を厳しく制限して正確な情報を洩れないようにしたところで、それでも洩れてくるのが
現代だ。
産経新聞中国総局の福島香織記者のブログ「福島香織の北京特派員記者ブログ」がチ
ベット族の女性とのメールでの生のやり取りを伝えている。福島記者が伝えているよう
に、「彼女のもたらす情報がどれほど正確か、検証するすべはない。だが彼女とのチャ
ット文面からにじむ焦りと民族の悲哀に、私は当局発表より、真摯なものを感じる」の
は、このやり取りを読んだ人の大半の思いではないだろうか。
チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世は16日の会見で、チベット自治区への国
際調査団の派遣を求めていたが、中国外務省は今回の弾圧を「内政問題」と位置付け、
国際調査団の受け入れを拒否した。臭いものに蓋をしたのである。時刻に都合が悪くな
ると「内政問題」とする、いつもの手である。
中国国民党の馬英九候補は昨日の英語による内外記者会見で「台湾はチベットではな
い。中国に統治されたこともない」などと述べ、事件と台湾総統選は無関係との考えを
強調したというが、和平協定を結んだチベットが中国に侵略された歴史を直視させまい
とする発言だ。
福島記者が現地女性とのやり取りに感じた「民族の悲哀」は、「台湾人に生れた悲哀」
を知る民進党の謝長廷候補が「チベットの今日は、未来の台湾だ」と力説したことと底
通していると感じたのは編集子だけではあるまい。
いささか長いブログだが、今回のチベットの「暴動」がどのようにして始まったかを
忘れないためにも、福島記者のブログ全文を紹介したい。 (編集部)
情報統制を超えて漏れ聞こえるラサの悲鳴をきけ! 福島 香織
【3月17日 福島香織の北京特派員記者ブログ】
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080317/chn0803171122007-n1.htm
■国内はヨウツベも、BBCもアクセス禁止。ラサの電話は故障を装い、メールは届かな
い。一方で、中国CCTVは、抜き身の刀をさげた凶暴そうなチベット族の暴徒の姿をうつ
し、チベット族の無法を強調している。中国のネット世論は「チベット独立派を殲滅せ
よ!」「不要軟手(手加減などいらない!)」と雄叫びをあげ、鎮圧部隊は正義の味方
扱いだ。見事な情報統制と世論誘導!さすが。
■しかも、これだけの無法行為がありながらも、国際社会では北京五輪ボイコット要求
拒否が主流。さすが!中国の外交力、そしてパブリック・ディプロマシー力。日本も爪
の垢でも煎じてのませてもらおう。
■今回、中国はCCTVなどで、現地の暴動の映像を流したが、中国的にはこれが成功だっ
た。隠蔽しなかった分、情報公開の透明性は前よりまし、と国際社会に思わせ、海外メ
ディアも、この同じ映像使い、公式発表を中心に報道した。赤い衣のラマ僧が商店を破
壊したり、チベット族の若者が中国国旗・五星紅旗を燃やしたりしている映像。それだ
けで、テレビを見ている一般の人々は、中国もこんな凶暴なやつら抑えるには、多少の
暴力もしかたなかったんじゃないか、と思いかねない。実際、日本の知人とさきほど、
電話で話したら、そういう意見だった。
■しかし、この暴動が起きたきっかけは何だったのか?そこを忘れてはならないと思う。
この暴動事件を「一部血の気の多いチベット族大騒ぎ」で納得してもらっては、彼らが
あまりにあわれだ。暴動は一刻も早く収まってほしいが、今回の件では中国当局に非が
あることは、きっちり日本もふくめ国際社会として認識を一致させてほしい、と切に願
う。
■16日夕、14日夜にチャットした友人と再びつながった。検閲ワードをさけながら、書
いては速攻で削除しながらの、あわただしいチャットで、情報量は多くない。チベット
自治区にネット・ユーザーは32万人しかいない。中国全土では2億1000万人もいるのに。
しかもその32万人の多くは漢族だろう。チベット族でネットを自由に扱える人間は、限
定されていて、監視を受けやすい。そういう危険を承知の上で、グレート・ファイヤー
・ウォールをかいくぐって私に何かを伝えようとしてくる彼女。もちろん、彼女のもた
らす情報がどれほど正確か、検証するすべはない。だが彼女とのチャット文面からにじ
