トランプ政権が総統就任式当日に台湾へ魚雷18発の売却を決定した理由

 米国において台湾との関係を強化する動きが顕著になったのは、4年前からです。トランプ氏が出馬していた大統領選挙のさなかの2016年7月6日、上院が「『台湾関係法』と台湾に対する『6つの保証』を米台関係の基礎とすることを再確認する第38号両院一致決議案」を可決したことに求められます。

 米国は、台湾の中華民国と国交を断って中国と国交を結ぶと同時に「台湾関係法」を定めましたが、中国との関係を優先し続けてきた米国が方針を転換した起点がこの決議でした。

 トランプ氏が大統領に就くと、外交・軍事戦略の指針「国家安全保障戦略」(2017年12月18日)を発表し、中国を米国の国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力と位置づけるとともに、インド太平洋地域を重視し、日豪印を不可欠な同盟国と設定しました。それに呼応し、国防総省も中国を主要脅威とみなす「国家防衛戦略」(2018年1月19日)を発表しています。

 議会もまた、中国の覇権的台頭を牽制し、台湾との関係強化をはかる「台湾旅行法」(2018年3月16日)や「2019年版国防授権法」(2018年8月13日)、「アジア再保証イニシアチブ法」(2018年12月31日)などを可決し、大統領の署名をもって成立させています。

 米国の中国共産党政権への方針転換は、2018年10月4日と2019年10月24日の2年続けてのペンス副大統領の演説によく表われていて、「米国はもはや、経済的関与だけでは中国共産党の権威主義的体制を自由で開かれた社会に転換できるとは期待していない」と断言しています。

 さらに、つい最近、5月20日の蔡英文総統の総統就任式に、米国のマイク・ポンペオ国務長官が蔡英文総統を“Taiwan’s President”(台湾総統)と呼ぶ祝賀メッセージを寄せていたことも、米国の姿勢を明瞭に示しています。

 それとともに、着目したいのが台湾への武器供与です。言葉の裏付けが武器供与という行動に他ならないからです。

 周知のように、今年の蔡英文総統の就任式当日、トランプ米政権は台湾へ、米海軍が開発した対水上艦艇・対潜水艦攻撃用の大型で長射程の「Mk-48Mod6型高性能重魚雷」18発とその関連部品など総額1億8000万ドル(約190億円)の武器売却を決め、米議会に通知したと発表しています。

 これは、トランプ政権になって4度目となる武器供与の決定で、台湾の呉[金リ]燮外交部長は「米国が台湾の安全に対する保証を行動で示した。台湾の潜水艦の自主建造計画の支持の表れだ」と表明しました。

 トランプ政権が政権発足後初めて台湾に対し「Mk-48Mod6型高性能重魚雷」やSM2艦対空ミサイル部品、早期警戒用レーダーの技術支援など総額約14億ドル(約1600億円)の武器売却を決めたのは2017年6月のことでした。

 2018年9月には、F16戦闘機やC130輸送機などの交換部品など3億3000万ドル(約373億円)、2019年7月には、携帯型地対空ミサイル「スティンガー」250発と「M1A2エイブラムス戦車」108輛など計約22億ドル(約2400億円)の売却を決定し、翌8月にもF16V戦闘機66機の売却を決定しています。F16V戦闘機66機の売却総額は80億ドル(約8500億円)にものぼり、米台間の武器売買としては最大規模と言われています。

 米国は2019年7月と8月に立て続けに台湾への武器売却を決定し、米国の政策転換が目に見える形で提示されました。大きな転換点と言えます。

 台湾が日本の「自由で開かれたインド太平洋構想」や米国の「インド太平洋戦略」にとって要となる地政学的に重要な位置にあることは、他言を俟つまでもありません。

 蔡英文総統は5月20日の総統就任演説で「台湾は、インド太平洋地域の平和、安定、繁栄に向けてより積極的な役割を果たすことを願ってきました。これらの政策の方向性は、今後4年間でも変わりませんし、もっとやっていきます」と述べています。台湾が西太平洋地域の平和と安定に寄与できる機会を拡大することは、世界の安全保障に貢献することであり、日本及び米国、インド、オーストラリアなど価値観を共有する国々の国益に合致しています。

 その点で、米国の今般の総統就任式当日に高性能重魚雷18発の供与を発表したことは、蔡英文政権への祝意とともに、米国が台湾の役割に期待を示していることの表われであり、中国を強く牽制するシンボリックな決定だったのではないでしょうか。

 米国による今回の高性能重魚雷18発の売却について、産経新聞の台北支局長をつとめた田中靖人氏は「台湾への大型魚雷売却が象徴する米国の政策転換」と題し、米国には「台湾が攻撃能力のある潜水艦を保有すること自体を望まなかった時代」もあったことなど、これまでの軌跡を紹介しつつ「米国側の大幅な方針転換」と指摘しています。

 潜水艦の自主建造を容認するという点からは確かに「大幅な方針転換」で、これまで述べてきたように、米国の台湾への方針転換は2016年7月を起点とし、2019年7月と8月の最大規模の武器売却という大きな転換点を経て、今回の高性能重魚雷18発の売却決定という流れになっています。台湾にとっても、台湾を生命線とする日本にとっても、歓迎すべき米国の「方針転換」です。

—————————————————————————————–台湾への大型魚雷売却が象徴する米国の政策転換【産経新聞:2020年6月15日】https://special.sankei.com/a/international/article/20200615/0001.html

