バイデン大統領の軍事介入発言は中国牽制の意図的メッセージ

 バイデン大統領が5月23日の日米首脳会談後の記者会見で述べた台湾防衛に軍事的関与するとの発言の真意をめぐり、大きな波紋が広がっている。

 時事通信も「政界や専門家の間で『中国をいたずらに挑発する』『抑止を強める』と賛否の声が巻き起こっている」として、ポンペオ前国務長官、イアン・ブレマー、リチャード・ハース米外交評議会会長、シンクタンク「ジャーマン・マーシャル・ファンド」のアジアプログラム部長ボニー・グレイザーなどの米国側の反応を伝え、「単なる失言とは言いがたい」との見方を示している。

 また、本日の産経新聞は「日米会談舞台裏」という記事で「歴代米政権の『あいまい戦略』を逸脱するもので、『首相を含め、あの場にいた人は誰も予想していなかった』(日本政府関係者)」と伝える一方、「日本政府高官は『意図的な発言だ。大統領はロシアがウクライナに侵攻したように中国も台湾で同じことをやると思っている』と語り、中国牽制との見方を示す」とも報じている。

 産経新聞は同じ紙面で、元駐米大使の藤崎一郎氏と防衛研究所政治・法制研究室長の増田雅之氏の2人の識者にも、日米首脳会談と日米豪印首脳会合の成果についてのコメントを掲載している。

 バイデン大統領の記者会見発言について、藤崎大使は「力による一方的な現状変更は許さないと、中国に対してくぎを刺す意味合いがあったのではないか」との見方を示し、増田氏も「中国を牽制する意図的なメッセージと受け止めるべきだろう」と、両氏とも日本政府高官とほぼ同じ見解だった。

 本誌も同じ見方をしていることは、昨日お伝えしたとおりだ。昨日の本誌では、状況的に米国大統領が従来の曖昧戦略を踏み越えるような「失言」をするとは考えにくいとして、「発言は、中国に米国は台湾有事へ軍事的介入をすると思わせることで、台湾侵攻を踏み止まらせることが最大の狙いだろう」と指摘した。

 台湾は、中国の外洋への展開を扼する絶好の位置にあり、戦略的に重要な海上水路(チョークポイント)のバシー海峡に面し、日本や米国が推進し、オーストラリアや英国、EUも賛同する「自由で開かれたインド太平洋戦略」の要衝にある。

 台湾が中国に併呑されることは、米国のプレゼンスにとってもっとも大きな痛手となり、米国の地位を揺るがす事態を招きかねない。原油自給率0.3%の日本にとっても、台湾は「オイル・ルート」の南西シーレーンが通る重要な位置にある。その点で、ウクライナとは大きく異なる。

 米国と台湾の国益は一致し、もちろん日本とも一致している。米国の国益を守り、自由で開かれたインド太平洋の平和と安定化のため、中国の覇権的な行動に釘を刺すことを狙った意図的な発言だったのではないだろうか。

 米国が台湾有事に軍事介入するかどうかは分からない。ただ、米国大統領がこの時期に韓国と日本を訪問したことと軍事介入発言が、中国をよりいっそう慎重にさせる抑止効果を生んだのではないかと思われる。その点で、バイデン発言は、米国の「曖昧戦略」を逸脱していないと言える。

—————————————————————————————–日米会談舞台裏 首相「改善」はやる大統領説得 日韓合意無視「知っているはず」【産経新聞:2022年5月26日】https://www.sankei.com/article/20220525-HTGVOMKEINLYNIZ5LPU3KUOK5U/

 岸田文雄首相とバイデン米大統領が23日に行った首脳会談は、軍事や経済面で日米の脅威となっている中国への対応に多くの時間を割いた。さらに、首相はいわゆる徴用工訴訟や慰安婦問題を抱える韓国について、国家間の合意を無視してきた過去の経緯を挙げながら、日韓の関係改善に前のめりになるバイデン氏を説得した。(田村龍彦)

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 両首脳は東京・元赤坂の迎賓館でワーキングランチも含めて2時間以上会談した後、共同記者会見に臨んだ。日米のプレスや政府高官が見守る中、バイデン氏は中国が台湾に侵攻した場合に軍事的に関与するか記者に問われ、断言した。

「イエス。そういう約束だ」

 台湾有事の際の対処を明らかにしない歴代米政権の「あいまい戦略」を逸脱するもので、「首相を含め、あの場にいた人は誰も予想していなかった」(日本政府関係者)。実際、会見場で発言を聞いていたブリンケン国務長官やサリバン大統領補佐官らは顔を寄せ合い、相談を始めた。

 ただ、日本政府高官は「意図的な発言だ。大統領はロシアがウクライナに侵攻したように中国も台湾で同じことをやると思っている」と語り、中国牽制との見方を示す。

 両首脳の会談も中国の脅威が増す中、日米同盟の抑止力と対処力をいかに高めるかが議題になった。

「防衛力を抜本的に強化し、裏付けとなる予算は相当な額を確保する」

 首相が予算の裏付けを強調したのは初めてのことで、バイデン氏も正面から首相を見つめ、「日本を守る決意は揺らがない」と応じた。

 首相にとって、今回はバイデン氏と初の本格的な対面の会談だったが、周囲には「単に会うことが目的じゃない」と語っていた。外務省関係者は「すでに2人は電話会談などで個人的関係を築いており、危機への対応など具体的な話をする必要があった」と話す。

 会談で首相がこだわりをみせたのが韓国への向き合い方だ。

「あなたも副大統領の時に日韓合意に賛成していた。その後に何が起きたか知っているはずだ」

 首相は、慰安婦問題の解決を確認した平成27年の日韓合意を挙げ、バイデン氏にクギを刺した。当時、自身は外相で、バイデン氏はオバマ政権の副大統領だった。

 北朝鮮が核・ミサイル開発を続ける中、保守系の尹錫悦(ユンソンニョル)政権の誕生で、米側には日韓関係の早期改善を期待する声がある。だが、首相としては、徴用工訴訟なども含め、韓国側に問題解決の責任があると米側に念押しする意味があった。

 翌24日の日米にオーストラリアとインドを加えた4カ国(クアッド)の首脳会合は、インド太平洋の諸国との協力が議題になった。対象国・地域として東南アジア諸国連合(ASEAN)などが挙がったが、韓国の名前は出てこなかったという。首相側近は「首相のバイデン氏への働きかけが影響した」とみる。

 一方、日本政府が神経をとがらせていたのがオーストラリアの新政権の出方だった。アルバニージー首相は、親中派だった労働党のラッド政権で副首相を務め、中国に厳しかったモリソン前政権から外交方針を転換する恐れがあった。

 ただ、アルバニージー氏は首脳会合で、クアッドを重視する姿勢を示し、24日夕の首相との会談でも「外交政策は抜本的な変化はない」と明言した。

 政権幹部は胸をなで下ろすが、中国はオーストラリアの政権交代を機にクアッドの切り崩しに動くとの見方もあり、岸田外交の真価が問われるのはこれからだ。

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