【話の肖像画(4)】30年ぶりに台湾に帰る  羅 福全(元台北駐日経済文化代表処代表)

産経新聞のコラム「話の肖像画」が9月13日から5回にわたり、台北駐日経済文化代表処代表(駐
日台湾大使に相当)や亜東関係協会会長などを歴任した、日本でもなじみの深い羅福全氏を取り上
げている。聞き手は、金谷(かなたに)かおり記者。

 連載第1回の冒頭に記すように、羅福全氏は本年3月、自叙伝『台湾と日本のはざまを生きて─世
界人、羅福全の回想』(藤原書店、陳柔縉編著、小金丸貴志訳)を出版している。

 本書は、台湾のコラムニストの陳柔縉氏による『榮町少年走天下─羅福全回憶録』(遠見天下出
版社、2013年)の日本語訳で、本会会長に就任する直前の渡辺利夫氏(拓殖大学前総長)が序文
「『棄(すつ)るは取るの法なり』の人生を生きた台湾人」を書いていて、羅福全氏を下記のよう
に紹介する。

<羅福全の人生は、一面では、台湾の運命によって余儀なくされた不可避のものであった。しか
し、他面では、国民党のブラックリストに載せられて安住の地を放棄させられ、母上逝去の報せを
受けても帰郷できないという、普通の人間であれば呪うべき己の人生を、まるで逆手に取るように
自在に操り、ついには世界に知のネットワークを張ることに成功した希有の人物である。>


30年ぶりに台湾に帰る  羅 福全(元台北駐日経済文化代表処代表)
【産経新聞:2016年9月16日「話の肖像画(4)」】

http://www.sankei.com/world/news/160916/wor1609160008-n1.html
写真:国連職員としてオーストリアで開かれた国際問題の会議に出席(前列左から3人目、本人提供)

〈国連に勤務していた1980(昭和55)年、対外開放が始まって間もない中国を訪れた〉

 中国から名古屋の国連地域開発センターに派遣された女性がいて、ぜひ中国を見てほしいと招待
を受けました。トウ小平(当時の最高指導者)による「改革開放」はまだ始まったばかり。どれく
らい貧しいかというと、食堂では「糧票」という配給券が必要でした。カメラを手に王府井(北京
の繁華街)に行くと皆、珍しそうに見にきたものでした。

 天安門事件翌年の90(平成2)年には、北京大学で地域開発などに関する講義をしました。講義
が終わり学生と一緒に食事に行ったら、彼らが天安門事件の話題を出したのです。最近はどのよう
なことをしているのかと聞いたら、「小さな瓶を投げつけている」と。これは、中国語では「●小
瓶」といい、トウ小平と同じ発音なのです。

〈台湾では、民主化の父とされる李登輝総統の下で、ブラックリストが廃止される。92年、約30年
ぶりに台湾へ帰った〉

 台湾で開かれる学会に招かれました。ただリストの廃止は8月からで、学会は5月。台湾のパス
ポートは発行されましたが、空港に着いてから2時間待たされました。台北の妻の実家に泊まった
のですが、着いた途端に警察が私たちが確実に帰っているかどうか調べに来ましたね。

 母は80年、実家のあった嘉義で亡くなりました。私は0歳で姉とともに父の兄弟の養子となって
いるので、養母にあたります。養父は私が養子となってすぐ亡くなりました。母は能力のある女性
でした。戦後、嘉義に戻ると経営が低迷していた親族の旅館を買い取りました。私がアメリカで台
湾独立運動に関わるようになると応援してくれ、私がアメリカで博士号を取ったら周りに自慢して
いた。亡くなったという知らせを受けても私は帰ることができません。母への気持ちを込めて写経
をし、嘉義へ送って一緒に火葬してもらいました。

 母親が違う兄はそのころもう80歳で、私とは23歳の年の差があります。推薦で旧制台北帝国大学
に入り、医者になった優秀な人で、子供のころから憧れの存在でした。子供たちも医学部に進学さ
せました。私は医学をやらないで国連の仕事をしてきたわけですが、兄貴は「おまえはよくやった
ぞ」と褒めてくれました。何十年も台湾に帰らず親孝行もできなかったので、こういわれると何と
もいえません。

〈2000(平成12)年に国連を定年退職。台湾では同年、総統選で台湾本土派の民主進歩党(民進
党)から立候補した陳水扁氏が当選し、初の民進党政権が発足。羅氏に駐日代表の話が来た〉

 退職して台湾に戻るつもりでしたが、知人から内々に打診され、私は台湾のためならばやろうと
思いました。陳氏が私を選んだ理由は分かりませんが、おそらくアメリカ留学経験者が、私が国連
職員として方々で仕事をしていたことをよく知っていたのではないかと思います。代表就任が決ま
り、再び日本に滞在することになりました。

                                 (聞き手 金谷かおり)

                   ◇

【プロフィル】羅福全(ら・ふくぜん)
1935(昭和10)年、台湾・嘉義市生まれ。41年に日本へ行き、終戦を迎える。46年に台湾へ戻り、
58年に台湾大学を卒業。60年に早稲田大学に留学し、修士号取得。63年に米国ペンシルベニア大学
へ留学し、地域科学博士取得。73年から国際連合職員となり、国連地域開発センターや国連大学な
どで勤務。2000年、台北駐日経済文化代表処代表。04年、台湾の対日窓口機関、亜東関係協会会
長。現在は民間団体、台湾安保協会名誉理事長。


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