台湾の新型コロナ責任者が国民の圧倒的支持を集めるワケ  藤 重太

【プレジデントオンライン:2020年3月1日】https://president.jp/articles/-/33338

 台湾で新型コロナウイルス対策の先頭に立つのが、中央伝染病指揮センターの指揮官を務める陳時中・衛生福利部長(日本の厚生労働大臣に相当)だ。台湾初の死亡例が出た際の記者会見をはじめ、批判を受けてもおかしくない厳しい仕事の連続だが、台湾市民はその仕事ぶりを大絶賛。なぜか──。

◆台湾でもついに「国内感染」で死者が

 2月15日、ついに台湾初の新型コロナウイルスによる犠牲者が出てしまった。死亡したのは60代の男性で、台湾中部在住のタクシー運転手。B型肝炎と糖尿病の病歴があった。出国歴がなく、既知の感染者との濃厚接触も確認されていなかったため、台湾国内でも不安が広がった。

 翌16日、中央伝染病指揮センター(中央流行疫情指揮中心)の指揮官を務める陳時中(Chen Shih-chung)衛生福利部長(日本の厚生労働大臣に相当)は、当該の案件の詳細な報告を行った。男性は1月27日から咳(せ)き込みはじめ、2月3日に病院で肺炎と診断され、入院。外部にウイルス等が漏れない陰圧環境で、集中治療を開始した。2月15日夜、肺炎に合併して起こった敗血症で死亡。家族の同意をもって検体検査をした結果、新型コロナウイルス陽性と判明した(台湾では19例目)。

◆調査の内容を、大臣自ら国民に詳しく発表

 犠牲者の同居家族2人、非同居家族10人、医療機関接触者60人、集中治療室での接触者7人について、台湾当局は全員に検査を実施。16日の時点で医療関係者60人は全員陰性、同居家族のうち1人が陽性と判定され、残りの人々についても検査を継続中であるとも発表された。

 陳部長は、入院前の接触者をさらに追跡中で、感染の可能性のある人物を探し出すよう努力すると表明。さらに、海外渡航歴のない人の感染という事態を受け、国内の管理体制と安全対策の強化も発表している。

 前回の記事(「『日本とは大違い』台湾の新型コロナ対応が爆速である理由」)で述べたように、迅速かつ厳重な水際対策を実施していた台湾でも、国内内感染の発生は防ぎきれなかった。武漢で「原因不明の肺炎」が集団発生したという昨年12月31日の第一報以降、水際対策らしい対策をほとんど行わず、多くの警戒対象地域から観光客などを受け入れてきた日本で、今報告されている感染はこれからどこまで拡大するのだろうか。

◆チャーター機帰還者への厳格な検疫

 とはいえ、日本政府が計5回のチャーター機で、合計799人の邦人を武漢から救出したことには素直に称賛を送りたい。1月23日に武漢が封鎖されたのを受け、日本政府は1月26日から中国政府と協議を開始。中国側の要望にできる限り応える形で、その3日後には全日空のチャーター機を武漢に送ることに成功している。

 台湾政府も1月27日には武漢へのチャーター機派遣を中国政府に打診するとともに、台湾人の保護と帰国を要請した。だが中国側は回答を保留。1月30日、蔡英文総統は総統府で談話を発表し、「国民を迎えに行きたい」「武漢地区に滞在している台湾人が適切な援助を得られることを願い、中国側への働きかけを継続する」と訴えた。

 打診から約1週間が過ぎた2月3日夜、ようやく武漢から247人の台湾人を乗せたチャーター機が、台北の桃園国際空港に到着した。当初は台湾側から飛行機を送る予定だったが、中国側がこれを拒否。中国東方航空の機体が使用された。

 到着したチャーター機は旅客ターミナルではなく、空港の格納庫に誘導された。格納庫内には救急隊や警察、検疫官、輸送バス隊が完全防備態勢で待機。まず検疫官が機内に立ち入って状況を確認し、帰台した人々に今後の流れを説明した。

 その後乗客は飛行機を降り、格納庫内で青い服を着用(識別用なのか防護用なのかは不明)。問診や検温、荷物チェックなどの後、チャーターバスや救急車で、3カ所の隔離施設に搬送された。このときのチャーターバスの運転手は防護服を着用するなど、十分に安全が考慮されていた。日本のチャーター便第1便の帰国者を運んだバスの運転手が、マスク1枚だけの軽装だったのとは対照的だ。

◆受け入れ不安の声にも丁寧に説明

 検疫所や隔離施設周辺の住民からは、帰台隔離者の受け入れに不安の声があがったが、衛生福利部の陳部長は「検疫所や隔離施設は民家から距離が非常に離れている。加えて、滞在者に対して確実な隔離を実施する」と呼び掛け、理解を求めた。隔離施設に滞在する人々には1人1室が与えられた。民間ホテルに相部屋で帰国者を押し込んだ日本とは、比べるのもおこがましい。

