台湾の川柳  阿川 弘之

【文藝春秋:平成18年(2006年)11月号(第84巻 第16号)「葭の髄から105」】

 台湾には、日本語の読み書きが自由に出来て、日本が好きで、日本の伝統文化や生活習慣に強い親しみを抱いてゐる人たちが大勢ゐた。過去形で「ゐた」と書くのは、その人たちの大半が日本統治時代の生れ、終戦の年学齢に達したばかりの童児童女だつたとしても、もはや古稀が近く、構成員の急速に減りつつある世代だから。

 此の台湾の老齢者社会の中に、大勢ではないかも知れないが、依然相当数の歌人がおり、俳人がおり、それぞれの結社を作つて今尚、日本流短詩創作の活動をつづけてゐる。彼らの地道な営みは、一つが「台湾万葉集」、一つが「台湾俳句歳時記」となつて結実し、近年日本で出版された。昔ポルトガルの船員が麗しの緑の島と称へたフォルモサ万葉集の編著者孤蓬万里氏は、本名呉建堂、台北帝大医学部出身のお医者さんで、而も剣道八段、どこの国の詩歌ともあまり縁の無ささうなご経歴だが、さきの大戦末期、旧制台北高等学校理科の生徒当時、犬飼孝教授の万葉集講義に深い感銘を受け、それが歌作りを始めるきつかけとなつたらしい。

 戦後、医業に携はるかたはら季刊誌「台北歌壇」を創刊し主宰し、長い歳月かけて、同好の士の詠草約5千首を集めた私家版「台湾万葉集」を作り上げる。東京の集英社がこれの復刊本を刊行(早くから注文してゐた詩人大岡信氏に負ふところ大きかつたと聞く)、同書は1996年度の菊池寛賞を受賞した。今はもう故人だが、その頃壮健だつた呉建堂医学博士が台湾より来日、賞の贈呈式に出席、さかんな拍手を浴びて、新聞雑誌でも報道され、「日本語のすでに滅びし国に住み短歌(うた)詠み継げる」(孤蓬万里作歌)人々のことが、我が国読者層の間に広く知られるやうになつた。

 もう1冊の「台湾俳句歳時記」は、「台湾万葉集」に8年遅れて2003三年、東京西神田の言叢社が出した。著者黄霊芝氏は1928年台南市の生れ、作家で彫刻家で台北俳句会会長、著者自身の格別の配慮か、篇中各所に台湾の風物民俗を撮つた美しいカラー写真が170、80枚ちりばめてあつてなるほど台湾と日本では四季の移り変はりがちがふ、年中行事のやり方も、花や鳥や魚の種類もちがふ、独特の歳時記が必要だらうなとよく分り、句作をしない私にも、読んで面白く眺めて楽しい本であつた。

 ところでさて、此処まで実は前置き、これからが本論です。

 日本の統治下を離れて61年、日本語を話せぬ世代が多数派となつた台湾に、今も歌人俳人がをり歌壇俳壇があることは叙上の通り、一応の認識を私も持つてゐるつもりだつたが、川柳を作る人たちがゐようとは、およそ想像すらしてゐなかつたから、先々月「酔牛」といふ題の台湾川柳句集の寄贈を受け、内容を見て驚きましたねえ。

 著者は「台湾川柳会」の前会長李琢玉氏(本名李[王呈]璋)、発行元は大阪の新葉館出版、番傘川柳会その他の会の役員で日本の川柳作家として名高い今川乱魚氏が編者をつとめてゐる。乱魚氏と並んで、著者の友人蔡焜燦氏が序文を寄せており、その一節に曰く。