 トランプ米政権が5月、台湾の蔡英文総統の2期目就任式に合わせ、台湾が自主建造する潜水艦向けに大型誘導魚雷MK48の売却を発表した。米側の決定は、米中対立が深まる最近の情勢からみても一歩踏み込んだものだが、過去の経緯を振り返ると、台湾側の苦心と、米国側の大幅な方針転換の軌跡が浮かび上がる。同時に、転換の要因となった中国の軍事力の台頭も強く印象付けた。(前台北支局長 田中靖人)

◆攻撃力が大幅に向上

 米国が5月20日の総統就任式直後に魚雷18発の売却を発表した際、大きく報じた海外メディアは皆無だった。2017年6月にも、同型の魚雷の売却を発表していたためとみられる。

 米国が台湾に売却するのは17、20年決定分ともに、MK48の能力向上型のうち「Mod6AT(Modは改良、ATは先進技術の略)」と呼ばれるタイプだ。台湾のネットメディア「上報」によると、この型は非NATO(北大西洋条約機構)諸国向け。米国はNATO加盟国であるカナダ、オランダにはさらに能力が高いMod7型を供与し、自国でも使用している。米国は近年、F16戦闘機やAH64攻撃ヘリ・アパッチでは台湾に最新型を供与しており、機密性が高く攻撃力の高い潜水艦の分野では供与する兵器の等級を下げる米国の冷徹さもうかがえる。

 それでも、台湾の中央通信社などによると、売却が決まったMK48の最大射程は約50キロ、終末段階の時速は100キロに達する。弾頭重量は約300キロで、米軍が過去に行った演習では、排水量1・8万トンの揚陸艦などの標的を1発で撃沈している。

 17年の売却決定分は、台湾が1980年代後半にオランダから購入したズバールトフィス(メカジキの意、台湾での呼称は剣竜)級潜水艦2隻向けだ。2隻は延命改修を予定している。上報によると、MK48のMod6ATは、同級が搭載しているドイツ製SUT大型魚雷と比較して、速度で60%、高速時の射程で150%以上の能力がある上、静粛性が高く敵に探知されにくい特徴がある。このため、台湾の潜水艦が、自分の位置を知られずに効果的に攻撃できる可能性が高まるという。中国側からみれば、潜水艦や空母、揚陸艦などへの脅威が高まることになる。

◆過去には台湾の潜水艦建造に難色

 ブッシュ(子)米政権は2001年4月、台湾にディーゼル潜水艦8隻の売却方針を決定したが、この売却は実現していない。このため、米国が現在、台湾の潜水艦の建造計画を支援するのは当然だとする見方もある。

 だが、米国は当時、売却の意向はあっても、台湾が潜水艦を自力で建造することには反対していた。米議会調査局の報告書によると、ウォルフォウィッツ国防副長官(当時)は04年6月、訪米した台湾の立法委員(国会議員に相当)団に対し、台湾での建造に反対を表明。米国防総省は同年5、7月の2度にわたり、公式書簡で台湾側に反対の意向を通知している。反対の理由には価格の上昇に加え、台湾での製造では海外企業が参加せず計画自体が頓挫するリスクを挙げた。

 さらにさかのぼれば、米国は台湾が攻撃能力のある潜水艦を保有すること自体を望まなかった時代もある。台湾が現在保有する潜水艦は、米国が供与したガピー級2隻と、先述のオランダ製の2隻のみ。ガピー級は第二次世界大戦期の型式で、1隻目の「海獅」は1944年、2隻目の「海豹」は46年にそれぞれ進水し、70年代に台湾に引き渡されている。

 台湾の海軍司令部が発行する「海軍学術」の2019年8月の論文によると、19710年のキッシンジャー極秘訪中を受け、当時同盟関係にあった米台の国防当局者が協議。将来の米台関係の変化に備え、台湾の対潜戦(ASW)能力維持のため、訓練用にガピー級2隻の供与を決めたという。だが、その後、台湾側が新型潜水艦の供与を求めても米国は一貫して応じず、攻撃力を備えた潜水艦を望んでいた台湾海軍はオランダに活路を求めた。

 先に述べた通り、オランダ製の剣竜級2隻は現在、ドイツ製の魚雷を搭載している。オランダは当時、米国製のMK37魚雷を使用しており、オランダが台湾に魚雷を引き渡すには米国の許可が必要だった。このため、台湾側は別に米国と交渉したが、米側は水上艦発射型の魚雷の売却にしか応じなかった。台湾側はインドネシア政府の仲介でドイツ企業と契約し、剣竜級用の魚雷を確保したという。

◆転換の背景に中国海軍の増強

 こうした経緯からみると、米国が今回、台湾の自主建造潜水艦向けに大型魚雷18発の売却を決めたのは、大きな転換であることが分かる。その背景に、中国海軍の急速な近代化による艦艇の大型化・高速化と数量の増加があることは疑いの余地がない。

 ただ、米台間で、中国海軍の脅威評価に微妙な食い違いがあることもうかがえる。17年に米側が発表したMK48の売却予定数は46発。これに対し、台湾側は実弾24発、練習弾4発の購入にとどめた。米側の提示した価格が2億5千万ドル(約270億円)と高額だったためだ。

 今回の18発の価格は1億8000万ドルと、1発当たりの価格は2倍近く上がっているが、台湾側が応じれば、台湾が保有する実弾数は42発と、米側が17年に売却を予定した弾数に近づく。米側は台湾の潜水艦の隻数と、標的とする中国海軍艦艇の隻数の双方を考慮して売却数を決めているはずで、台湾側の脅威認識が3年越しで米側に追いつく形だ。

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