武漢肺炎を封じ込めている台湾は、4月から台湾で生産したマスクを各国に寄贈し始めた。その輸送手段として使用している台湾を代表する航空会社として「ナショナルフラッグ・キャリア」と言われる中華航空(チャイナエアライン China Airlines)の機体に「China」の文字が入っているため、中国の空空会社と誤解されるケースが少なからずあるため、改名を求める声が上がっている。
4月11日、交通部の林佳龍部長(交通大臣)は自らのフェイスブックに、改名を求める意見が多く上がっていることに触れ「改名は路線などさまざまな問題に関わるとし、社会が議論を重ね、共通の認識に達することへの期待を寄せた」(中央通信社)と報じられた。
また、行政院の蘇貞昌院長も「改名にはさまざまな問題が絡むため、容易ではないとしつつ、国を代表する航空会社に台湾と表記することは政府が努力すべき方向だとの考えを示した」(中央通信社)という。
この問題について、『100歳の台湾人革命家・史明自伝─理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』の著書がある香港系金融情報会社でアナリストをつとめる田中淳氏は「台湾の存在が『中華人民共和国とは別個のもの』であることをより明確に示そうという『台湾正名運動』が約20年ぶりに盛り上がりを見せている」として、改名問題は台湾パスポートの表紙デザインにも及んでいると、4月からこれまでの一連の状況をレポートしている。
田中氏が、中華民国という国名(国号)を「『台湾』『台湾国』『台湾民主国』『台湾共和国』などに変えることが『台湾正名運動』の究極の目標なのだ」と述べていることはその通りなのだが、台湾正名運動が20年前にどのように始まったのかについては、紙幅の都合もあったのか言及していない。
本誌の読者ならほぼ周知のことではあるが、台湾正名運動は日本が発祥の地だ。
2001年(平成13年)6月11日、当時、在日台湾同郷会会長だった林建良氏が在日台湾人の外国人登録証明書の国籍記載を中国から台湾に改めることを求めて「正名運動プロジェクトチーム」を発足させ、ここに世界初の「台湾正名運動」がスタートした。
台湾正名運動はその年のうちに台湾にも伝わり、翌年3月に行われた世界台湾人大会は「台湾正名・国家制憲」をテーマとし、台湾正名とは「中華民国」の国名を「台湾」に正名することと理解されたことから、台湾正名運動が台湾で急速な広がりを見せることとなる。
5月11日には、「511台湾正名聯盟」の呼び掛けにより、台北市内で約3万5,000人が参加するデモ行進が行われ、李登輝元総統が支持を表明したことで「台湾正名」が本土派社会運動の主流になってゆく。
2003年9月には中華民国のパスポートに「台湾(TAIWAN)」が付記され、2005年7月には総統府がWebサイト上での呼称に台湾を加えて「中華民国(台湾)総統府」に変更。また、2006年9月には中正国際空港が「台湾桃園国際空港」に改称し、中華郵政が台湾郵政となり(馬英九政権で「中華郵政」に戻される)、「中国造船」が「台湾国際造船」に、「中国石油」が「台湾中油」に改称するなど、次々と台湾化していった。
一方、日本でも日本李登輝友の会が作家の阿川弘之氏を会長として2002年12月に発足すると、翌年6月の第1回総会において「外国人登録証明書における国籍表記問題の解決」を事業計画として可決し、以後、日本国内の台湾正名運動に取り組むこととなる。
この外国人登録証明書問題は、在日台湾同郷会や在日台湾婦女会、日本台湾医師連合などの在日台湾人の人々と協力して是正を求めた結果、2009年7月、「出入国管理及び難民認定法」の改正をもって、3年以内に実施される在留カードにおいて台湾出身者の「国籍・地域」表記が「中国」から「台湾」にされることとなり、足掛け9年に及ぶ活動に終止符を打っている。
日本李登輝友の会はこの間に、中学校教科書の地図帳に台湾が中国と扱われていることの是正を求めて文部科学省と掛け合ったり、国立国会図書館ホームページのカイロ宣言の記述を基に産経新聞が「署名した」と報道したことから、カイロ宣言に署名なしと是正を求め、産経新聞も国会図書館も是正に応じて問題を解決するなど、日本国内のさまざまな台湾正名運動に「モグラたたき」のように取り組んできた。
現在は、台湾出身者が日本人と結婚したり日本に帰化する場合、または日本人の養子となる場合など、その身分に変動があった場合、戸籍における国籍や出生地は「中国」あるいは「中国台湾省」と表記されることから、在留カードや外国人住民票と同様に「国籍・地域」とし「中国」から「台湾」に改めるよう、その原因を為す昭和39年(1964年)6月19日に出された「法務省民事局長通達」の出し直しを求める台湾正名運動を展開中だ。