む焦りと民族の悲哀に、私は当局発表より、真摯なものを感じるのだが、みなさんはど
うだろうか。
■彼女、ラインオン。
彼女「ハロー、ここは悪くなっている」
福島「ハロー?元気?」
彼女「今、入ったばかりの情報だけど、シガツェで抗議行動(衝突?)が起きている。」
「ナクチェ県でも」
福島「どのくらい大きい?」
彼女「大きいわ、人数は調べているところ。僧侶はまだ含まれていない。」
福島「ラサはOK?」
彼女「外出禁止令が出ている。外に出ると撃たれるわ。街は軍だらけよ」「ラサは静か。
でも郊外で抗議行動(衝突)は起きている。(ずらずらと地名がでてくる、五カ
所くらい。あっという間に削除でメモれなかった!)」
福島「電気、水道、電話、食料、みな大丈夫?」
彼女「大丈夫よ、私の家にはザンパ(干菓子みたいなチベットの保存食)がたっぷりあ
るから!」
「でもバルコエリアの方は食料が大変みたい。長引くと飢える家がでてくる」
福島「家族は大丈夫?」
彼女「もちろんよ!」
福島「(暴動は)どんな風にはじまったの?」
彼女「14日、午前11時30分ごろ、ジョカン寺の近くにあるラムチ寺で僧侶がハンガース
トライキをはじめた。これを軍(武装警察だろう)が阻止しようと、殴るけるな
どの暴行のあげく発砲した。7、8人が死んだ。逮捕者もでた。これをきっかけ
に市民に怒りが広がり、暴力的な大規模デモが起きた。他の僧院も抗議のハンス
トに入った」
福島「ラムチ寺の僧侶は何人?」
彼女「70〜80人」(寺院の1割の僧侶が虐殺されたわけだ)
彼女「市民デモは北京中路あたりで軍と衝突。軍は発砲を繰り返し、銃創や圧死(おそ
らく軍用車両で)で、このエリアだけで死者は70〜80人は出ている。」
福島「市全体では何人くらい(の死者)?」
彼女「正確には分からないけれど100人以上。110から120人の間だと思う。(亡命政府
の発表は80人の遺体が確認された、少女も含む。これから増える可能性も)」
福島「市民が多いの、僧侶が多いの?」
彼女「僧侶より市民が多い、若いチベット族が犠牲になった」
福島「政府は漢族の商人が犠牲になったようなことをいっていたけれど」
彼女「漢族の死者はない。回族が5人死んだ。」「チベット族は怒りにかられて回族の
ショップを襲った。それで回族が怒りチベット族を5人殺した。それでチベット
族が怒り回族を5人殺した」「漢族が犠牲になったというのは、政府のウソよ」
福島「僧侶が破戒行動に参加したというのは本当?」
彼女「それは本当。回族の店に火をつけた」
福島「僧侶は何を望んでいるの? 独立?」
彼女「それだけではないわ。僧侶たちは政府に、漢族・回族移民政策をストップするよ
うに要求していた」「政府は300万人の漢族・回族をラサに移民させようとして
いる。僧侶たちは自分たちの子供たちをまもろうと、この政策に反対を申し立て
ていた。今でもチベットの大学新卒者は就職難で、チベット族の失業者は多い。
そんなに大量の漢族、回族がくれば、チベットの子供たちは生きていけない」
福島「最初のデモは10日?」
彼女「10日、デプン寺で起きたデモ行進は軍(武装警察)に制圧された。このとき発砲
もあったし、死者や車でひかれた者もでた。人数は分からないけれど。逮捕者も
相当でた」。
ここで、ラインオフ。
■ここに書いた以外にも、いろいろ書き込まれたのだが、地名や寺の名前は、速攻で削
除されるので、あやふやなもの、読み取れないものもあった。今回の暴動の最初のきっ
かけは、軍による僧侶への発砲、暴力であった、というのが彼女の主張。しかも、僧侶
らの要求は、独立という大層なものではなく、地域の移民政策への反対だった、という。
当局のいうところの「ダライ・ラマ14世策動による独立分裂活動」のようなものではな
かったという。
■この300万移民政策なるものが、本当にあるのかどうかは、確認できていない。しか
し新疆ウイグル自治区ウルムチは、まさに大量の漢族移民によって、人口200万人あま
りのうち75%が漢族という漢族支配の都市になった。もはやウルムチには、ウイグル族
文化のかおりはほとんどのこっていない。中国では、少数民族地域への漢族移民、同化
政策というのは、これまでもやってきた手段だ。全自治区人口280万人、ラサ人口44万
