本会は2013年以来、日本の国内法として「日台交流基本法」を制定するよう政府や関係議員に働きかけてきている。
また、本会設立のときから取り組んできた、台湾出身者の国籍を「中国」と表記していた外登証問題では、2012年7月に発行された在留カードカードでは「国籍・地域」に改めることにより台湾出身者を「台湾」と表記できるようになり、外登証問題を解決に導いている。
最近は、米国でも、連邦議会議員からアルバニア決議に対して「中国は決議を使って台湾を国連や関係機関の参加から不当に排除しているが、決議は台湾の国連排除の理由には当たらない」という内容の声明が出るなど、国家としての台湾を見直す動きが徐々に顕著になりつつある。
本会にしても米国議員にしても、中国が一方的に主張する「『一つの中国』原則」は虚構であり、台湾は中国の一部ではないという認識に基づく。
このほど、一般社団法人国際歴史論戦研究所上席研究員で福井大学教授の河原昌一郎(かわはら・しょういちろう)氏から、「台湾準国家論─日本は率先して『中国は一つである』との虚構を打破せよ」という論考を寄せていただいた。
河原氏は「台湾は国家として正当に扱われることが必要であり、日本は地政学的にも率先してこの問題に取り組まねばならない」として、日本ができることとして5点を挙げている。その中の3番目に「台湾に関する特別法を制定して、台湾政府に国内法上の法的地位を与えること」が挙げられていて、本会が求めている「日台交流基本法」の制定と通底する。
台湾問題の解決に資する非常に優れた論考と拝察し、ここに全文をご紹介したい。
—————————————————————————————–台湾準国家論─日本は率先して「中国は一つである」との虚構を打破せよ─
一般社団法人国際歴史論戦研究所 上席研究員 河原昌一郎
◆はじめに
今年1月4日、台湾総統府で蔡英文総統と会見したラスムセンNATO前事務総長は「台湾が自由と民主主義の環境下で生存する権利を強く支持する」と表明した。このラスムセン氏の発言は、言うまでもなく、台湾が自由と民主主義を実践する実質的に独立した国家として今後とも存続することを支援するというものであり、台湾を自国領の一部だと主張して台湾の国家性を否定する中国の存在を意識したものである。
ところが、大多数の国家による現実の台湾に対する扱いはどうだろうか。あくまで台湾を中国の一部とみなして実質的にその国家性を否定する中国の主張を受け入れており、台湾は国際社会を構成する実質的な国家としての扱いがなされていない。
もし、現在の扱いのとおり台湾が中国の一部であるならば、中国の台湾に対する武力統合は中国内政の一環となり、国際社会は中国の台湾武力侵攻に介入する法的根拠を失う。国際社会の中台問題への軍事介入は台湾が実質的に国家であって初めて可能である。
中国の台湾への武力侵攻が目睫の間の問題とされている現在、たとえ台湾に対して正式な国家承認はしていなくとも、国際社会はこれまでの対応を改めて台湾を実質的な国家として扱い、中台関係の現状を直視し、「中国は一つ」または台湾が中国の一部であるとの虚構を打破しなければならない。
そうすることによって初めて軍事経済面を含めて各国による適切な台湾支援が可能となり、中国の台湾への武力侵攻を抑止し、台湾の自由と民主主義を守ることもできよう。
台湾有事は日本有事。地政学的に台湾の安全保障は日本の安全保障と直接的な関係がある。日本は率先して台湾を実質的な国家すなわち準国家と扱うことについての先導的役割を果たす必要があろう。
そこで、以下では、台湾の国家性を論ずるに当たって前提となる台湾の国家的性格を整理した上で、「中国は一つ」との虚構性を明らかにし、現在の厳しい安全保障環境の下で国際社会が台湾の国家性についてなすべきことと日本の責務について論じる。
1 台湾の国家的性格の変化
(1)アルバニア決議(中国代表権の喪失)
第二次世界大戦後の国共内戦で敗北し、それまで中華民国の首都としていた南京を支えきれなくなった蒋介石・国民党軍は1949年12月に台湾に移り、首都も台北に遷移した。ここから現実的に台湾を主たる統治区域とするいわゆる中華民国・台湾の歴史が始まるのであるが、台湾の国家的性格は、その後、2回の大きな変化を遂げている。
その第1回目の変化が1971年のアルバニア決議(第26回国連総会2758号決議)による国連での中国代表権の喪失である。