本会活動の概要は「日本李登輝友の会について」に記し、本会ホームページに掲載しているのでご覧いただきたい。また、戸籍問題については、現在も署名を継続中で、詳細は本会ホームページからご覧いただきたい。
◆本会ホームページ:「日本李登輝友の会について」を公開[2020年5月19日] http://www.ritouki.jp/index.php/info/20200519/
◆【戸籍問題】 本会のネット署名にご協力を!【第19期:1月1日〜6月30日】 https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/a5gxiadcmygj *署名に国籍制限はありません。誰でも、世界中どこからでも署名できます。 *本会署名は、氏名及び住所の記載を要請する請願法に基づいた正式署名です。 *詳細は本会HP ⇒ http://www.ritouki.jp/index.php/recommendations/koseki/
—————————————————————————————–田中 淳(金融アナリスト)台湾から「中国・China」を取り除け! コロナ誤解で“国名変更”の気運再燃【クーリエ・ジャポン:2020年6月19日】https://courrier.jp/columns/202811/?ate_cookie=1592869970
台湾では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な蔓延を契機に、公的な場で使用されている「中国、中華、China(=1945年以降台湾を実効支配している『中華民国、Republic of China』を指す)」という表記を「台湾、Taiwan」へ置き換え、台湾の存在が「中華人民共和国とは別個のもの」であることをより明確に示そうという「台湾正名運動」が約20年ぶりに盛り上がりを見せている。
◆台湾社会にあふれる「中国」「中華」
「中華航空(チャイナ・エアライン)」「中国時報(チャイナ・タイムズ)」「中国電視(チャイナ・テレビジョン)」「中華電信(チュンファ・テレコム)」「中華郵政(チュンファ・ポスト)」「中華奧林匹克(チュンファ・オリンピック)委員会」「中国進出口(輸出入)銀行」「中国医薬大学」「中華高級中学」「中華路」……など、台湾には「中国、中華」と名付けられたおびただしい呼称が存在し、一見すると中華人民共和国の組織か台湾の固有名詞かわからない。
そもそも台湾は国号(国名)からして「台湾」ではなく「中華民国(Republic of China)」。これを将来、「台湾」「台湾国」「台湾民主国」「台湾共和国」などに変えることが「台湾正名運動」の究極の目標なのだ。
「中華民国」は1912年〜49年の中国の統一国家だったが、第二次大戦後、中国大陸で毛沢東率いる中国共産党との覇権争いに破れた蒋介石と政権与党の中国国民党は、日本が植民統治していた台湾へ侵攻し、「中華民国」の国家体制をそのまま台湾に持ち込んで新たな統治者となった。毛沢東・蒋介石時代から中台(中華人民共和国と中華民国)は国際社会でそれぞれが「唯一無二で正統なChina」であることを争っている。
台湾人は戦後長らく、国民党政権によって「中華民国こそ正しく絶対的な中国で、台湾人も中国人の一部」という価値観を強いられてきたため、今でも台湾社会に「中国、中華」を冠した固有名詞があふれているのだ。
1990年代から民主化が進められた台湾では、「中国人ではない台湾人アイデンティティー」の覚醒も進み、2002年から前総統の李登輝(リー・テンフイ)や台湾独立志向の民主進歩党(民進党)出身の総統・陳水扁(チェン・シュイビエン)らが中心となって「台湾正名運動」を強力に推進し、「中華郵政」を「台湾郵政」に(※08年に中華郵政に再変更)、石油元売り最大手の中国石油を「台湾中油」に、造船最大手の中国造船を「台湾国際造船」に改めた。
ただ、国民党系の根強い抵抗や中台対立の激化を避けたい米国政府の思惑もあり、国号変更は成功せず、運動は08年に国民党出身の馬英九(マー・インジウ)が総統に就任したことで尻すぼみとなった。
◆コロナ禍の人道支援も「中国の善意」と誤認され…
「台湾正名運動」が約20年ぶりに高まっている背景には新型コロナウイルス感染症があった。
いちはやく感染の拡大を抑え、マスクの増産に成功した台湾政府は4月から、人道支援で友好国へマスク1000万枚以上を寄贈した。台湾ニュースメディア「風媒体」によるとこの際、空輸を担ったのがナショナルフラッグキャリアの「中華航空」機だったが、同社の機材にはデカデカ「CHINA AIRLINES」と明記されているため、海外メディアでは、しばしば「中華人民共和国の輸送機」「中国寄贈のマスク到着」と誤って報じられ、多くの台湾市民を落胆させた。
