*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。
◆『広辞苑』の記述に台湾からも抗議の声
岩波書店の広辞苑に、「台湾は1945年の日本の敗戦によって中国に復帰した」という説明や、中国の26番目の省として記述されているということが判明し、多くの抗議の声が上がっています。
このメルマガの読者の皆さんにとっては今更な話かもしれませんが、第2次世界大戦を終結させたカイロ宣言およびポツダム宣言は、各国首脳の署名がない空文書だという説が有力です。それによって「台湾地位未定論」が生まれたわけです。台湾はどこかに帰属する地域なのか、それとも台湾独自のものなのか。歴史を遡ってもその答えは不明確です。
日本が台湾を領有していた50年あまりの間、日本では台湾は植民地なのか、日本内地の延長なのかという議論が続いていました。そのことは、このメルマガでも折りに触れ書いていますし、拙著でもよく書いていますので、ここでは割愛しますが、日本が敗戦したことにより台湾から引き揚げた後、蒋介石の国民党軍が台湾にやってきました。ここが歴史の分岐点となったわけです。
蒋介石の中華民国と、毛沢東の中華人民共和国の二つが存在することとなり、台湾は中国とは違う独自の歴史を歩むこととなります。戦後の台湾は、国民党による白色テロ時代が長く続き、台湾人にとっては受難の時代でした。
一方で、中国では毛沢東の文化大革命が終結するまで混乱につぐ混乱が続き、国内は荒れ、人々は互いに殺し合っていました。中国も台湾も、ともに戦後はいばらの道をあゆんできましたが、それぞれが違う道を歩んでいたわけであり、台湾が中国の一部として歩んできた歴史は一日たりともありません。
岩波書店の広辞苑の中における台湾についての表記が問題だと言われているのは、次の3点です。
1、台湾の項目にある「1945年日本の敗戦によって中国に復帰し、49年国民党政権がここに移った」。
2、中国地図に、台湾が中国の26番目の省として記述されている。
3、日中共同声明の項目の記述で、「日本は台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認め た」という記述。
確かに、国民党政権は台湾に入ってきましたが、中国に復帰はしていません。台湾は中国のひとつの省ではありません。そして、日本は台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認めていません。よって、この3点が間違いだというわけです。
とくに3について、台湾は中華人民共和国に帰属するという中国の主張に対して、日本側はその立場を「十分理解し尊重する」としただけで、「帰属を認めた」わけではありません。
これらのことに対しては、いくつかの在日の台湾関係諸団体が抗議を行っており、また、台湾メディアもこのことを報道したことから、台湾からも抗議の声が出ています。
中国メディアの環球時報は、このことについて、日本がこうした「雑音」にまどわされて中国からの強い反発を招くようなことはしないはずだ、と書いているそうです。
◆台湾と中国の関係は少しずつ確実に変ってきている
確かに、日本政府としての反応はそうかもしれません。しかし、蔡英文が総統になってから、台湾と中国の関係は本当に少しずつですが、確実に変ってきています。民間レベルでは、日台の絆は深まる一方です。
私も11月22日から27日まで、台湾に滞在し、多くの各界の方々や訪台した日本人の方々とお会いしました。
目下の台湾では、国民党と中国共産党が1992年に「一つの中国」で合意したとされる「92共識」(李登輝元総統をはじめ、そのようなものは存在しない、でっち上げだという声も多数)をはじめ、中国政府からの圧力を受け入れないというのが民進党政権の「不変の原則」です。
つい最近まで台湾で懸念されていたのは、先の党大会で全権掌握した習近平が、蔡英文政権に「一つの中国」に合意しろと期限付きで迫るのではないかということ、そしてアジア歴訪のトランプ大統領に対して中国が、「北朝鮮のことは中国に任せておけ、そのかわりアメリカは台湾から手を引け」という交換条件を出してくるのではないか、ということでした。
しかし、その2つの懸念は、少なくとも表面的には起こることがなく、不安はとりあえず解消されました。台湾では、台湾の国際関係はこれからもっと安定期に入るという共通認識があります。とはいえ油断はできません。
◆台湾と中国の違いを知る日本人は確実に増えている
中華人民共和国の建国からすでに70年が経とうとしています。中国は台湾が欲しいということで、経済から外交に至るまで、伝統的な「三光作戦」(すべてを潰す)を続けています。
中国が台湾に対して行ってきた「核兵器を使用する」といった脅し、いわゆる「文攻武嚇」や、「武力行使は絶対に放棄しない」という恫喝は、統計によればこれまで千数百回に及びます。
しかし今日まで中国が「武力行使」をしなかったのは、日米欧の干渉を気にしていたことと、万が一にも台湾を取れなかった場合、中国共産党政権が潰れる可能性があったからです。だから「外交」の「三光作戦」によって、台湾を国際組織から追放し、台湾と国交を持つ国々には断交を迫り、日本の進歩的文化人や政治家、マスメディアなどに「台湾は中国の一部」という踏み絵を踏ませているのです。
それは岩波のみならず、あらゆるメディアに手を延ばし、教科書にまで圧力をかけています。最近は、こうしたことに台湾人も我慢ができなくなり、台湾のネット世代である「天然独」(生まれながらの独立派)などは日本の出版社などに抗議しています。日本の文化人やジャーナリストに対しても「日本人は『純と誠』の美徳に戻れ、ウソを言わないでくれ」と訴えています。
台湾からすると、日本の進歩的文化人は「言論の自由」を盾に、中国の主張に沿った言論を言いたい放題しているという印象なのです。日本はとくに、親中の進歩的文化人がマスコミの論調を左右する傾向があるため、人々はそれに乗せられてしまう傾向があります。
ただ、10年前までは、多くの日本人が台湾は中国だと思っていたかもしれませんが、今では少なくとも、台湾社会と中国社会の違いを知る人が多くなっています。そして、台湾と中国の関係に興味を持つ人も増えてきています。この関心こそが重要なのです。
草の根の相互交流が促進されることで、相互関心も高まります。台湾旅行を楽しんだ日本人観光客の多くが、台湾と中国の関係に関心を抱くようになれば、マスコミが垂れ流す情報を鵜呑みにするだけでなく、様々な視点からの情報を集めて自分なりに考え、答えを出すことにつながるでしょう。
それにより、マスコミが創り上げた虚像が壊され、真実に近づいていくのです。