安倍首相の対中抑止外交
伊藤 哲夫
先日の温家宝首相の来日について、安倍首相は彼の「微笑外交」にしてやられてしま
ったのではないか、といった危惧の念が語られている。果たしてそうなのだろうか。マ
スコミの一面的な報道に惑わされることなく、もっと広い視野から、トータルに問題を
眺めてみることが必要なのではないか。
現在の中国にとって、今どうしてもやってほしくないのは、日米が一体となって「対
中抑止」の体制を築くことであろう。ということは、安倍首相が「してやられた」かど
うかは、まずこちら側からのこの仕掛けがどうなったかがポイントであり、温首相が日
本のあちこちで何をしたかではない筈だと思われるのである。
それでは、この点で日本はどうだったか。安倍首相は新年早々欧州各国を歴訪、自由
・民主主義を基調にした戦略的関係の強化と、対中武器禁輸の解除反対を訴えた。一方、
豪州とは「日豪安保宣言」を締結し、更にその安保関係の輪をインドにも広げることを
広言している。また、麻生外相は「自由と繁栄の弧」という「対中包囲網」を推進して
もいる。そして、先日の日米首脳会談では、台湾有事も当然念頭におく集団的自衛権に
関する政府見解の見直しに安倍首相はあえて言及し、同盟関係の更なる深化が語り合わ
れた。
つまり、ここでいいたいのは、そうした一連の構図の中で、今回の温首相訪日を捉え
るべきだということだ。個々のやりとりも重要だが、その裏でこちらが繰り出す攻め手
にも眼を向けなければ真相は見えないからだ。
と同時に、「台湾独立を支持しない」との首相発言についても触れておきたい。これ
は日本政府の従来からの姿勢であり、最善ではないにしても、落胆の対象でもないこと
を指摘したい。ブッシュ大統領はむしろ「独立反対」を言明しており、日本はそうでは
ないことが逆に指摘されても良いからだ。中国は安倍首相にもそう言わせたかったのだ
ろうが、そこは賢明に押し返したのが真相だと理解したい。
ただ、国民が首相に期待するのはその程度の対応ではない。首相にはさらなる進一歩
も求められよう。
(本会常務理事・日本政策研究センター所長)