台湾の防疫成功の鍵は法に裏付けられた強大な権限を持つ省庁横断組織

 台湾の武漢肺炎への対応は世界的評価を得ているが、迅速かつ的確に取り組んで来た背景について、日本経済新聞は「感染症対策法」に基づく、臨時政府のような強大な権限を持つ省庁横断で設置された中央感染症指揮センターの存在を指摘している。

 同紙は、台湾とともに韓国をもまた感染を抑制しているとして、その背景に、「感染症予防法」に基づき、緊急事態に政府の各部門に対応を要請できる法的権限を持つ、省庁級で構成した常設の疾病管理本部の存在を挙げている。下記に日経記事を紹介したい。

 日本には、このような緊急事態に対応する、法に裏付けられた行政上も強力な権限を持つ組織はない。緊急時に一般法律を停止できる根拠がないのだ。

 東日本大震災のときに津波で流された自動車などの撤去に際し、違法でない場合の撤去などは所有者の許可を得なければならないと定める道交法に基づいていたので、救助隊の人々がとても苦労していたことを思い出す。

 その後、災害対策基本法が改正され、撤去権限は国や都道府県などの道路管理者に与えられるようになったようだが、撤去しなければならないのは放置車ばかりとは限らない。東日本大震災のときは位牌やアルバムなども問題となった。これらは一定期間保管した後に遺失物法に基づいて廃棄されたという。

 しかし、緊急事態宣言を発するような状況には、通常の法律で対処できないことは分かり切っている。日本は緊急時になぜ法律を停止できないのだろうか。これは憲法に「緊急事態条項」をもたない日本の悲劇と言っていいだろう。憲法改正できなかった戦後のツケが武漢肺炎で白日の下に晒されたと言えよう。

—————————————————————————————–コロナ対応で強力な司令塔、背景に法整備 韓国・台湾【日本経済新聞:2020年4月20日】

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)のなかで、韓国と台湾はいち早く感染抑制のメドをつけ、欧州各国からも模範例とみられるようになった。共通しているのは強大な権限を持つ司令塔を柱とした危機管理体制の周到さと、感染症リスクへの感度の高さだ。背景には重症急性呼吸器症候群(SARS)などの感染症対応に失敗した苦い経験がある。一方、日本の国立感染症研究所はこうした法的権限を持たず、感染症の専門家の科学的知見が十分に生かせていない。

 韓国の累計感染者数は約1万600人だが、20日に判明した新規感染者は13人に。台湾も17日現在の累計感染者は395人で、死者は6人にとどまる。韓台の当局者はそれぞれ「状況は制御できている」との見方を示す。

 感染源の中国本土に近いのになぜ成果をあげられるのか。背景には感染症対策法に基づいて矢継ぎ早の対策を打つ強力な司令塔の存在がある。

 韓国では省庁級で常設されている疾病管理本部が、感染症予防法にもとづき、緊急事態に政府の各部門に対応を要請できる法的権限を持つ。感染者の濃厚接触者を割り出すため警察に協力を求めたほか、食品医薬品安全庁には民間企業が開発した診断キットの迅速な承認を働きかけた。

 同本部が出す要請は非常時には指示と同様の重みを持つ。通常1年かかる検査キットの承認手続きをわずか1週間で終え、2月4日に最初の緊急使用の許可を出し、民間医療機関による大量検査につながった。

 台湾でも今回の危機にあたり、衛生福利部(厚生省)疾病管制署を中心に省庁横断で設置された中央感染症指揮センターが臨時政府のような強大な権限を掌握した。「防疫のために必要と認める措置」を実施できると定めた感染症防止法に基づき、学校の休校や集会、イベントの制限、交通、マスクの生産・流通など市民生活の細部まで管理している。

 感染対策に従わない市民に罰を科すのもいとわない。海外から戻った際などの隔離措置に従わない場合、同法違反で最高100万台湾ドル(約360万円)の罰金が科される。4月中旬までに約460人を検挙した。

 台湾はSARS流行を契機に一気に法整備が進んだが、韓国では現在の体制づくりに長い時間をかけた。以前から日本の国立感染症研究所のような研究機関は存在したが、改組されて疾病管理本部が立ち上がったのはSARS流行後の04年。同本部が現在の権限を持つようになったのは38人の死者を出して当時の朴槿恵(パク・クネ)政権を揺るがした15年の中東呼吸器症候群(MERS)流行後のことだった。

 米厚生省傘下の疾病対策センター(CDC)も強い権限を持つ。厚生長官は感染症の拡大を防ぐため「適切な手段をとれる」と連邦法で規定されており、その日々の執行はCDCに委ねられている。CDCは1月にはウイルスの震源地である中国湖北省武漢から帰還した米国人に、およそ半世紀ぶりに14日間の強制隔離の命令を出した。

 ただ今回は初期対応を誤ったとの批判も浴びる。世界保健機関(WHO)の検査キットを使わず、高い精度をめざして独自キットにこだわった結果、開発や製造に手間取った。トランプ政権の新型コロナ対策本部に加わる国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長も「我々の検査システムは当初、失敗した」とCDCの失敗を認める。

トランプ氏は記者会見で、コロナ対応の説明をファウチ氏に委ねるなど、CDCとは一定の距離をとる構えもみせる。同氏は1980年代のレーガン政権時代から米国の感染症対策の陣頭指揮をとるベテラン。経験に裏打ちされた語り口は、世論調査などで国民からの信頼度も高い。

 SARSやMERSで大きな被害を受けなかった日本は、感染症対策の体制づくりの議論が韓国や台湾と比べて遅れた。

 日本の国立感染症研究所は厚生労働省が所管する研究機関だ。国に最新の知見を示し、対策の科学的根拠を提供するほか、感染者が増えている自治体に専門家を派遣して助言するといったことが主な業務だ。国の対策全般を決定したり、実行したりする権限はない。

 2011年8月の外部委員の報告書は、「国の感染症対策の中枢機関としての位置づけと役割を明確にし、予算、人員の裏付けをつけることが重要」と指摘。国家公務員削減計画の対象から除外することを求めたが、その後も人員の抑制傾向は続いているという。

 感染研に所属しているのは多くが感染症関連の研究職の国家公務員で、研究所単体としての政策調整・立案機能を重視した組織になっているわけではなく、あくまで厚労省の傘下組織という位置付けだ。仮に海外のように行政上強力な権限を持つ組織に衣替えするとしても、人材面などで厚労省と近い関係が続けば、独立性は担保できない。(ソウル=恩地洋介、台北=伊原健作、ワシントン=鳳山太成、倉邊洋介)

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