台湾の「先手防疫」と日本の「ホトケ防疫」、違いはどこから来るのか? 栖来 ひかり

【nippon.com:2020年3月14日】https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00838/?pnum=1

 世界から称賛を集めている台湾の新型コロナウィルス対策。逆に日本の方はその対応の緩さや遅れから、台湾の人々に「ホトケ防疫」ではないかと心配されている。台湾と日本の違いを、台湾から考えてみた。

◆台湾人から投げかけられた疑問

 新型コロナウイルス(COVID-19)が世界中に感染を拡大している現在、どの国でも朝から晩までこのニュースで持ち切りだ。それでも2月半ば以前(つまりプリンセス・ダイヤモンド号内での感染拡大が判明するまで)の日本ではどこか他人事のようで、「暖かくなれば終息する」という希望的観測に見られるような楽観さえ漂っていた。

 私は台湾で暮らしているが、のんびりとした日本の姿勢を、奇異に感じる周囲の台湾人は少なくなかった。「どうして日本では早く対策をしないのか?」という疑問を、1月末には何人もの友人知人から投げかけられた。日本政府の態度は、台湾メディアで「佛系(ホトケ)防疫」と評された。「佛系」とは、日本の女性雑誌による造語「仏男子(ブダンシ、ブッダのように恋愛にガツガツしない男子)」が元ネタになり中華圏で流行したネットスラングで、「成り行きに任せ、淡々と、何も欲せず求めずといった生活態度」を指す。日本政府の無為無策とも見えた新型コロナウイルスへの対策を、そんな言葉で揶揄(やゆ)したのである。

 台湾でのCOVID-19 対策は、それほどまでに早かった。

 SNET台湾(日本台湾修学旅行支援研究者ネットワーク)が台湾と日本との対策を時系列で比較する形でまとめたサイト(毎日更新)(※1)によれば、2019年の12月31日にWHOに対して中国武漢市で発生している肺炎についての報告が最初に行われた際、台湾のCDC(Taiwan Centers For Disease Control)は当日すでに情報を把握し検疫強化を指示している。年が明けて1月3日には緊急事態会議を開催し、4日には2019年12月31日以降の武漢からの直行便7便の乗客、乗員合計633人に検疫を実施。1月7日にはすでに武漢からの渡航警戒レベルを1(注意)に引き上げている。

 対して日本政府が武漢市で起こった原因不明の肺炎情報を厚労省のウェブサイトに発表したのは1月5日で、さほど台湾に遅れを取ったわけではない。しかしその後、1月15日に神奈川県で一人目の感染者が発見された後も大きな動きはなく、ようやく21日になって最初の「新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する関係閣僚会議」が開催されたというのだから、悠長な話である。

◆感染者も死亡者も少ない台湾

 先手を打つとはまさに今回の台湾のためにある言葉、というほど台湾政府が対応を急いだのは理由がある。2003年に猛威を振るったSARSで70人以上の人命を失った悪夢を、繰り返したくないからだ。台湾が取った対策は早期から細やかだが、特に中国・香港・マカオからの渡航禁止や、すべての公立学校の春節休み2週間の延長を早期に決めたのは、大きなインパクトがあった。実際3月6日現在で、主な10の感染国・地域のうち、台湾は感染確認数も死亡数も一番低い。

 マスクの買い占めや輸出禁止策・国内マスクの生産ライン増強を図ってマスク量を確保した他、2月6日以降はマスク購入に実名制を導入し、必要な人に公平に行き渡らせる措置も講じた。デジタル担当の政務委員(閣僚)オードリー・タン(唐鳳)氏をはじめ、シビック・テッカー(テクノロジーを使って社会課題解決をおこなう市民グループ)たちによって作られた全国の薬局マスクマップや保険証との連動による配給型のマスク購買システムは、日本を始め世界のメディアでも称賛された。

 2月25日には、ウィルスの感染拡大により打撃を受けた産業を救済するための特別法が可決され、600億元(約2200億円)を上限とする予算が組まれた他、マスクなどの防疫物資の買い占めや転売、デマの拡散に刑罰が科せられることになった。

 力強い対策を進めるのに大きな役割を果たしているのが、移民署・衛生署・交通部など部署を越えて作られた組織横断型の「中央流行疫情指揮中心」(中央伝染病指揮センター)である。自身も歯科医師である陳時中衛生部長率いるセンターでは、あらゆる予防と対策を検討しながら毎日記者会見を行い、最新の情報を公開し、透明性を徹底している。早期から「チーム台湾」でウィルスに立ち向かっていく姿を見せて国民に安心を与え、信頼を得ることでパニックを防ぎ、「正しく恐れる」姿勢を保つという好循環を生んだ。

◆世論ファーストの台湾

 こうした日台の対応の違いは、なぜ生じたのだろうか? 一番の理由は、各々の政治がどこを見ているかという話に尽きると感じる。

 例えば、3月4日に中国の習近平国家主席の訪問が延期されたと同じ日に、中国からの入国制限が決定されたのは象徴的だ。日本の政治はこれまで、東京オリンピックや国際的な体裁、他国の顔色を見ながら対策をしてきた(あるいはしなかった)ように筆者の目には映る。

 一方で、台湾の政治は明らかに「国民」を見ている感がある。台湾の有権者がそれだけ厳しいからだ。蔡英文政権は2018年の統一地方選挙で大敗した苦い経験もあり、少しでも手を抜けば世論によって政権を追われる緊張感を持って事に当たっているのが、ひしひしと伝わってくる。

 おかげで、今年1月に再選を決めたばかりの蔡政権のその後の支持率は54%、防疫対応満足度は83%と、政府への高い信頼感となって表れている。自分が選んだ政府がさっそく高いパフォーマンスを発揮してくれている、そのことへの台湾有権者の満足感がはっきりと分かる。

 しかし、社会の制度設計が全く異なる日本において、台湾の手法をそのまま取り入れることには、慎重になる必要がある。例えば、SARSのときに大型の院内感染が起こった事例を踏まえ、台湾では医療従事者の出国を禁止する方針が打ち出されたが、医療従事者は人権侵害と反発した。

◆人権との両立の問題も

 そもそも公衆衛生とは、自由や人権とは必ずしも相いれないものである。非常事態が起これば都市封鎖で住民の外出まで制限することのできる中国が、人権侵害の問題を常に抱えていることでも明らかだ。台湾もほんの30年ほど前までは独裁政権の戒厳令下にあったが、1990年代の李登輝総統時代に4度の憲法修正を経て、「国民の基本的権利を抑圧し蒋介石・蒋経国の強圧的な権力行使を可能にしてきた各種の法律は改廃された」(台湾の民主化と憲法改正問題/小笠原欣幸)しかしプライバシーに関していえば、個人の出入国を病院窓口でチェックできるなど、個人情報がIDカードや保険証にひもづけされていることに、国民自身も比較的抵抗がないように見える。

 しかし同時に、このように国民の管理が進んでいるということは、その時々の運用者の「徳」にすべてが委ねられる。逆に言えば、上に立つ人によって、いくらでも悪用できてしまうのである。それほどに、「効率性」と「人権と自由」とのバランスが難しいことは、心に留めておきたい。

 暗い時代を耐えて民主を勝ち取り、その危うさをよく知っている台湾の人々は、人権侵害など問題が起こればすぐに何千何万人規模のデモを行うことで政治を見張り、選挙でも真剣に投票するのだろう(今年の総統選挙の投票率は75%)。蔡政権の迅速かつ的確な対応は、「生きた民主主義」とセットになった好循環で成り立っていると言えるかもしれない。

 日台の対応の違いに影響したと思われることがもうひとつある。日本人が日本以外のアジアの状況について、無関心で来たことである。

 例えば、春節休暇には中華圏の人々が大移動するため、伝染病の拡散リスクが各段に高まること。早くからマスクの買い占めを予測し、マスクの増産に取り掛からねばならなかったこと。シンガポールのような熱帯でも感染が広まっていることが周知されていれば、「暖かくなれば」という誤解も生まなかっただろう。NHKの新型コロナウイルス特設サイトでは、全く感染状況の違う台湾と中国とを同じカテゴリーに入れたことで、台湾でも大きな反感を買った。

 過去において、台湾や香港は2003年のSARS、韓国も2015年のMERSで危機に陥った経験が、今回の防疫に生かされている。そうした意味で、日本は戦後、そこまで深刻なパンデミックにも至ることなく済んできた幸せな国だった。しかし、人も言葉も疫病も国境を自由に越えて行き来できるいまの時代に合わせて、日本も変わって行かなければならないタイミングを迎えている。今回の新型コロナウィルスの経験が転機となるかどうか、おとなり台湾の柔軟な先進性に、日本が学ぶべきことは多い。

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栖来 ひかり(すみき・ひかり)台湾在住ライター。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路〜記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)。個人ブログ:『台北歳時記〜taipei story』

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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