「あの男は、口が裂けても『私は中国人だ』とは言わない」

「あの男は、知日家でもなく、親日家でもない。私の造語『愛日家』でもない。自らを『懐日家』と名乗っておる」

 そのあと、あの男、すなわち琢玉宗匠が、戦争中召集を受けてお国の為に一所懸命戦つた日本陸軍の兵士だつたことが匂はせてある。

 蔡焜燦さんは亡き司馬遼太郎氏の著作に度々「老台北」の名で登場する台湾財界の雄、読者の多くが御存じであらう。その蔡さんが乱暴な言い方で「あの男、あの男」としたしみを示す本名李珵璋氏の、「懐日派」風川柳を五句ばかり引用紹介して置こう。

湯豆腐が満悦至極総入れ歯文部省歌は覚えている痴呆過ぎ去った国の旨さを握り寿司カタカナ語昭和も終に遠くなり世界一イジメ甲斐あるクニ日本

 読んでくすりと笑ひさうになるのが川柳本来の持ち味であらうけれど、私は何遍か、ほろりと涙ぐみさうになつた。李さんの日本語を、軽みと堅確さと両方兼ね備へた由緒正しい立派な日本語だと感じたのが、ほろりの原因の一つである。

 「酔牛」巻頭、著者の肖像写真に「1999年1月8日、友愛会(美しい日本語を守る会)にて撮影」とキャプションが添へてあるのを見て、一層その感を深くした。さうか、現在の日本は、表向き国交を絶つてゐる国の老詩人に頼つて国語の品位を保つて行かねばならぬ程、文教面で落ちぶれた国になつてしまつたのかと思つた。

 此の人の、或は此の人たちの、日本へ寄せる懐旧の情、「世界一イジメ甲斐ある」現状に対する憂慮、それを私どもはどう受けとめ、何を以て応へたらいいのだらう。私なぞ、涙を泛べてただ感謝するだけの能しか無いけれど、若い元気な世代の有志はどうか発奮して下さい。たかが川柳と思ふ勿れ。十七文字の中に、縷々人の世の重大事が秘められてゐる。

 ちなみに、琢玉宗匠李珵璋氏は、――話が前後して礼を失するかたちになるが、かねて癌を患つてゐて、著書の上梓を待たず、昨年満80歳で亡くなられたさうだ。未知の間柄に終り、歿後初めて業績を知つたわけだが、川柳に托した故人の素志を偲びつつ、謹んで哀悼の意を表する。


【日本李登輝友の会:取扱い本・DVDなど】 内容紹介 ⇒ http://www.ritouki.jp/

*ご案内の詳細は本会ホームページをご覧ください。

● 金子展也著『台湾に渡った日本の神々』お申し込み【2018年5月】
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/uzypfmwvv2px
 *詳細は本会HP ⇒ http://www.ritouki.jp/index.php/info/20180514/

● 渡辺利夫著『決定版・脱亜論』お申し込み【2018年2月】
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/uzypfmwvv2px
 *詳細は本会HP ⇒ http://www.ritouki.jp/index.php/info/20180222/

● 映画『台湾萬歳』DVD お申し込み【2018年2月】
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/0uhrwefal5za
 *詳細は本会HP ⇒ http://www.ritouki.jp/index.php/info/20180222-01/

● 映画『海の彼方』DVD お申し込み【2018年2月】
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/0uhrwefal5za
 *詳細は本会HP ⇒ http://www.ritouki.jp/index.php/info/20180222-02/

● 台湾フルーツビール・台湾ビールお申し込みフォーム
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/rfdavoadkuze

*台湾ビール(缶)は在庫が少なく、お申し込みの受付は卸元に在庫を確認してからご連絡しますの
 で、お振り込みは確認後にお願いします。【2016年12月8日】

● 美味しい台湾産食品お申し込みフォーム【常時受付】
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/nbd1foecagex

*沖縄県や伊豆諸島を含む一部離島への送料は、宅配便の都合により、恐縮ですが1件につき
 1,000円(税込)を別途ご負担いただきます。【2014年11月14日】

*パイナップルケーキとマンゴーケーキを同一先へ一緒にお届けの場合、送料は10箱まで600円。

・奇美食品の「マンゴーケーキ(芒果酥)」2,900円+送料600円(共に税込、常温便)
 [同一先へお届けの場合、10箱まで600円]