中華人民共和国のナショナルフラッグキャリアは「中国国際航空(Air China Airlines)」でもともと両社は外国人には区別しづらい。台湾立法院(国会)では、誤認拡大を深刻に受け止めた民進党の立法委員(国会議員)から「中華航空を台湾航空に、China Airlines を Taiwan Airlines に改めるべきだ」と提起された。林佳龍(リン・ジァロン)交通部長(交通相)も改名に支持を表明したことから、台湾政府や中華航空は今後、株主の意向を尊重しつつ改名の是非を検討していく姿勢を見せた。
6月4日、米「ブルームバーグ」はツイッターの公式アカウントで「米トランプ政権は、中国を拠点とする航空会社からの旅客便の米国乗り入れを一時停止する命令を出した」と速報したが、中華航空の機材の画像を使ってツイートしてしまった。
直後に「画像を誤ったため差し替えます」との一文を加え再送したが、林佳龍・交通部長は同ツイートに「キャプションに加筆するなど御社の迅速な対応に感謝します。煩雑な国際規約のため、China Airelines を今すぐに改名はできませんが、われわれは現在のロゴタイプや社名を使いつつ、台湾発であることをより明確に発信していきます」とリプライした。
林部長は国営通信「中央通訊社」に対し、航空会社の改名は、国際民間航空機関(ICAO)の同意を経て同機関と国際航空運送協会(IATA)からそれぞれ新たに航空会社コード(レターコード)を発給してもらわねばならず、ICAOは世界保健機関(WHO)同様、中国政府の強い影響下にあるため、「台湾」を強調した改名は「一つの中国」を外交上の原則とする中国政府が台湾独立の足掛かりとみて妨害するのは必至と語った。
(「一つの中国」は、台湾は中国の不可分の領土であり、中国の一部で、中国は一つしかないことを強調する。日本や米国を含む中国と外交関係を樹立した国々は、この原則を受け入れ、同時に中華民国=台湾を外交承認できない。)
また中華航空は19年の売上高の4割を中台路線に頼っており、改名に反発する中国政府が運航免許を取り消す可能性も高く、改名は容易ではない。
ただ同社は、今年下半期に大型貨物輸送機ボーイング 777F型機を3機投入する予定で、交通部は9月下旬にも、「台湾、Taiwan」を前面に打ち出した中華航空機3機の新塗装デザインを公表すると明らかにした。長年の慣習を考慮して「CHINA AIRLINES」表記や中華民国国花・梅をあしらったトレードマークは踏襲するものの大きさを縮小し、「TAIWAN」「(Taiwan)」などの表記を加えるものとみられる。中華航空の自社保有機材は88機で、全機の塗装を更新するには最低2年を要するという。
◆パスポートのデザインも「CHINA外し」へ?
チャイナ・エアラインの塗装とともに、クローズアップされているのが、台湾パスポートの表紙デザインだ。
パスポートの表紙には、中華民国国徽(国章)と国民党党徽(党章)を兼ねる青天白日の紋章とともに「中華民國 REPUBLIC OF CHINA TAIWAN 護照 PASSPORT」と金文字であしらわれているが、この「REPUBLIC OF CHINA」を削除すべきという動きも高まっている。
理由は中華航空と同じで、海外で「CHINA」が「中華人民共和国」と誤認されることが増えているからだ。特に新型コロナウイルス感染症が中国から世界に拡大してからは、中国人と間違えられた台湾人が欧米の空港で入国手続きに多大な労力を強いられたり、嫌がらせや差別を受けたりするケースが以前より増えている。
「自由時報」によると、「TAIWAN」の文字は2003年、「台湾正名運動」を推進する陳水扁政権がデザインに追加した。だがパッと見は目立たない。
「REPUBLIC OF CHINA」の削除案について、4月の同紙の世論調査では市民の75%が支持。与党・民進党と第三党の時代力量、独立志向の新政党・台湾基進党も賛成している。民進党の調査によると、非英語圏156ヵ国・地域のうち、46%に相当する71ヵ国・地域のパスポート表紙に英文は併記されておらず、漢字のみでも差し障りはないという。ただ、「台湾」より「中国」「中華民国」にアイデンティティーを感じる最大野党の国民党や、戦後中国から台湾に渡来した外省人とその子孫は、デザイン変更への抵抗が根強い。
また「CHINA」を削除すれば中華航空でも懸念されているのと同様、中国政府が台湾独立に向けた一歩と解釈して反発することが予想される。パスポートの表紙デザイン変更のハードルはかなり高い。台湾基進党の立法委員は、「現行デザインと台湾強調新デザインの2パターンを政府が用意し、市民が好みで選択できるようにしたらいいのでは?」と提案している。
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