日本政策研究センターの所長をつとめる本会常務理事の伊藤哲夫氏は、月刊誌
『明日への選択』を発行する一方で、憲法問題にも造詣が深い。『憲法かく論ず
べし−国のかたち憲法の思想』(高木書房)や『憲法はかくして作られた−これ
が制憲史の真実だ』(日本政策研究センター)などの著書がある。
また、その高い見識は、平成14年5月23日に開かれた憲法調査会の「基本的人権
の保障に関する調査小委員会」に、参考人として意見を求められて出席している
ことからもお分かりいただけるかと思う。(その詳細は下記のアドレスへ)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/154/0107/15405230107004c.html
その伊藤哲夫氏に、本会の機関誌『日台共栄』第2号(平成16年8月号)の新コ
ーナー「台湾と私」への寄稿をお願いしたところ、「台湾の制憲運動」と題して、
伊藤氏ならではのご指摘をいただいた。下記にその全文を紹介するが、憲法を通
して見ると、日本と台湾は「外来政権下における国家基本法の制定」という共通
体験を持っていることがよく分かる。
それは、伊藤氏が、来る11月28日、29日、李登輝前総統が台湾で開く「制憲シ
ンポ」のパネリストの一人として招かれており、また、やはり憲法問題に造詣が
深い小田村四郎会長と宗像隆幸理事(アジア安保フォーラム幹事)のお二人が招
かれていることからも、その共通課題の克服のあり方が示されている。
因みに、月刊誌『明日への選択』9月号では、黄昭堂氏(台湾総統府国策顧問、
台湾独立建国連盟主席)が「台湾『制憲運動』はかく前進する」と題したインタ
ビューを掲載している。
日本政策研究センターのホームページでは、その内容の一部を「中華民国憲法
は百七十数箇条あるのだけれども、そのうちの百条以上が台湾の現状にマッチし
ていない。これを改めるには憲法改正では到底できない。何よりも大事なことは、
今現に台湾に生きている二千三百万の人たちの総意を集めた憲法でなければなら
ない」と紹介している。
http://seisaku-center.net/(日本政策研究センターのホームページ)
台湾の憲法制定運動はまだ日本にはなじみの薄い問題かもしれないが、日本と
台湾の共通する課題は、憲法問題にもあることをご理解いただければ幸いである。
(編集部)
台湾と私(2) 台湾の制憲運動
日本李登輝友の会常務理事・日本政策研究センター所長 伊藤哲夫
私が初めて台湾を訪れたのは、今から三十年ほど前のことであった。「反共国
家・中華民国の視察」と銘打つ十数名の青年訪問団の一員だった。訪問先は台北
だったが、当時はまだ戒厳令が布かれており、街のあちこちには歩哨が立ってい
たし、至る所に「光復大陸」などというスローガンが掲げられていたのを思い出
す。そんななかで、いかに蒋介石総統が偉大で、真剣に反共に取り組んできたか、
という話を行く先々で聞かされた。
むろん、台湾独立は当時全くの禁句であったし、二・二八事件などという言葉
も聞くこともなかった。独立派は危険な共産分子だという話を何かのついでに聞
かされたような記憶さえある。当時の共産中国の現実については興味深い分析を
沢山聞いたが、一方当の中華民国がやはり一党独裁国家であるという現実の方に
は、それほど問題意識を抱くこともなかった。今となればただ恥ずかしいだけの
話なのだが、単に政権関係者の話を鵜呑みにするばかりで、台湾の人々の実態に
関わる話なぞ、全く知ろうともしなかったのだ。
その後、そんな自分に台湾の真実を見る視角、とりわけそれを「中華民国体制」
という視角をもって見るべきことを教えてくれたのが、当時『台湾青年』の編集
長をされていた宗像隆幸氏だった。それは外来政権によって台湾住民に課せられ
た軛であり、台湾独立とは、まさにこの「中華民国体制」からの独立に他ならな
い――と、その時初めて知らされたのだ。「反共」はそうした体制の本質を隠す
ための覆いに他ならなかった、とも聞かされた。眼からウロコとはそのことで、
自分が台湾という国の真実について永年全く何も知らなかったことに、この時初
めて気づかされた。今から十数年前のことである。
それからは色々な読み物を読み、また台湾で始まった民主化の過程を実際に見、
私の台湾認識は進むことになった。しかし、繰り返すようだが、それは何も知ら
ないということがいかに恐ろしいことであり、また罪なことでもあるか、という
ことを私につくづく思い知らしめる苦く痛切な体験でもあった。それまでの私に
とって、台湾独立派の方々の多年にわたる命懸けの苦労も、またこの体制下での
親日派の方々の戦後のいい知れぬ苦難の人生も、まさに全く存在しないにも等し
い話であったからである。
ところで、その台湾で「新憲法制定」を求める「台湾制憲運動」がいま始まろ
うとしているという。リーダーはいうまでもなく李登輝前総統であり、中国人が
作って台湾人に押し付けた現行の「中華民国憲法」をやめ、台湾人の手になる自
前の憲法を作ろうというのである。まさにこの「中華民国憲法」こそが先に指摘
した「中華民国体制」の象徴(といっても、この憲法すら永年停止されていたの
だが……)だと考えれば、そうした中国人支配の過去を完全清算するものこそ、
この新憲法制定ということになるのだろう。
こんなニュースを眼にしつつ、私はわが戦後日本国家の現実を規定している「
占領憲法体制」のことも併せて考えざるを得なかった。台湾人から台湾人のアイ
デンティティーを奪っている「中華民国体制」が打破されるべきであるとするな
らば、実はわが「占領憲法体制」も同じく打破されるべき桎梏である筈だからだ。
日本人でありながら、この「占領憲法体制」の問題性が未だに見えない人がいる
が、実はかつての台湾に対する私と同様、それを見ないだけという話でもあろう。
これが見えれば、彼らが決然と新たな台湾の国づくりに向かうのと同じように、
この人々も自らの進むべき真の道に気づく筈なのだ。
中華民国から台湾へ−李登輝前総統を先頭にした「台湾制憲運動」の出発に満
腔の敬意を表しつつ、一方、わが日本の変らぬ現状を思わざるを得ない今日この
頃である。