人のところへ300万人、というのは多すぎる気もするが、最高の観光資源と地下資源、
インド・ネパールに隣接する軍事的要衝でもあり、そのぐらいのことやらかしたとして
不思議はない。
■ましてや、今は青藏鉄道が敷設され、大量の人、物資の輸送が可能になった。チベッ
ト族たちは、すでにラサに氾濫する漢族文化、漢族経済に不安を覚えている。それは昨
年夏、中国外交部主催のプレスツアーにいったとき、ひしひしと感じた。
■ちなみに、ムスリムである回族は、少数民族ながら、普通語に堪能な人が多く、漢族
とビジネスができる人は多い。しかもチベット族と仲がわるい。一方、チベット族は、
普通語の会話・読み書きが苦手、というより過去の迫害の記憶から漢語を蛇蝎のごとく
嫌っている人が多い。
■そこで、漢族が青藏鉄道とともにもたらした漢族市場経済(特色ある社会主義市場コ
ネ経済)にすでに、チベット族はあぶれている状況がある。チベット族は貧しい人が多
く、このままラサやチベットに漢族が増えたら、我々の文化、伝統、くらしは完全に破
壊される、そういう危機感は強い。
■当局側が撮影したと思われる暴動映像をみれば、暴行を働いているのは、若いチベッ
ト族の若者だ。みなりはボロをまとい、ひょっとして失業中かもしれない。たとえ仕事
をしていても、賃金は数倍の差がある。昨年7月のプレスツアーで、ラサの経済開発地
域の取材をしたさい、建設現場で同じ仕事をしている漢族の出稼ぎ農民と、チベット族
地元民の賃金は、かたや1日40元、かたや1日8元だった。
■もちろん、自由アジア放送が伝えたように、投獄中の僧侶の釈放要求とか、いろいろ
な不満がつもりつもっていたのだろう。昨年末で、政治犯として投獄されたチベット族
は僧侶を中心に119人。活仏の当局による管理・許可制導入など、チベットの伝統・宗
教文化を完全になめくさった政策を強引に導入するなど、外国人にはどうしてそこまで
締め付けねばならないのか、踏みにじらねばならないのか、理解に苦しむほど、チベッ
ト族への圧政がある。たとえ、ダライ・ラマ14世の存在感、影響力が共産党中国の想像
を絶するほど大きく、中国指導者が過剰におびえているとしても、あまりにひどすぎる。
■こういう状況でおきた僧侶のデモだが、300人レベルの坊さんのデモを武装警察を突
入させて制圧する必要がほんとうにあったのだろうか。300人レベルの抗議活動なら、
香港では毎日起きている、とはいわないが、比較的頻繁に起きている。ダライ・ラマ14
世が求める高度の自治とは、この香港レベルのなんちゃって自治・一国二制度にすぎな
いのである。一国二制度くらいいいじゃないか、と私などは思うが。
■暴動の原因が何なのか、どういう経緯でかくも悲惨な大暴動に広がったのか、今は断
片的な情報の寄せ集めで見えない部分が多い。中国側公式発表をうのみにして、それを
既成事実としてしまうのは、毒ギョーザ事件の真相を中国公式発表どおりの見解で処理
するのと同じだろう。
■ダライ・ラマ14世は、この暴動について、国際的な独立した調査団派遣を望んでいる。
ぜひ、日本もこの意見を支持してほしい。暴動は今や飛び火、拡大している。今、ここ
で国際社会に見捨てられると、沸点の低いチベット族は、それこそ玉砕覚悟で蜂起する
かもしれない。
■毛沢東が行った対チベット政策がいかに苛烈にして陰惨であったかは、わざわざ私が
言うまでもないが、その記憶を受け継いでいる若いチベット族は今でも大勢いる。一見、
漢族にとけ込んで暮らしている普通のチベット族の若者も、ふと酔った瞬間、もし状況
がこのままならば、殺された祖先の数だけ漢族を叩き切って自分も死ぬのだ、といまだ
にうわごとを言う人もいるのだよ。その深い恨みと悲しみを本当に癒すのは、金でもな
く、女でもなく、ダライ・ラマ14世の帰還と宗教の自由というあたり、チベット族のメ
ンタリティは、中国人にも日本人にもなかなか理解できないのだが、それは尊重せねば
多民族国家は成立しえない。
■あす(というか今日)17日は、ダライ・ラマ14世インド脱出の記念日。多くのチベッ
ト族・僧侶の心がざわざわする日だ。どうか、恐ろしいことがおきませんように。血が
ながれませんように。私まで心がざわざわする。ひとつ間違えば、本当に北京五輪どこ
ろではなくなるかもしれない。 <2008/03/17 04:19>