どこの人間か」と聞かれ、「私は台湾人です」と答える人は六〇パー
セントしかいない。まずはこの状態を変える必要がある。
台湾を独立した主権ある国家として、世界に認めてもらう。そのためには国土を繁栄
させると同時に、民主化を進める。台湾人を主体とするアイデンティティをも養う。そ
うして着実に一歩ずつ歩を進めながら、最終的に国連加盟をめざすのが私のやり方であ
った。ところが陳政権は政権が誕生した二〇〇〇年以来この七年間、それらのことを何
一つやっていない。いきなり国連加盟を要請すれば、各国からの反発を招くだけである。
台湾の法的地位については、憲法を新たに制定せず、中華民国憲法を改正するという
手も考えられる。私は総統在任中、六回も憲法を修正した。かつて中華民国の憲法には、
領土の範囲について中国大陸とモンゴルは含むが、台湾は含まれないなど、中国向きに
書かれた条項があった。これを台湾の実情に合うように修正していったのだ。台湾の法
的地位も同様のやり方で制定するのが、賢明なのではなかろうか。
一方、国名の中華民国を台湾に変える問題については、憲法改正で行なうものではな
いと思っている。大事なのはまず人々の愛国心を促進し、民主化を進め、台湾人として
のアイデンティティを確立することである。その過程のなかで、進めるべきだろう。
台湾が「自由と民主」という新しい方向に歩いていかなければ、大陸中国の「輪廻の
芝居」のなかに永久に取り込まれてしまう。いま中国経済は伸びているが、何年かのち
に金融問題の深刻さがかなり高まり、バブルが破裂するだろう。発展と後退を繰り返す
皇帝の時代が、大陸中国の政治であった。あのような政治が繰り返されないためにも、
やはり民主化を進め、人民に自由を与えるという道を進めることが、大陸中国において
重要である。 (続く)