それまで、台湾は国連での中国代表権を有し、大陸を含めた全中国を代表する国家として認められていた。すなわちそれまでの台湾は、実際の統治地域は台湾地区だけであったものの、中国国家として国際的に扱われていた。そして、中国国家として国連に加盟し、国連安保理の常任理事国となり、国際的に高い地位を保持していたのである。ところが、台湾から中国代表権を取り上げ、中華人民共和国に中国代表権を認めるというアルバニア決議によってこれらの全てが失われた。同時に台湾は国連を自ら脱退した。加えて、1972年の米中和解、1979年の米中国交樹立に伴い、米国による台湾の国家承認が取り消され、台湾の権威と国際的地位は失墜した。
このアルバニア決議によって、国際社会で中国代表権を有する国家として一般的な承認を得ていた台湾は、その後も自らは中国国家であることを主張し続けるものの、中国代表権を喪失したことによって単に台湾地区だけを統治する国家へとその国家的性格を変化させるのである。
(2)1991年第一次憲法改正(実質的分断国家の成立)
台湾の国家的性格の第2回目の変化は1991年の中華民国憲法の第一次改正によるものである。この第一次憲法改正は、当時の李登輝総統が主導した民主化改革の一環として行われたものであるが、台湾のその後の国家的性格を決定づける極めて重要な意義を有するものであり、また内容的には台湾地区を対象とした新国家を建設したと言うに等しいものであった。
第一次憲法改正の主な内容は、中華民国の立法機関である立法院の議員は全員が台湾地区の住民の普通選挙によって選出されるとしたことである。すなわち、中華民国は台湾地区の選挙に正統性の根拠を置く政府が台湾地区を統治するという政治体制になったということである。
それまで、中華民国は1946年に大陸で制定された中華民国憲法の規定に基づき統治が行われてきた。そこでは、中華民国の民意代表は、現実的に選挙は行われていないものの、形式的に中国全土から選出されたものとされ、一方で実際には台湾地区しか統治していないが、あくまで中国全土を統治する中国国家であるという虚構が維持されてきたのである。
第一次憲法改正は、こうした虚構を廃して、実質的に分断国家として台湾地区を統治する新国家を構築するものであり、台湾の国家的性格を本質的に変化させるものであった。第一次憲法改正後の台湾は、もはや大陸地区は統治地区として主張しない。台湾地区のみを統治地区とする主権国家であることを主張している。そして両岸の関係については第一次憲法改正直後の1991年5月に「反乱鎮定時期動員臨時条項」を廃止して両岸が内戦状態にあるという状況を一方的に解消させ、中共政府については反乱団体ではなく、大陸地区を実効的に統治する当局として位置付けたのである。
この後、台湾では李登輝総統(当時)の指導の下に市県等の首長の民選(1992年第二次憲法改正)、総統直接選挙(1994年第三次憲法改正)等を実現させ、民主国家としての実践と実績を重ね、国際社会からも高い評価を得るようになったことは周知のところである。
2 「中国は一つ」との虚構─台湾海峡両岸の現実
以上の中華民国・台湾の国家的性格の変化を通じて、台湾海峡両岸の現状は、西に共産主義国家である中華人民共和国が存在する一方で、東に台湾地区を統治する民主国家の台湾が存在する状況となっていることは誰にも否定できない明白な事実であろう。すなわち、事実として、中国は一つではない。中共政府が主張する中国の領域には、現実的に二つの国家が実在している。ところが、眼前のこの事実を中共政府は認めることができず、中国は一つであるとの虚構を捨てようとはしない。
中共政府は、李登輝率いる台湾政府が憲法改正を通じて実質的に台湾の分断国家化を実現させ、分断国家を前提とする外交を進めるようになったことに危機意識を抱き、1993年9月に「台湾問題と中国の統一」と題する白書を公表した。同白書は主として台湾政府が進める外交政策を批判したものであり、台湾政府の外交については、「台湾は中国の一部であり、国際的に中国を代表する権限を持たないため、外国と外交関係を樹立したり、国家間の性質を有する関係を発展させたりすることはできない」と主張している。ただし、この主張は中共政府の従来の主張を繰り返しただけのものであり、第一次憲法改正後の台湾海峡両岸の現実の変化を見据えたものではない。
同白書に対して、台湾政府は直ちに反論した。反論の主たる内容は、台湾は国際社会の一員すなわち民主主義を実践する実質的な国家であり、中共政府はそうした両岸の分断、分治の現実を認識すべきであるというものである。