 隔離された人々には、14日間にわたって検疫観察が行われた。期間中の検査では245人が、2回連続「陰性」と判定され、2月18日、感染者1人と別の症状で入院中の4人を除く242人が、隔離を解除されて帰宅を許された。彼らは帰宅後も引き続き14日間の自主健康管理(人の多い場所に出入りしない/外出時はマスク着用/体に異常が出たときはすぐ報告、など)を求められ、地元の衛生局が訪問して健康状況を確認するという。念には念を入れた対応であり、疫病危機管理への認識の違いが日台間で大きく違うことがわかる。

◆大臣の真摯な姿に23万件の「いいね!」

 帰台者の隔離施設への搬送・収容などすべてが完了した2月4日の夜、陳衛生福利部長が会見を開いた。同日午前1時から3時まで空港の格納庫で検疫に立ち会い、その後隔離施設への搬送にも同行するなど、連日の激務でほぼ24時間眠っていない状態での会見である。

 帰台者のうち1人の感染が確認されたことについて、陳部長はこう述べた。「皆さんは、この知らせを聞いて落胆されたでしょう。しかし、今回私たちが彼らを連れて帰ってくる重要な目的は、医療環境の良くない武漢から病人を連れ帰ることであり、貴重な生命を救うことであります。今回、チャーター機に陽性患者がいたことは望んだことではありませんでしたが、逆にこれで彼の命を救うことができると受け止め、私たち医療界はできる限り努力いたします」。話す途中、陳部長は嗚咽(おえつ)して言葉を詰まらせた。

 発表を隣の執行長に譲り、陳部長は数回涙を拭った。陳部長の涙のシーンは「部長、泣かないで」とトップニュースで伝えられ、翌日の各紙新聞の1面も飾った。衛生福利部のフェイスブックページには、陳大臣の涙の会見を見た人々からの23万件以上の「いいね!」や、多くの応援・賛同のメッセージが送られている。

◆チャーター便第2便をめぐる中国とのせめぎ合い

 現在台湾と中国の間で、第2便以降のチャーター便の話し合いが行われている。第1便に陽性患者が乗っていたことをふまえ、台湾側としては今度こそ台湾の飛行機で、医療チーム12人を乗せるなど機内感染を防ぐ万全の態勢で臨みたい。だが中国側は政治的な理由で、使用機材は中国の航空会社のものでと断固主張している。「台湾はあくまで中国の一部である」ということを誇示したいようだ。

 陳部長は2月13日午後の記者会見で、「台湾は最善の方法で、武漢地区の台湾人の帰国を希望している。しかも、この121人は健康上最も優先させるべきリストだ。私たちは、人道的立場で台湾人の安全な帰国を要望しているにすぎない。中国は、昔からのいろいろな理由や思惑で、私たちの計画や要望を拒絶するべきではない」と強い口調で述べた。だが、いまだ第2便のめどは立っていない。

◆WHOからの疎外とも苦闘

 台湾の苦境は新型コロナウイルスの防疫対応だけではない。1971年、国連は中華人民共和国を中国の代表として認め、代わりに台湾は追放された(アルバニア決議)。以後、台湾は世界保健機構(WHO)からも排除されている。2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した際、台湾はWHOからSARSの診断方法など重要な情報の提供を受けられず、世界で最も流行の終息が遅れた。

 今回の新型コロナウイルス騒動でも、1月21日に台湾で感染者が確認されたにもかかわらず、翌22日、23日のWHO緊急委員会に台湾は招待されなかった。このとき蔡英文総統は、「WHOは政治的要因で台湾を排除せず、台湾が参加できるようにしてもらいたい」と遺憾の意を示している。

 1月30日、WHOは再三見送っていた「緊急事態」を宣言したが、台湾はその際の緊急会議にも、オブザーバーとしての参加すら許されなかった。その後、台湾の参加を容認すべきとの声が各国の間で広がり、2月11日のWHO新型コロナウイルス専門家国際会議では、オンラインでの台湾の参加がようやく認められた。

◆価値観を共有するのはどちらか

 中国からなにかと妨害を受け、WHOからも排除されても、台湾は迅速かつ適切な判断で国民の健康と安全を守っている。一方の日本は、WHOや中国の発表をうのみにしてすべてが後手後手に回り、中には不適切な対応もあったのではないだろうか。しかも中国は、自国を震源地とする新型コロナウイルスの試練に世界中が格闘しているこのタイミングで、尖閣諸島周辺で領海を侵犯したり、ミサイルを搭載した爆撃機で挑発行為をしたりしている。

 日本が重んじる「人権」「人道」「思いやり」といった価値観を共有できるのは、果たしてどちらだろうか。

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藤 重太(ふじ・じゅうた)アジア市場開発・富吉国際企業国際顧問有限公司代表1967年、東京生まれ。1986年、成田高校卒業。1991年、台湾大学卒業。1992年、香港で創業、アジア市場開発設立。台湾 資訊工業策進会 顧問(8年)。台湾講談社媒体有限公司 総経理(5年)などを歴任。現在、日本と台湾で、企業顧問業務、相談指導ほか「グローバリズムと日本人としての生き方」などの講演活動を行っている。

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