本誌が台湾でチョコレートの原料となるカカオが栽培されていることを初めて伝えたのは、6年前の2017年4月15日号。それから6年、産地の屏東では作付け面積も10年前の30倍の300ヘクタール以上となり、収穫量も約400トンまで増えたそうです。
行政院農業部は2016年から屏東県でカカオ産業発展の支援計画を始動させ、マグロの水揚げでも知られる屏東県東港にある福湾チョコレートは、2018年に強豪の南米勢をおさえてICA(インターナショナル・チョコレート・アワード)で金賞を受賞するなど国際的な賞を受賞するほどになっています。
高品質の台湾産カカオはクリオロ種という希少価値が高く、世界で3〜5%しか生産されていない最高品質のカカオ豆も取れるという。そのカカオ豆を使ったチョコレートの品質は高く評価されているものの、難点は価格。板チョコ1枚が280〜650台湾元(1,300円〜3,000円)もする。
農業部は、国際的なコンテストで台湾産チョコレートの知名度を上げ、高級路線として売り出していく方針を打ち出し、カカオ農家をバックアップしてきた。競争力のある商品づくりもようやく軌道に乗り始めたという。
NHKがこの台湾産カカオを使ったチョコレートについてのレポートを掲載していました。下記に紹介します。
—————————————————————————————–台湾産カカオのチョコレート 躍進の秘密は?【NHK:2023年8月25日】https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230825/k10014173711000.html
台湾のスイーツと言えば、暑い季節はマンゴーたっぷりのかき氷や冷たいタピオカ入りミルクティーなどを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
こうした定番に加えて、最近、台湾産カカオで作ったチョコレートが知られるようになっています。
カカオの生産地と言えばアフリカや中南米のイメージですが、実際に台湾を訪れてみると、生産者と行政が一体となってカカオ産業を盛り上げようという機運がみなぎっていました。
◆台湾の“カカオの父”?
私が台湾のカカオ生産地の中心、南部の屏東県を訪れたのは8月上旬のことでした。
車で移動していると、背の高いヤシ科の植物が生い茂る景色が続くようになり、街の雰囲気は熱帯の地域そのものです。
地元でいち早くカカオ栽培を始めた人がいると聞き、会いに行ったのが農家の邱銘松さん(70)です。
邱さんは約20年前からカカオを植え始め、周りの農家にも苗を提供するなど栽培の広がりを支えたとして、地元では「カカオの父」とも呼ばれています。
現在ではほかの農家に契約して栽培してもらっている畑も含めて27ヘクタールの農地で、年間約80トンのカカオを生産しています。
案内してもらった広大な農園では、高さ数メートルのカカオの木にラグビーボールのような実がいくつもぶら下がっていました。
実をねじってみると、思いのほか簡単に収穫ができます。
熟したカカオの実は500グラムほど、重いものだと1キログラムほどあり、厚く堅い皮を割ると、中には真っ白な果肉に包まれたカカオ豆がぎっしり詰まっています。
「ぜひ食べてみてください」と促されて、果肉を食べるとライチやマンゴスチンのような爽やかな味がして、カカオが熱帯のフルーツであることを実感できました。
1つの実には20個から50個ほどのカカオ豆が入っていますが、果肉ではなく、中にある種子を噛んでみると強烈な渋みがありました。
◆風味を引き出す大事な発酵作業
この渋みのある種子をチョコレートにするには、さまざまな工程があります。
一般的には、収穫→発酵→乾燥という作業を経て、ようやく茶色いカカオ豆になります。
特に発酵はチョコの酸味などを出すのに大切な作業だということで、その様子を見せてもらいました。
果肉に包まれたカカオ豆は木製の桶に入れられていて、この桶にふたをして5日ほど太陽の日があたる場所に置いておき、たびたび手でかき混ぜるということです。
中を嗅いでみると、発酵が進んでいるため、酸っぱい香りが漂っていました。
邱さんは「発酵させない場合、採取したカカオ豆の風味は同じままで、渋みなどの味わいも残ってしまう。少しずつ酸味が出始めると、発酵が始まっていることを示し、風味が濃厚になる」と作業の重要性を強調していました。
◆なぜ台湾でカカオ?
