台湾の台北の二二八和平公園の中に、二二八事件について展示してある二二八記念館がある。
日本が戦争に負けて台湾を引き揚げた後、大陸からやってきた国民党の中国人によって台湾人が
虐殺される事件が起きた。その発端が1947年2月28日だったので、二二八事件と呼ばれている。
この二二八事件によって苦労されてきた女性の話を紹介したい。昭和3年生まれの阮みすさん。
「げんみす」の「み」は美、「す」は女へんに朱という漢字で日本語にはないので、「みす」と平
仮名で書かせていただく。
阮みすさんは昭和22年の二二八事件で、父親を殺された。阮さんの父親は新聞社の社長をしてい
たが、ある日突然国民党によって連れ去られ、その後帰って来なかった。日本が去った後の台湾を
支配した国民党の中国人は、ジャーナリストや学者や作家や評論家など、影響力のある台湾人を徹
底的に弾圧し、その関係者も処刑したのだ。
阮さんは父親がどこに連れていかれ、どうやって殺されたのかを調べ、二二八事件の全貌と父親
への思い、その後の家族の苦労を本にして台湾で出版し、日本でも2冊の日本語版を出版した。
私は産経新聞の台北支局長に紹介されて阮さんと知り合った。私が台湾に行く時は連絡し、阮さ
んが日本に来る時には連絡があり何度もお会いした。「台湾の家庭料理をごちそうしてあげるわ」
と言われて、台北のご自宅で手料理をごちそうになったこともある。
二二八記念館の設立には阮みすさんも尽力し、亡くなった阮さんのお父さんの写真や、阮さんが
調べて入手した資料なども展示されている。阮さんは「日本時代の台湾は本当によかった。幸せな
時代でした。終戦後、国民党の中国人がやってきて、私たち台湾人は本当にひどい目にあわされま
した」といつも言っていた。阮みすさんの嘆きは昔の苦労だけではない。彼女の思いが今の人たち
に伝わらないことが、悔しくて悲しいのだ。
国民党の中国人が台湾人にどんなひどいことをしたか、自分で調査して証拠を集め、証言を聞
き、新聞や雑誌に文章を書き、記念館を設立し、本を出版し、講演を行なってきたが、今の台湾人
は無関心で阮さんの思いが伝わらない。ましてや、かつては同じ日本人であった台湾人の戦後の悲
劇を、日本人はまったく知らない。精力的に活動してきた阮さんだが、最近は「もう疲れました。
むなしくなります」と溜め息をつくことが多かった。
体調が悪いようで心配していたが、奇しくも平成28年11月28日、阮さんはその波瀾に満ちた生涯
に幕を閉じた。阮みすさん、お疲れさまでした。ありがとうございました。
◇ ◇ ◇
*故阮美姝さんが日本で出版された著書
『台湾二二八の真実─消えた父を探して』(まどか出版、2006年2月)
http://www.madokabooks.com/isbn978-4-944235-28-5.html
『漫画 台湾二二八事件』(まどか出版、2006年2月)
http://www.madokabooks.com/isbn978-4-944235-29-2.html