・奇美食品の「パイナップルケーキ(鳳梨酥)」2,900円+送料600円(共に税込、常温便)
 [同一先へお届けの場合、10箱まで600円]

・最高級珍味「台湾産天然カラスミ」4,160円+送料700円(共に税込、冷蔵便)
 [同一先へお届けの場合、10枚まで700円]

● 書籍お申し込みフォーム
  https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/uzypfmwvv2px

・金子展也著『台湾に渡った日本の神々』*new
・渡辺利夫著『決定版・脱亜論─今こそ明治維新のリアリズムに学べ』
・呉密察(國史館館長)監修『台湾史小事典』(第三版)
・李登輝・浜田宏一著『日台IoT同盟』 *在庫僅少
・王育徳著『台湾─苦悶するその歴史』(英訳版) *在庫僅少
・浅野和生編著『1895-1945 日本統治下の台湾
・王明理著『詩集・故郷のひまわり』
・李登輝著『李登輝より日本へ 贈る言葉』 *在庫僅少
・宗像隆幸・趙天徳編訳『台湾独立建国運動の指導者 黄昭堂
・林建良著『中国ガン─台湾人医師の処方箋』 *在庫僅少
・盧千恵著『フォルモサ便り』(日文・漢文併載)
・黄文雄著『哲人政治家 李登輝の原点
・李筱峰著・蕭錦文訳『二二八事件の真相』

● 台湾・友愛グループ『友愛』お申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/hevw09gfk1vr

*第1号〜第15号(最新刊)まですべてそろいました。【2017年6月8日】

● 映画DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/0uhrwefal5za

・『海の彼方』*new
・『台湾萬歳』*new
・『湾生回家』
・『KANO 1931海の向こうの甲子園
・『台湾アイデンティティー
・『台湾アイデンティティー』+『台湾人生』ツインパック
・『セデック・バレ』(豪華版)
・『セデック・バレ』(通常版)
・『海角七号 君想う、国境の南
・『台湾人生
・『跳舞時代』 *現在「在庫切れ」(2017年8月31日)
・『父の初七日』*現在「在庫切れ」(2018年3月20日)

● 講演会DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/fmj997u85wa3

・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日)
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)


◆日本李登輝友の会「入会のご案内」

・入会案内:http://www.ritouki.jp/index.php/guidance/
・入会申し込みフォーム:https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/4pew5sg3br46


◆メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や他では知りえない台湾情報を、日本李登輝友の会の活動情報とともに配信する、日本李登輝友の会の公式メルマガ。

●発 行:
日本李登輝友の会(渡辺利夫会長)
〒113-0033 東京都文京区本郷2-36-9 西ビル2A
TEL:03-3868-2111 FAX:03-3868-2101
E-mail:info@ritouki.jp
ホームページ:http://www.ritouki.jp/
Facebook:http://goo.gl/qQUX1
 Twitter:https://twitter.com/jritouki

●事務局:
午前10時〜午後6時(土・日・祝日は休み)

●振込先:

銀行口座
みずほ銀行 本郷支店 普通 2750564
日本李登輝友の会 事務局長 柚原正敬
(ニホンリトウキトモノカイ ジムキョクチョウ ユハラマサタカ)

郵便振替口座
加入者名:日本李登輝友の会(ニホンリトウキトモノカイ)
口座番号:00110−4−609117

郵便貯金口座
記号−番号:10180−95214171
加入者名:日本李登輝友の会(ニホンリトウキトモノカイ)

ゆうちょ銀行
加入者名:日本李登輝友の会 (ニホンリトウキトモノカイ)
店名:〇一八 店番:018 普通預金:9521417
*他の銀行やインターネットからのお振り込みもできます。



投稿日

カテゴリー:

投稿者: