拠したことを巡っては日本でもかなり詳しく報道され、その報道数は台湾を除けば世界一だったと
伝えられる。
本誌でも、李登輝元総統の発言やジャーナリストの福島香織さんや迫田勝敏氏の核心を衝くレ
ポートを紹介してきた。
ところが、最近になってジャーナリストの山田智美(やまだ・ともみ)さんが「日刊SPA!」
に読み応えのある優れたレポートを発表していたことが分かった。それも、学生たちが立法院を撤
退した4月10日に掲載されていた。
山田さんのレポートは4月6日に王金平・立法院長が学生たちを訪ねた場面まで書かれているもの
の、今回の全貌がよく分かる内容で、台湾在住ジャーナリストの片倉佳史(かたくら・よしふみ)
氏や学生運動のリーダーの一人である林飛帆氏へのインタビューも行っていて、いま読んでもその
内容は鮮度を失っていない。
すでに学生たちが立法院を撤退してから2週間ほど経ち、改めて今回の問題を振り返って整理す
るためにも、ここにご紹介したい。
なお、原題は「マフィアも乱入! 台湾・学生デモはなぜ起きたのか?」だったが、本誌掲載に
あたって「台湾の『ひまわり学生運動』はなぜ起きたのか?」と改題したことをお断りする。
マフィアも乱入! 台湾・学生デモはなぜ起きたのか? 山田 智美(ジャーナリスト)
【日刊SPA!:2014年4月10日】
台湾の国会議場が学生に占拠されるという前代未聞の異常事態が発生している。3月18日の占拠
からすでに20日以上がたつ、学生らはバリケードを築き、水、食糧など外部からの支援を受けなが
ら数百人態勢で陣取っている。連日、日本のテレビでも報道されているが、現地の混乱はテレビで
報道されているものよりも激しいものである。
◆大規模デモを招いた馬英九の密室外交
事の発端は、中国が80分野、台湾が64分野を互いに市場開放することを取り決めたサービス貿易
協定だ。この協定を巡り、立法院委員会での審議が打ち切られ、強行採決に持ち込まれたことで事
態は紛糾。馬英九政権は中国との貿易自由化を段階的に進めており、昨年6月に同協定の取り決め
に署名したのだが、これを密室外交として野党だけでなく、与党国民党からも非難の声が上がった
のだ。
同協定で自由化される台湾側64分野には金融、医療、食品、生活用品、商店、印刷、出版、新
聞、書店といったサービス業全般が含まれる。しかし、具体的な条件などは不透明で、巨大な中国
資本と中国本土からの労働者の流入によって台湾の中小企業は打撃を被ることにもなりかねず、ま
た、メディアに中国が介入すれば言論の自由が侵害され、ひいては台湾が経済的に中国に呑み込ま
れる恐れもある。そのため野党民進党が猛反発したのだ。
しかし、立法院委員会で審議されていたが3月17日、与党国民党は時間切れとして一方的に審議
を打ち切り、強行採決へと持ち込もうとしたことでさらに事態は紛糾してしまう。こうした一連の
流れに危機感を募らせた学生らが「黒箱(ブラックボックス。密室)協定」だと政府を批判、同協
定の撤回を求める「ひまわり学生運動」を発動。3月18日に1000人もの学生達が立法院に雪崩れこ
み、占拠したのである。
◆日当500元(約2000円)で雇われたマフィアが乱入
23日夜には行政院に押しかけた学生らを排除するため、警官隊が放水や警棒で殴打するなどの暴
力的な鎮圧を行い、負傷者が多数出る流血事件が発生。これが結果として台湾の国民の怒りに火を
つけることとなった。こうした一連の流れを受けて、ニューヨークなどでも台湾人達がデモを行
い、本国の学生達にエールを送った。あまり報道されていないのだが、もちろん日本でもこれに呼
応する抗議デモが起きた。3月26日に「頑張れ日本!全国行動委員会」や「台湾研究フォーラム」
