台湾は後戻りしているのか [産経新聞台北支局長・山本 勲]

【11月12日 産経新聞「東亜春秋」】 

 台湾に馬英九・中国国民党政権が発足してほぼ1年半になる。支持率は当初の50%台か
ら最近は30%台前後に低下しているが、この程度の落ち込みは台湾に限った話ではあるま
い。問題は台湾の民主政治が後退しつつあるとの指摘が、このところ内外でよく聞かれる
ことだ。「言論・報道の自由度が低下した」「電話の盗聴が増えた」「内外政策が中国の
影響を受けやすくなった」−など。これらの指摘には肯定、否定の両論あるが、ともあれ
中華圏で初めて実現した台湾の民主政治が色あせないよう願いたい。

 国境なき記者団(パリに本部を置くジャーナリストによる非政府組織)は毎年、世界各
国の報道自由度ランキングを発表している。先月20日発表の2009年ランキング(175カ国
と地域対象)で、台湾は昨年の36位から59位へと大幅後退した。政府のメディアに対する
干渉や、デモ参加者による記者への暴力などが理由とされている。一昨年は32位だったか
ら2年連続の後退で、中国の特別行政区の香港(48位)以下という評価には驚かされた。
ちなみに中国は168位、日本は17位だった。

 筆者は台北に赴任してまだ8カ月だが、この20年近く毎年台湾を取材訪問してきたから
時代の変化を感じざるを得ない。

 台湾は中国や香港に比べ、政府・政党・企業・個人のあらゆる分野で取材の約束が非常
に取りやすかった。ところが今回は、四半世紀前に別の新聞社支局長として駐在した北京
時代を想起させるようなことが少なくない。

 政府や企業に詳細な質問をそろえて取材を申し込んでもなかなか返事をもらえない。最
後は「時間がとれない」とか、「答える立場にない」などの理由で断られることがよくあ
る。地元紙の中堅・若手記者の話では、当局の意向にそぐわない記事を書かないようにと
細かい指示、干渉を受けるケースが増えたという。

 筆者が春に着任してすぐに感じたのは電話の異常である。市内電話なのに奇妙な雑音が
入りエコー(残響)がかかり、果ては突然切れたりすることもある。北京時代や中国復帰
後の香港ではしょっちゅう経験したことだが、台湾では少なかった。

 台湾の技術はかなり高く、相手にまったく気づかれずに盗聴が可能とも聞いたが、こん
な経験をする政治家やジャーナリストはあまたいる。地元メディアによると、王金平・立
法院長(国会議長)は他人名義の携帯電話を何台も使って被害を防いでいるそうだ。

 確かに蒋介石・蒋経国父子の国民党独裁政権時代の台湾は“盗聴王国”だった。党・政
府・軍など各種の特務機関がそれぞれの組織、設備を駆使して中国の浸透工作や域内の反
政府活動を見張っていた。李登輝政権の民主化によってこうした活動には法的な縛りがか
かったと理解していたのだが。

 また対中関係改善を最優先する馬英九政権は、中国の国益・価値観に配慮した政策をと
らざるを得ない。世論の強い求めもありダライ・ラマ14世の台湾訪問は認めたが、厳しい
活動制限が課されたもようだ。亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」のラビア・カー
ディル議長の入境は拒否した。

 自由・民主・人権の基本的価値観を共有する世界諸国は両氏の入国と活動の自由を認め
ている。馬総統には対中関係の改善に努める一方で、台湾の民主体制を進化させるという
難題に取り組んでもらいたい。



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