実は台湾のカカオ栽培の歴史は、日本の統治時代に遡ります。
日本チョコレート・カカオ協会が発行した「日本チョコレート工業史」によりますと、1937年、国内のチョコレート需要の高まりを背景に、森永製菓が屏東の農地でカカオの苗木の植え付けに着手したとされています。
東南アジアから苗木が広く取り寄せられ、台湾東部でも生産が計画されたということですが、戦争が激しくなるなかで、栽培は中断されたと言います。
それから時間が経ち、再び栽培が始まったのは2000年代初頭です。
栽培が広まった背景の1つが、カカオの木の特性です。
カカオの木は強い日光や風を嫌います。
台湾南部ではもともとビンロウと呼ばれる高さ10数メートルにもなるヤシ科の植物が栽培されていて、背の高いビンロウの陰に植える作物としてカカオは適していたのです。
また、気候も大きく関係しています。
カカオの木は「カカオベルト」と呼ばれる高温多湿の地域でしか育たないとされています。
台湾南部の過去数年間の気象データを調べてみると、カカオ生産地は、平均気温が25度程度で、年間降水量は平均で2000ミリ以上でした。
気温が高めで変動の幅も少なく、雨も比較的多い気候はカカオ栽培に適しているというわけです。
◆台湾のチョコ作りは“ツリー・トゥー・バー”
台湾では、多くの農園が栽培したカカオでチョコレート作りまで手がけています。
こうした製造工程は「ツリー・トゥ・バー(Tree To Bar)」と呼ばれています。
カカオの生産量の多いアフリカなどの地域では、主に栽培から乾燥までが行われていて、チョコレートは欧米など輸出先で作られます。
一方、台湾では多くの農園が、カカオの木(Tree)の栽培から、板チョコ(Bar)などを作る工程を一貫して行っています。
邱さんの農園では、息子さんがチョコレート作りを担当しています。
カカオ豆をすりつぶして湯煎すると、油脂成分が溶け出し、ドロドロの状態になります。
これを25度程度にまでゆっくり冷やしたあと、型に流し込みます。
発酵させたカカオ豆は天日干しで乾燥させ、チョコレートの製造の前に焙煎しますが、生産者だからこそ、豆の保存や管理を徹底でき、乾燥の度合いなども見極めた上でチョコレートの製造ができる点がメリットだといいます。
農園で製造している板チョコは、カカオの風味をそのまま味わってもらいたいと、カカオ100%か、砂糖を加えたものだけです。
味わってみると、コクがあって濃厚なのに苦みが少なく、フルーツのようなほのかな酸味も感じられました。
現在、カカオ栽培を行う農家は100軒以上、台湾のチョコレートブランドは40を超えると言われています。
◆邱氏コーヒーチョコレート 邱銘松さん
「台湾では自分たちでカカオを収穫し、発酵まで完了させて、直接チョコレートを作ることができる。産地ごとに風味や口当たりの違いも出ます。そして、新鮮さが最も大きな魅力です。世界中の人々にぜひ台湾のチョコレートを味わってもらい、私たちのチョコレートを世界中に届けたい」
◆台湾のカカオ産業 行政も後押し
こうした広がりをバックアップしているのが行政です。
台湾で農業などを管轄する農業部や屏東県が2016年以降、カカオ産業の支援を本格化。
肥料の専門家などを呼んで農家に栽培の技術を高めてもらったり、パティシエからチョコ作りを教わることができるワークショップを開いたりしています。
また、行政側はカカオの生育状況の管理も行っています。
台湾でのカカオ栽培の課題の1つは、台風の強い風雨で被害が出る可能性があることで、私が取材をした時はちょうど台風が接近した後で、農業部の職員が若手農家の農園を訪ねてカカオの実の様子などを視察していました。
こうしたことに加えて、農家側はカカオの加工やチョコレートの製造設備の導入にも補助を受けているということです。
◆若手カカオ農家 ※邱●宇さん
「チョコレートの製造方法を学ぶだけでなく、設備の改善なども農業部の支援で行われています。農業部や屏東県は私たちをサポートしてくれており、製造や販売においても支援を受けています。産業全体として栽培面積を増やし、チョコレートを国際市場に展開したいと考えていて、それが私たちの究極の目標です」(●=「叡」の左側の字にさんずい)
生産されたカカオが、付加価値の高いチョコレートとして消費されるという好循環を生み出す───。
こうした官民一体の取り組みが功を奏して、屏東県ではカカオの栽培面積は約10年前と比べて30倍の300ヘクタール以上に、収穫量も約400トンまで増えていると言います。
さらに、近年では、台湾のチョコレートブランドの商品が、国際的なチョコレートの品評会で、金賞を獲得しています。
行政としては、持続可能な産業とするためにも品質の高いカカオとチョコレートを作り出したいとしています。
◆農業部台南分署 祝瑞敏 副分署長
「台湾の優れた技術や品質、異なる風味に注力することで、カカオ産業をブランドとして差別化したいと考えている。ワイナリー、高級なお茶やコーヒーのようにカカオを位置づけ、低価格路線ではなく、台湾のカカオを愛する人々に適切で妥当な価格で製品を購入してもらいたい。それにより、農家の人たちの収入を確保することができ、彼らは継続して産業に取り組むことができる」
◆台湾産カカオ 日本での広がりは?
