ちょうど1年前の昨年12月、台湾教授会会長の戴宝村氏(国立政治大学教授)を団長に
「台日民主教育交流訪問団」の一行13名が初来日し、本会などと意見交換会を行い、その
詳細を機関誌『日台共栄』の2月号(第11号)でレポートしている。
その折、教育部(文部科学省に相当)の教科書検定委員会主任委員をつとめる戴教授か
ら台湾の歴史教科書の実情についてうかがった。かなり「台湾化」が進みつつあるという
お話だった。
昨日付の産経新聞が今年9月から使われている台湾の高校歴史教科書の内容についてか
なり詳細に報道している。戴教授のコメントも掲載しているので、下記に掲載する。
この中で、長谷川支局長は特に台湾の主権をめぐる「カイロ宣言」について、台湾国内
で「カイロでの合意は法的拘束力に欠ける『プレス・コミュニケ(公報)』であって『宣
言』でなく、台湾の帰属は講和条約以降、『未確定』という主張が台湾で広がっている」
ことを紹介し、「実際、署名された『宣言文』の存在は確認されていない」と書いている
。それが教科書記述にも反映されているという文脈で報告している。
これは、産経新聞が11月27日付朝刊の「20世紀のきょう」欄で「カイロ宣言」を取り上
げ、「この日、日本に対して無条件降伏を要求するなどの方針をきめた文書に署名した」
と書いたことを実際的に否定する内容だ。
本誌や機関誌『日台共栄』ではすでに台湾が中国の領土の一部とされている教科書の地
図帳問題で取り上げたことなので敢えて触れなかったが、署名してある「カイロ宣言」が
あれば、ぜひ見てみたいものだ。
その点で、産経新聞に限らず、条約集など国際法関係の辞典や辞書、教科書もほとんど
すべてがカイロ宣言については「署名」と記述している。これは速やかに是正されねばな
るまい。
ただ、カイロ宣言に署名がないことが確定しても、日本はカイロ宣言の条項の履行を盛
り込んだ「ポツダム宣言」を受諾している。しかし、その後、サンフランシスコ平和条約
を締結したことで、日本の台湾に対する立場が決定したという経緯がある。
つまり、サンフランシスコ平和条約で台湾に対する権利や権原を放棄したことにより、
台湾の法的地位を未決定とし、台湾を帰属先未定としているのが日本政府の立場だ。重ね
ていえば「台湾の領土的な位置付けに関して独自の認定を行う立場にない」というのが、
日本政府の立場なのである。
もちろん、「理解し、尊重」するとした日中共同声明における立場もあるが、台湾の法
的地位については「領土帰属未定論」に立つのが現在の政府見解である。本会ホームペー
ジ「活動」欄の中の「本会の提言」に「地図帳・教科書」があり、ここで政府の答弁書な
どを掲載しているので参照されたい。
中国や韓国との歴史共同研究が進められているが、このような教科書が出てくる台湾と
こそ共同研究を進めたいものだ。
(メルマガ「日台共栄」編集長 柚原正敬)
歴史再評価、台湾で一歩 教科書刷新 日本統治時代も「章」に
【12月21日 産経新聞】
【台北=長谷川周人】台湾の高校歴史教科書が、今年9月から使われている改訂版で様
変わりした。古代王朝に始まる「大中国主義」の歴史観を貫くこれまでに対し、改訂版で
は台湾史を中国史から切り離し、系統的に学ぶ。日本の台湾統治が「章」として初めて取
り上げられ、インフラ整備などプラスの側面にも言及されている。史実を客観視しようと
する姿勢は、台湾の歴史再評価を促す一歩となりそうだ。
改訂版は台湾の独自性を強調する陳水扁政権の教育指針を反映している。最大野党・中
国国民党は「中華民国が中国全土の正統政権」という建前から教科書の改訂について「祖
国の歴史を分断するものだ」と反発してきた。
しかし、民主化と「台湾化」が進む中、李登輝前総統は1997年、中学1年の教育課