などの団体が呼びかけて都内の台北経済文化代表処(台湾大使館に相当)前で行われ、支援者約
300人が参加した。
3月30日には学生たちの呼びかけで台北市中心部にある総統府前のケタガラン大道に主催者発表
で50万人を超える学生と市民が大集結。黒シャツをまとい運動のシンボルであるひまわりの花を携
えて台湾全国から集まった民衆は、「サービス貿易協定を撤回せよ」「台湾の民主を守れ」のシュ
プレヒコールを挙げた。この日は日本や香港、アメリカなど世界16カ国49都市でも台湾人留学生が
集会を行ったのである。
ただでさえ紛糾しているこの異常事態に拍車を掛けたのは台湾マフィア・竹聯幇だ。その有力者
が学生排除に乗り出すというありえない事態に発展してしまったのである。3月31日、台湾マフィ
ア・竹聯幇の有力者で中華統一促進党総裁の張安楽が国民党関係者や労働組合幹部とともに台湾労
工福利聯盟名で記者会見を開き、「学生の手から立法院を取り戻す」ため4月1日に2000人を動員し
て立法院突入デモを決行すると気炎を吐いたである。
このデモを呼びかけた張安楽は「白狼」の異名をもち、要注意人物として台湾では知られた名前
である。張は麻薬密輸の罪で米国で服役後、指名手配を受けて中国に逃亡。実に17年間の逃亡生活
の末、中国籍を取得して昨年6月に台湾へ戻ってきた曰く付きの人物なのだ。現在は保釈金を支
払って保釈中の身の上、中国籍であり犯罪者でもある人物の政治活動を野放しにしたことで馬政権
に対する批判がさらに高まってしまったのである。
さらに張率いる協定賛成派のデモは、一人当たり500元(約2000円)の日当で動員していること
がフェイスブックで事前に発覚。当日は警官隊も増員され厳戒態勢が敷かれたものの、実際には
400人程度しか集まらなかったという間の抜けた結果に……。おまけに現地で失笑を招いたのは、
白狼の発言だ。
学生や支援者から「ヤクザは帰れ!」などと野次られて頭に血が上った白狼は「“中国人”の風
上にもおけんヤツらめ!」や「お前たちは中国にとって不要な存在」と口走ってしまったため、
ネットで「俺たち、台湾人だけど?」や「頭おかしいんじゃないか。中国へ帰れば?」とツッコミ
を入れられる始末。だが、台湾在住作家の片倉佳史氏はこのような憂慮も吐露した。
「運動に参加する学生の約30〜40%は女子学生。ヤクザの登場で心配になった親たちが子供たちを
運動から引き離そうとする可能性もある。これは明らかに運動を分断しようとの攪乱工作なのです」
当初強硬姿勢を見せていた馬英九総統は、学生支持の世論の高まりを受けて委員会審議を延長再
開することを決めたが、「同協定は撤回しない」との強硬姿勢を崩さず、野党の猛反撥を受けて審
議の進行が難航している。行政院(内閣)で3日、「台湾・中国大陸間取り決めに関する処理およ
び監督条例」草案が閣議決定されたが、学生達は「形式的なもの」として反撥。6日には王金平立
法院長が突如立法院を訪問して学生と対話し、事前監督制度の法制化を急ぎ、それまでは同協定の
承認手続きを進めないとの考えを伝え、立法院からの退去を求めた。
支持率が10%前後に落ち込んでいる馬英九総統は、かなり切迫した状況にある上に中国からの猛
烈な圧力がかかっており、同協定を何が何でも死守しようとの意向だ。馬英九総統が所属する国民
党は本来、反中国共産党、大陸反攻を党是としてきたが、近年では大国化する中国と経済交流を進
め、蜜月関係を築いてきた。また、中国に投資する台商(在中国台湾ビジネスマン)や資本力のあ
る大企業は中台間の経済交流を促進させたいため、馬政権を支持し今回のサービス貿易協定にも賛
成している。
だが、台湾製造業の空洞化と中国への経済依存が高まる中、一般国民は給料も上がらない上に、
