闇に消える「尖閣衝突」法的処理  渡辺 利夫(拓殖大学総長・学長)

闇に消える「尖閣衝突」法的処理  渡辺 利夫(拓殖大学総長・学長)
東京都のホームページ「東京都尖閣諸島寄附金について」の中に「これまでにお寄せい
ただいた寄付金」が明示されている。昨日(5月11日)正午現在の速報で、35,821件、計4
億6979万6129円が寄せられたことを発表している。

 石原慎太郎知事も昨日の定例記者会見で、この寄付について触れつつ、起業家から1億円
の寄付の申し出があったことを明らかにして、「東日本大震災が引き金となり、国土がい
かに大切かという意識が呼び起こされた。国が何もしないなら、自分たちの手で国を守り
たいという意識の表れ。うれしさで胸がいっぱいだ」と述べたと報じられている。

 安倍晋三・元首相も「私は石原さんを断固支持しますよ。……もはや一刻の猶予も許さ
れない。きちんと国家が意志を示す時期が来ているんですよ。山谷えり子参院議員らと特
定国境離島を守るため、国有化条項を盛り込んだ法案を早急にとりまとめ、議員立法で成
立させたいと思っています」(5月11日付産経新聞「単刀直言」)。

 一方、拓殖大学の総長・理事長の渡辺利夫氏は、産経新聞の昨日の「正論」欄で、一昨
年9月に起こった中国漁船による海保巡視船への体当たり事件の法的処理問題を、鬼気さえ
迫る筆致で取り上げている。

 渡辺氏は那覇地検の対応や「日本政策研究センター代表の伊藤哲夫氏ら5人による那覇検
察審査会への不服申し立て」の法的経緯の詳細を伝え、「尖閣を含む南西諸島を無法の海
域」としないため、「正当な法的手続きを経て強制起訴に至った事案」なのだから「まず
は船長の召喚を中国に要求すべし」と野田首相に迫っている。

 まさに、文字どおりの「正論」であり、後世の日本人にも読ませたい、大和心が発露す
る魂の一文だ。多くの方が読んで共感しているかと思うが、改めて本誌でご紹介したい。

◆東京都尖閣諸島寄附金について
 http://www.chijihon.metro.tokyo.jp/senkaku.htm


闇に消える「尖閣衝突」法的処理  渡辺 利夫(拓殖大学総長・学長)
【産経新聞:平成24(2012)年5月11日】

 国家主権侵犯への無関心は不道徳である。一昨年9月に尖閣諸島海域で発生した中国漁船
衝突事件は日本人を驚愕(きょうがく)させた。だが、この事件の法的処理がどういう経
緯をもって現在に至っているのか、この点についての関心を日本人は失ってしまったかに
みえる。

◆主権問題での不誠実は重大

 日本の領海内で海上保安庁の2隻の巡視船に体当たりした中国漁船の●其雄船長を、公務
執行妨害罪で逮捕したのは当然であったが、あろうことか、那覇地検が同被疑者を処分保
留のまま釈放してしまうという不可思議な事件であった。実は、首相官邸は那覇地検のこ
の対応をもって事件の幕引きを図ろうとしたのである。官房長官は問われれば、今でも
「検察独自の判断を尊重する」と発言している。政権中枢部が主権問題についてかくも不
誠実な姿勢に終始するのであれば、日中関係の将来に重大な禍根を残すことになろう。

 船長釈放に至った理由として、那覇地検は「日中関係の将来について考慮するならばこ
れ以上船長を拘束して捜査を継続するのは相当ではない」旨の説明をした。まことに重大
な虚言であった。検察官の職務は、送致されてきた犯罪事案について捜査を重ね、これを
起訴するか不起訴処分とするかを決定することである。

 刑事司法における検察官の権限は際立って強い。起訴権限は検察官が独占する(起訴独
占主義)。他の何ものにも妨げられず法と証拠のみに依拠して任務を遂行させるための法
的措置である。法と証拠のみをもってする捜査から「日中関係の将来への配慮」など生ま
れるはずもない。この配慮はまぎれもない「政治的判断」であり、検察の明白な越権行為
である。

◆地検に屈辱的対応迫った官邸

 ひょっとしてだが、那覇地検が「日中関係の将来に配慮して」とわざわざ前置きして船
長釈放に至った経緯を述べたのは、「自分たちにはできもしないことをやらされているの
だ」という、せめてもの抵抗のシグナルを国民に送りたかったからだという推察さえした
くもなる。法と証拠のみをもって起訴、不起訴を決定することが刑事司法のプロフェッシ
ョナルたる検察官の仕事であり、政治判断などできないことを一番よく知っているのが彼
らだからである。

 政治的判断がまったく排除されているわけではない。法務大臣には指揮権発動の権限が
あり、これをもって検察を指揮することは可能である。犯罪疑義が濃厚であっても、外交
的配慮を優先させ指揮権によって船長を釈放するというのであれば、国民を深く失望させ
はしても法的な正当性は確保される。しかし、尖閣衝突事件で指揮権が発動されることは
なかった。

 中国からの執拗(しつよう)で強硬な船長釈放要求を受けて、官邸が那覇地検に屈辱的
な対応を迫ったというのが真相なのであろう。実際、仙谷由人官房長官(当時)のブレー
ンとして内閣官房参与を務めていた評論家の松本健一氏は「釈放は政治的判断でなされ
た」と証言していたではなかったか。政権首脳部の姑息(こそく)な虚言により、尖閣衝
突事件の法的処理は闇の中に消えてしまったかのように思われた。

 しかし、この事件が闇に葬られることはなかった。日本政策研究センター代表の伊藤哲
夫氏ら5人による那覇検察審査会への不服申し立てがあったからである。これを受けて検察
審査会は昨年4月18日に、公務執行妨害罪などで船長を「起訴相当」として議決した。

 地検側は「再捜査」の上で6月28日に改めて「不起訴」としたものの、検察審査会はこれ
に同意せず再度の起訴相当を7月21日に議決した。検察審査会が2度にわたり起訴相当を議
決すれば「強制起訴」となることは、小沢一郎民主党元代表の事案と同様である。

◆中国漁船船長の召喚求めよ

 この第2回の検察審査会の議決書においてとりわけ重要な指摘は、第1回の審査会の起訴
相当を受けてなお「検察官は、海上保安庁への照会等はしているものの、被疑者に関す
る、中華人民共和国当局への情報提供申し出や捜査共助の申し入れを行っていないので、
再捜査を尽くしたとは言えない」としているところであろう。政治判断であるがゆえに再
捜査は尽くせるはずもない、と皮肉っているがごとくである。

 今年に入って3月15日、ついに強制起訴がなされた。那覇地裁による指定弁護士赤嶺真也
氏など2人が検察官役となって、被疑者●其雄船長を公務執行妨害罪で強制起訴し、那覇地
裁で公判を開こうというところにまで司法手続きは進んだ。那覇地検は起訴状を被疑者に
送るものの、船長はすでに帰国している。起訴状が2カ月以内に被疑者に送達されない場合
には公訴棄却となる、というのが日本の刑事訴訟法の規定である。公訴棄却の期限が刻々
と迫っている。

 野田佳彦首相よ、尖閣漁船衝突事件の処理を日本の法理に基づいて厳正に進めよ。尖閣
を含む南西諸島を無法の海域としてはならない。正当な法的手続きを経て強制起訴に至っ
た事案である。まずは船長の召喚を中国に要求すべし。     (わたなべ としお)

●=擔のつくり

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