論考:「中国の覇権的な海洋進出とわが国の対応」

論考:「中国の覇権的な海洋進出とわが国の対応」
岡崎研究所 理事 金田 秀昭

 中国(中華人民共和国)の将来動向は、色々な意味で、地域や国際社会の重要な関心事
となっている。取り分け、中国の海洋を巡る覇権的行動が及ぼす地域安全保障への懸念が
増大している。

 1978年に「社会主義市場経済」のメカニズムを導入して改革・開放路線をとって以降、
中国は、政治的、経済的に、地域大国として成長し続けている。他方、軍事面では、核兵
器の近代化、各種弾道・巡航ミサイルや海空軍力の急速な近代化・増勢、宇宙やサイバー
の強化を進めており、また近年は東シナ海、南シナ海、西太平洋などの海域で覇権的な行
動をとるようになってきた。こういった中国の海洋における覇権的行動は、日本や台湾を
含む北東アジア、東南アジア及び南アジア地域の諸国との摩擦を生じ、時としてホットな
状況を生起させるなど、地域や国際社会の警戒心を呼び起こしている。こういった中国の
動向に対し、海洋国家日本は如何に対応すべきであろうか。

1.中国の覇権的な海洋侵出

 1970年代に南シナ海で始まった中国の海洋侵出は、80年代から東シナ海や日本の領域周
辺、更には西太平洋の日本の排他的経済水域(EEZ:Economic Exclusive Zone)で、その
勢いを徐々に拡大していくようになった。

 先ずは東シナ海での海底資源の開発のため、日中中間線西側海域の資源探査のためのボ
ーリングから始め、90年代には平湖ガス田、2000年以降は、中間線近傍の春暁(日本名:白
樺)などのガス田を建設するに至っている。一方、尖閣諸島を巡る係争に関連しては、1971
年以降、現在に至るまで中国の軍艦、公船、漁船、民間団体などによるわが国主権への挑
発行為が頻発している。10年には、中国漁船が領海で取り締まり中の日本の巡視船に故意
に衝突するという事態が発生した。

 一方、中国海軍の水上部隊(潜水艦を伴う場合もある)による日本周辺海域への侵出
は、90年代から東シナ海西方で編隊航行などが確認されていたが、2000年の情報収集艦に
よる日本周航を皮切りに、01年以降は日本のEEZ内となる小笠原諸島周辺、硫黄島から南西
諸島に掛けての西太平洋海域、更にはグアム島周辺海域などで、対潜作戦用と見られる海
洋調査が盛んに行われ、04年には漢級原潜による不法な潜航領海侵入事案が、06年には宋
級潜水艦による米空母近傍浮上事案が沖縄周辺海域で生起した。

 近年は多種、多数の水上部隊による演習・訓練を盛んに行うようになった。08年に4隻の
駆逐艦部隊が日本海から侵入して日本を周航して以降、08年に更に1回(4隻)、09年に1回
(5隻)、10年に3回(6隻・10隻・2隻)、11年に3回(11隻・6隻・5隻)、12年では現在まで1
回(4隻)、いずれもわが国の南西諸島や台湾近海を通航するなどして、沖ノ鳥島周辺を含
む西太平洋やフィリピン海に侵出し、各種洋上訓練を行っていることが確認されている。
また11年には水上艦2隻が対馬海峡を通って日本海で行動した。

 このように中国海軍は、沿岸から近海、そして外洋(遠海)へとその行動範囲を逐次拡
大し、遂には西太平洋などで定常的に外洋訓練を繰り返し行うようになった。これには、
国内外に向けた外洋での行動能力や総合戦闘力の誇示、あるいはEEZ基点を巡って日中の争
点(岩か島か)となっている沖ノ鳥島周辺での政治的な示威行動などの意味があると指摘
できよう。より軍事的には、米国や日本の対応を研究し、データの蓄積と分析、彼我の強・
弱点の把握、教訓を取り込み、今後の戦略・戦術構築に反映させる意図もあると考えられ
る。

2.中国の海洋戦略

 80年代に、鄧小平の信任を受けた海軍司令員の劉華清は、台湾武力統一に加えて自国防
衛及び天然資源確保のため、日本列島、南西諸島、台湾、フィリピン、ボルネオを結ぶ
「第1列島防衛線」を絶対海上防衛線とする「近海防御」戦略を策定する。この防衛線内
には、中国の「核心的利益」である台湾のみならず、わが国の尖閣諸島を含む東シナ海、
ASEAN諸国が領有権を主張する南シナ海をも包摂する。中国は自国防衛上の絶対防衛圏とし
て設定した「第1列島防衛線」と中国大陸南岸線で囲まれる南シナ海を「聖域」化する一
方、東シナ海の「制域」化に乗り出し、更に戦力の拡充と外洋行動能力の向上に伴い、中
国の前程防衛圏(海防辺彊)を東方に拡大して、千島列島西部、小笠原諸島、マリアナ諸
島(グアム)からニューギニア島に至る概ね東経150度の「第2列島防衛線」の内側海域に
ついて、戦略的な「緩衝帯」化を目指し始めた。この「緩衝帯」には、我が国の太平洋島
嶼やEEZ、重要なシーレーン(軍事・交易)が、ほぼすっぽりと入る。