中国人投資家を見据えた豪華マンション乱建設による不動産価格の高騰の一方で、家も買えない状
況にある。さらに最近、ロシアがクリミア半島を「住民投票」の手段によって併合したことを真似
て、習近平も台湾併合の魔の手を伸ばしてくる危険を、台湾人は本能的に察知しているのであろう。
かつて天安門事件の際、広州学生運動のリーダーを務め、足かけ4年にわたって投獄された後、
現在米国に亡命している陳破空氏(扶桑社刊『赤い中国消滅 張子の虎の内幕』著者)は今回の台
湾の学生運動をこう分析する。
「今回学生たちが撤回を求めているサービス貿易協定は密室協議であることのほかに、その本質的
な内容が問題である。台湾側の開放項目にはメディア出版業界も含まれる。中国は台湾メディアに
対し厳しい制限を課しているのに、中国のメディアは台湾で好き勝手にプロパガンダを宣伝できる
ということになる。台湾政府も中国政府も、この協定が『台湾の国際競争力を高め、台湾人民に利
益をもたらす』といっているが、実態は『中国の国際競争力を高め、中国共産党に利益をもたら
す』もの。これは単なる経済協定ではなく政治の問題。台湾の学生が抗議しているのは、まさに密
室協定の奥に潜む中国共産党の陰謀に対してであり、彼らは台湾の尊厳と自主、そして民主の価値
を守るため闘っているのです」
◆理路整然とした学生達のデモに賞賛の声も……
台湾では2013年8月、軍隊内リンチ殺人事件の真相を求める白シャツ隊と呼ばれる学生の抗議運
動が出現し、25万人もの大規模な運動に発展した。こうした運動経験があるためか、今回の抗議運
動の手際の良さが際立っている。フェイスブックやツイッター、ユーチューブなどのソーシャルメ
ディアを駆使して運動内容を行き渡らせ、外部と連携を取るだけではなく、媒体組と呼ばれるメ
ディア担当チームには日本語など各国語の翻訳専門チームが控え、各国からの取材に対応してい
る。また、在台湾外国人たちからも、理路整然としたデモに賞賛の声が上がっている。
「30日の大規模デモでも、誘導係やゴミ拾い係といったスタッフが配置され、秩序は守られていま
した。テープを地面に貼って医療関係者専用通路が設置されていたのですが、テープを無視して通
路を占拠する人もいません。また、アジる人や大声で叫ぶ人もなく、デモ自体非常に静かで礼儀正
しく、非暴力が貫かれていたことには驚きました。そして学生たちは非常に賢くもある。占拠して
いる立法院議場の内部を24時間ライブで外部に中継しているのですが、そうすることで当局が下手
に手出しできないよう牽制し、自分たちの身を保護しています」(片倉氏)
学生リーダーの台湾大学大学院生の林飛帆さん(25歳)と清華大学大学院生の陳為廷さん(23
歳)は、爽やかな好青年ぶりと理知的で堂々とした発言で一躍ヒーローとなりファンも出現。学生
を支援する教授団体も発足し、弁護士や看護師も議場に駆けつけて支援しているほか、日台ハーフ
の俳優で台湾で絶大な人気を誇る金城武氏や映画監督の魏徳聖氏ら著名人も学生たちに応援のエー
ルを送っている。
「帆神」と呼ばれる学生リーダーの林飛帆さんはSPA!の取材に対しこのように答えてくれた。
「サービス貿易協定は台湾や両岸関係だけではなく、東アジア全体の国際政治情勢にも影響を与え
る問題で、台湾の未来は台湾だけのことではありません。地政学上、台湾の位置づけが変更すれ
ば、東アジア情勢、さらには世界情勢に影響を与える可能性がある。だから国際社会は台湾が今直
面している危機にもっと注意を向けてほしい」
親日家も多く、震災の際は多くの義援金や援助を行ってくれた台湾の窮状を、日本人は見て見ぬ
振りをしていいわけがない。台湾情勢からしばらくは目が離せそうにない。
<取材・文/山田智美>