両岸はかつてのようにともに中国国家を主張する二つの政府が向かい合って互いに争っているというものではない。1972年の米中和解時に、中国が現在強く主張している「一つの中国政策」が形成されるが、この「一つの中国政策」は中国も台湾もともにそれぞれが中国は一つであり自分たちの国家が中国国家であると認識していた時代のものである。実質的に分断国家化が定着している現在から見ればそうした前提が消滅しており、全くの時代錯誤なものとなっているのである。
現在の両岸は実態として国家制度を異にする二つの国家が分断、分治している状況にある。中国は一つではないのだ。李登輝が唱えた「二国論(両岸は特殊な国と国との関係)」や陳水扁の「一辺一国論(両岸のそれぞれに一つの国がある)」はそうした現実を主張したものである。ところが、国際社会は、これまで、こうした台湾の主張に耳を傾け、国際社会の一員として適正な扱いをしてきただろうか。
3 台湾に対する国際社会の不当な扱い
(1)台湾の国連加盟申請
台湾は、前述のとおり、1971年のアルバニア決議の際に国連を脱退し、国連には非加盟となっていたが、李登輝政権期の1993年から、台湾の友好国から国連総会に提案するという形で、台湾の国連加盟問題を国連で討議するよう求めてきた。こうした措置は、もとより、台湾海峡の両岸にはそれぞれ国家制度を異にする二国が存在することとなったという現実を踏まえたものである。
この台湾の国連加盟申請に対して、中共政府はアルバニア決議を根拠にして、台湾は中国の代表権を持たず、中国の一部であり、国家として国際社会で活動することはできず、もとより国連加盟申請の資格はないと主張するが、この主張は明らかに誤りである。例えば、A国の承継国が分断国家のB国かC国かで争われている場合、B国が承継国となってもC国の国家性に影響を及ぼすものではない。ソ連が分裂した際にはロシアが承継国となったが、ウクライナやベラルーシの国家性に何ら影響を及ぼさないのと同様である。また、アルバニア決議は、当時において中国の代表権のみを議論しており、台湾の国家性に一切触れるものではない。
台湾の国連加盟申請は、馬英九政権が始まる前の2007年まで毎年続けられたが、全て却下され、国連総会での正式な議題とすることすらできなかった。これはもとより中共政府の圧力によるものであるが、国際社会はこのことを傍観していたのである。
(2)国際会議・機関等への参加
中共政府によるアルバニア決議をふりかざした宣伝活動、圧力等により、不当にも台湾は国際会議・機関等において国家として認められていないため、あらゆる国際会議・機関等において正式なメンバー国として参加できていないというのが現状である。2016年に蔡英文政権が発足してからは、ゲスト参加していたICAO総会、オブザーバー参加していたWHA等でも参加が認められていない状況にある。
ただし、GDPで世界20位前後にランクされる台湾の経済活動等を無視することはできず、またスポーツ競技への参加を拒否することは人道的問題もあることから、これらについては特殊な対応がなされている。例えば、WTOに台湾は国家ではなく独立関税地域として2002年に加盟しており、実質的な参加国となっている。この方式は、TPPへの加盟申請にも応用されている。国際スポーツ競技については、国家名を出さず、チャイニーズ・タイペイとして参加している。この方式はオリンピック方式と言われるが、APEC等への参加についてもこの方式が用いられている。ただ、あくまで国家としての参加でないことから、国家元首等は代表として出席できず、代表は経済人等が務めることとされている。
このように、一部の国際活動で実態をなるべく考慮した特殊な方式での参加が認められているものの、国家としての参加でないことから、国旗の扱い等、いろいろな面での制約を受けていることは否定できない。台湾は、現実には成熟した民主国家であるにもかかわらず、国際社会から国家として認められておらず、極めて不当な扱いを受けている。約2300万の人口を有する台湾の当然とも言うべき国際的地位の確保と台湾人の権利保護のために、こうした現状を速やかに改善する必要があることは言を俟たないだろう。
4 台湾準国家論─台湾の安全保障の確保のために