 中国海軍はこの「緩衝帯」を、究極的には海自の能力を凌駕し、西太平洋での覇権を争う
米海軍の行動を抑制し、台湾問題などが生起した場合は、海自や米海軍来援部隊の前程阻
止を図る海域と位置付けている。そして「近海防御」戦略を完整するため、この海域で活
動可能な戦略原潜、攻撃潜水艦を中心に、大型の水上戦闘艦、空中給油可能な基地航空
機、対艦弾道・巡航ミサイルなどの増勢を進め、いわゆる近接阻止・地域拒否(A2/AD)構
想の構築を目指している。近年は、米空母を主目標とする対艦弾道ミサイルや、初の航空
母艦の就役も近いと見られている。それに連れて中国海軍の戦略は、従来の「近海防御」
の概念を超えて、2007年、胡錦濤主席による「遠海防衛」の提起に至るようになった。

3.中国の軍事力増強

 中国の軍事力近代化においては、取り分け、「核心的利益」である台湾問題への対処、
具体的には台湾の独立および外国軍隊による台湾の支援を阻止する能力の向上が、最優先
の課題として念頭に置かれているが、近年は台湾問題への対処を遥かに超えたレベルの任
務遂行を可能とする能力の獲得に鋭意取り組んでいる。

 2010年には、75隻の近代的な水上艦、戦略原潜を含む60隻の潜水艦などを有し、台湾海
軍どころか海上自衛隊をも上回る陣容を整えるに至った。また従来から専門家の間で指摘
のあった中国海軍の弱点とされる後方支援能力の改善・拡充にも注力しており、急ピッチ
で増強中の水陸両用艦の整備と併せ、台湾本島のみならず、尖閣諸島や南西諸島など、わ
が国の南西方面の離島への攻略能力も整えようとしている。

 中国は、軍事力近代化の長期的な計画として、国防及び軍近代化の3段階発展戦略を示
し、「2010年までに基礎を確立し、2020年までに機械化を基本的に実現させ、情報化建設
において重大な進展を成し遂げ、21世紀中葉には、目標を基本的に実現する」との目標を
掲げている。海軍は人民解放軍の戦略軍種として位置付けられ、近海での総合作戦能力、
戦略抑止・反撃能力を向上させ、更に遠海での国際協力及び非伝統的安全保障分野の脅威対
応能力を発展させることが求められている。

 これらから推定すれば、中国は軍事力近代化を鋭意継続する中でも、海上戦力の増強に
重点を置き、戦略原潜や攻撃型潜水艦(原潜及び通常型)、航空母艦を基幹とする機動部
隊を中心として、各種の近代化戦闘艦艇、支援艦種に至るまでの総合的な戦力向上を図っ
ていくものと見積もられる。このまま行けば、米国防予算の長期削減とも相俟って、2020
年には、「米海軍を上回る大海軍」(ラムズフェルド元米国防長官)を擁するのは確実と
さえ見積もられているのである。これが実現するか否かはともかく、中国が今後、増強す
る海軍力を背景に、益々、海洋における覇権を強く追求していくことは間違いないであろ
う。

 中でも、空母艦隊の完成による戦力投射能力の増強は、地域の軍事バランス上危険な水
準に達し、中国政治指導者を軍事力行使に駆り立てる危険性を伴っている。またそれ以前
に、漢級原潜の潜航領海侵犯事案でも見られたように、軍部(人民解放軍)の能力誇示の
冒険的意欲を、軍務経験のない胡総書記や温首相、習近平を始めとする後継者などの政治
指導者が統制できない場面が出てきているのも危険な兆候である。

4.周辺海域防衛と日米同盟

 わが国周辺海域やシーレーンの安全確保が阻害されれば、国際経済のみならず、地域や
沿岸国家の安全保障に大きな悪影響を与える。特に日本にとって、海洋の自由な利用は
「生存」と「繁栄」をもたらす基本的な要素であり、シーレーンの安全確保は致命的に重
要である。しかし、シーレーンは広域にわたるものであり、日本一国だけで安全を確保す
ることは出来ない。