程に「認識台湾(台湾を知る)」という科目を導入。実質的に初めて授業で台湾史が取り
上げられた。この第二弾として陳政権は高校生が必修科目で使う歴史教科書の抜本改定に
踏み切った。
新しい教科書は8冊が当局検定を通過し、うち5冊が実用化されたが、国民党政権下で
はタブー視されてきた軍による住民弾圧の「二・二八事件」(1947年)や民主化活動家が
弾圧された美麗島事件(1979年)などを詳述。一方で台湾独立の根拠となる「地位未確定
論」にも言及している。
台湾の主権は一般に「満州、台湾、澎湖諸島は中華民国に返還される」とした「カイロ
宣言」(43年)を踏まえ、この履行を日本が受諾した「ポツダム宣言」(45年)、さらに
領有権放棄を明言したサンフランシスコ講和条約(52年)などにより、確定的になったと
認識されている。
この解釈が中国が台湾領有権を主張する根拠ともなるが、台湾の研究者による調査では
、カイロでの合意は法的拘束力に欠ける「プレス・コミュニケ(公報)」であって「宣言」
でなく、台湾の帰属は講和条約以降、「未確定」という主張が台湾で広がっている。実際
、署名された「宣言文」の存在は確認されていない。
これを踏まえ、龍騰文化が出版した教科書は「カイロ宣言は署名がなく、国際法上の効
力を具有しない」と記し、他の4冊も主権帰属にかかわる論争の存在を明記するようにな
った。
日本統治時代(1895〜1945年)を扱う章は、5教科書ともB5版で30ページから54ペー
ジのスペースを割き、史実としての植民地時代を直視しようとしている。翰林の教科書が
「50年の植民統治で台湾は同時に植民地化と近代化を経験をした」が書き出すように、評
価は肯定、否定の両論併記だ。
◇
公式教材となった新高校歴史教科書の出版社は次の通り。()内は日本統治時代を扱う
ページ数。三民書局(30)、南一書局(47)、泰宇出版(48)、翰林出版(54)、龍騰文
化(53)。画数順。
◇
戴宝村・政治大学専任教授(教育部教科書検定委員会主任委員)
教育原理にかなう
歴史教育の原理とは、ある人々のその土地における生活の累積と体験を教えることだ。
にもかかわらず、われわれが行ってきた教育は、政治的な理由から中国大陸の歴史ばかり
を教え、教育原理に背を向けてきた。しかし、こうして台湾史が正式に教科書に編入され
た結果、教育原理にかなうよう変わった。
さらに新しい教科書では、学生に台湾史を理解させることにより、台湾のアイデンティ
ティーと歴史を比較できるようになった。世界的にみても最大脅威であり、密接な関係が
ある中華人民共和国の歴史はとても重要だが、台湾人が台湾史を理解することも重要なの
だ。
例えば、国民党政権下の台湾では、一貫して「カイロ宣言」をもって台湾は「中国に回
帰した」と強調されてきた。だが、多くの研究はあれは宣言ではなく、一種の備忘録であ
ったと指摘している。国民党教育を受けた成人は未だに「カイロ宣言」というが、(新し
い教科書を使う)将来の学生は、これは宣伝のようなもので、サンフランシスコ講和条約
によって台湾の帰属が日本から離れたことがより明確に理解できる。
日本統治時代に関しても、中国的な民族主義の立場に立てば、日本の台湾統治は搾取と
解釈されるが、台湾人からみる日本時代は違う。日本が行った建設は台湾に大きな影響を
与え、進歩につながったことは肯定するに値する。これも動員された台湾人による建設で
あり、台湾人の努力の結果でもあるからだ。
確かに(日本統治時代をめぐる)評価のあり方はそれぞれだが、審査する側から言えば
、極端に感情的(な表現)でない限り、受け入れられる。したがって著者は、台湾という
自由社会を代表し、一定の個人的な観念を盛り込むことにもなっている。