こうした台湾産のカカオ、日本でも注目されています。
都内で2020年から台湾のコーヒーやスイーツなどを提供するカフェレストランを経営する小山立さんは、台湾から輸入したカカオ豆の卸売りも手がけています。
カカオ豆の仕入れから焙煎、板チョコなどの製品に仕上げるまで行う「ビーン・トゥ・バー」と呼ばれるチョコレート作りを行う菓子店が国内でも広がり、これまで約10軒の店で台湾産カカオを扱ってもらったということです。
小山さんは、台湾産カカオが注目された背景に、産地ごとに異なるカカオの風味を味わいたいという消費者が増えていることがあるとみています。
◆台湾カフェレストランMEILI 小山立さん
「日本に地理的に近い台湾でカカオが採れることはあまり知られていないため、驚きがあると思う。自分の店でも台湾産カカオを使ったチョコを一度食べて「おいしい」と思って、また買いに来てくれる人もいる。さらに認知度が高まれば、国内でも扱ってくれるチョコレート店がさらに増えてくると思う」
台湾産カカオを使っている都内のチョコレート専門店も訪れてみました。
店のオーナーシェフ、松室和海さんは数年前に台湾産カカオの取り扱いを始めました。
ガーナやブラジルなど世界各地のカカオ豆を使って「ビーン・トゥ・バー」スタイルでチョコレートを作っていますが、台湾産の使用量も増えてきているといいます。
台湾は日本から近く農園にもたびたび足を運べるため、雑草を取り除くなど畑の管理の状況を確認できるほか、苗を植える作業の手伝いなどを通じて、農家と信頼関係を築くことができるといいます。
カカオの発酵や乾燥の微妙な調整もチョコの作り手の側から相談できることが大きなメリットだといいます。
◆マジドゥショコラ 松室和海さん
「台湾の農園は真摯に僕の話を聞いてくれて、品質の良いカカオも手に入る。台湾産カカオの味わいはフルーティーさがメインで、後味に華やかさがあり、ふわっと口の中で広がるような他にもなかなかないフレーバーがある」
◆ほぼゼロから産業を立ち上げ 今後に注目
カカオ豆の生産量は、アフリカのコートジボワールが世界で最も多く、年間222万トン余りとなっています(国際カカオ機関 2020年〜2021年推定)。
台湾の生産が300トン以上といっても、ごくわずかです。
しかし、約20年という短期間で、カカオを栽培する農園がチョコレート作りまで手がけるようになり、行政のバックアップ体制も思った以上に手厚いことに率直に驚きました。
台湾の人口は2300万余りと日本の約5分の1、島の面積も九州よりやや小さいほどですが、過去に栽培が行われていたとはいえ、ほぼゼロからカカオ産業を立ち上げ、競争力のある商品づくりを軌道に乗せました。
台湾産カカオが世界にどこまで広がるか、注目していきたいと思います。
山田 裕規(国際部記者)2006年入局。旭川局、広島局、経済部を経て現所属。
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