中国の習近平政権は、台湾統合は中華民族の使命と唱えて軍備の増強を急いでおり、中国による台湾への武力侵攻がすぐにでも起こることが予想されるようになっている。こうした中で、台湾の国際法上の地位をこのままにしておくことは、台湾の問題は内政問題とする中国の主張を受け入れているかのような印象を与えかねず、台湾の安全保障の観点からも好ましいものではない。中台関係は明らかに実質的に国家と国家の関係である。台湾は国家として正当に扱われることが必要であり、日本は地政学的にも率先してこの問題に取り組まねばならない。日本ができることとして、少なくとも、次の5点を挙げることができよう。
まず、第1点は、中国のいう「中国は一つ」との主張は完全に時代錯誤のものとなっており、現実にも全く合致していない虚構であることを明確に認識し、その上で台湾が実質的に国家として扱われることが必要という認識をG7はじめ主要国間で共有することである。現在ではほとんどの台湾人が自分たちは中国とは別の民主主義国家に属していると考えており、「中国は一つ」とは考えていない。
第2点は、国家承認ではなくとも政府承認の方式で、台湾政府が台湾を統治する正統な政府であることを公式に認めることである。そして、台湾との協定は、不自然な民間協定ではなく、政府間協定として行うことである。
第3点は台湾に関する特別法を制定して、台湾政府に国内法上の法的地位を与えることである。米国では台湾関係法で台湾政府の法的地位を認めている。日本政府が中国の恫喝に屈してこうした特別法を作れないというのであれば、あまりにも情けないというほかはない。
第4点は台湾の国連加盟を積極的に支援することである。台湾が国際社会で正当に扱われない直接的な要因は、台湾が国連での議席を有していないことにある。前述のとおり、台湾の国連加盟に国際法上の問題はない。この問題はすぐれて政治的な問題であるが、正面から取り組まねばならない。
第5点は、中国による台湾への武力行使があった場合は、直ちに国家承認を行うことを日米ほかの主要国であらかじめ宣言しておくことである。そうすることが、中国による武力行使の一つの抑止ともなり得よう。また、台湾の国家承認をなるべく早い機会に行うよう努めることである。米国のポンペオ前国務長官は米国が率先して速やかに台湾の国家承認を行うことを主張している。
◆おわりに─「中国は一つ」との虚構の打破
1972年の台湾との国交断交以来、日本は台湾を国家承認しておらず、現在まで非政府間の実務関係が維持されるだけとなっている。このため、日台間では内外の重要、緊要な諸問題について、政府間の公式の関係が一切持たれておらず、時代の要請に全く応えることができないものとなっている。
これまで述べてきたとおり、台湾を実質的に国家として、すなわち準国家として扱うことは二つの大きな意義がある。
一つは国際社会で実質的に国家として扱われることによって台湾2300万の人民の権利が正当に回復、確保されることである。現在は国家でないとされているため、台湾はWHO等の本来は加盟が必要な国際機関に加盟することができず、大きな不利益を被っており、台湾人民の権利が侵害された状況にある。
もう一つは台湾が実質的に国家として認められていることによって、中国が台湾に武力行使をしたときは中国内政の問題ではなく、国家間の国際問題として扱われることとなり、台湾の安全保障には有利な状況となることである。
台湾と安全保障面で基本的に利害を共にする日本は、率先して、台湾準国家論を適用して、現在の台湾に対する扱いを改善していくことが求められている。繰り返しになるが台湾有事は日本有事なのである。
現実を完全に無視し、台湾2300万住民の人権を蔑ろにする「中国は一つである」との恥ずべき虚構は、完全に打ち破られなければならない。
◇ ◇ ◇
河原昌一郎(かわはら・しょういちろう)福井県立大学教授、一般社団法人国際歴史論戦研究所上席研究員1955年、兵庫県生まれ。1978年、東京大学法学部卒業 農林水産省入省、1995年、在中国日本大使館参事官、1998年、内閣外政審議室内閣審議官、2001年、農林水産省課長、2003年〜、農林水産政策研究所(研究室長、上席主任研究官)、2009年、博士(農学)〔東京大学〕、2011年〜、日本安全保障・危機管理学会理事、2015年、博士(安全保障)〔拓殖大学〕。主な著書に『米中台関係の分析』、『民主化後の台湾』ほか。
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