 日本は、戦後一貫して強力な海洋防衛コミットメントを提供する米国との連携(海洋防
衛同盟)を重視し、維持してきた。国際安全保障環境が大きく変わっていく中で、長期的
に見て、国際社会での「指導者としての地位の岐路」にある米国と「国家としての盛衰の
岐路」にある日本にとって、海洋防衛同盟の維持は緊要であり、両国共にその継続を望ん
でいる。

 日米は共に長所と短所を持つが、両国の関係においては、グローバル・パワーとしての
米国と、インフルーエンシャル・パワーとしての日本が「2人3脚」の補完関係を持つこと
が重要である。この関係が維持されることにより、日米同盟は、米国と日本の双方にとっ
て好ましいことであるのみならず、自由民主主義を基調とする国際システムの安定的な維
持、発展という意味において、台湾を含む地域社会や国際社会に対しても、好ましい結果
をもたらすキーファクターであり続けよう。

 より直截に安全保障の面からは、中国による戦略的な「緩衝帯」化の意図が明らかとな
ってきた我が国の領域やEEZ、台湾やシーレーンの防衛を、如何にして保全するかが問題と
なる。この海域の地図を見れば、日本列島、南西諸島、グアム島を結んだ三角地帯と中国
の戦略的な「緩衝帯」が、ほぼ一致していることが分かる。在沖縄海兵隊のグアムなどへ
の移転を契機として、この三角地帯や東シナ海で、米軍や自衛隊が共同で航空機や艦船の
運用を活発に行い、制海能力を顕示することが出来れば、中国の野望を挫くことも可能と
なろう。即ちこの三角地帯は、中国の戦略的な「緩衝帯」を脆弱化するための「戦略デル
タ海域」の意味を持つ。尤もこのためには、日本自身が原子力推進の攻撃潜水艦や戦術航
空機を搭載した航空母艦を運用するなど、海空兵力の充実を図ることも必要となると考え
なければならない。

5.死活的に重要な台湾の防衛

 日米にとって台湾の戦略的重要性は論を待たない。上述した戦略デルタ海域の西端とな
る南西諸島は、台湾本島と接している。潜水艦を含む中国海軍部隊が第1列島防衛線から西
太平洋方面に侵出する際には台湾近海を通過する。台湾が中国の支配下になれば、これが
フリーパスとなる。日米台3カ国は、「戦略デルタ海域」の重要性に関する認識を改めて共
有し、より踏み込んだ安全保障・防衛協力関係を構築して、A2/AD構想の構築を目指す中国
の企図を阻止すべきである。

 この点に関し日米同盟には一定の進展がある。2011年6月にワシントンで行われた日米安
全保障協議会(2+2)での共同発表においては、中国に対し、国際的な行動規範の遵守を
促し、軍事力の近代化や活動についての開放性や透明性を高める措置を強化する方針を示
す一方、中国の海洋侵出を念頭に、航行自由の原則の維持、海上交通の安全や海洋の安全
保障、更に日米豪防衛協力の強化、日米印対話の促進、日米ASEAN安全保障協力の強化など
が明記された。日米同盟は、民主党が政権を掌握して以降、普天間移設などで停滞してい
る部分もあるが、深化している部分もあるのだ。しかし台湾防衛問題は不明確にされたま
まだ。

 中台紛争が現実のものとなった場合、米国は参戦する。日本は周辺事態法を発動して米
軍を支援するであろう。戦場が日本の領域に近接していることから、政府が武力攻撃事態
と認定すれば、個別的自衛権により防衛出動を発動して対処することとなろう。しかし参
戦中の米軍や台湾軍に対する軍事的支援が必要となった場合はどうするのか。

6.集団的自衛権の行使

 日本政府は「権利は保有しているが行使できない」とする憲法解釈由来の神学論争から
脱して、集団的自衛権の問題に現実的に向き合うべきである。そして同盟国である米国は
当然として、必要な場合に、台湾への「集団的自衛権の行使」を可能とする条件を明確化
し、更に「武力行使の一体化」といった派生する問題も是正するべきである。

 そもそも国連憲章に基づく「集団的自衛権」は、自国と密接な関係にある他国に対する
武力攻撃が「(その密接な関係ゆえに)客観的に見て自国に対する攻撃に等しく、現実に
その危険が明白であ(り、その攻撃が自国に対するものと認められ)る場合に」反撃する
権利のこと」であり、「被攻撃国との密接性」および「自国防衛との相関性」の2つを要件
とするというのが国際的に一般的となっている解釈である。

 しかし日本政府の立場は、「憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、
わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団
的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されない」とし
て、個別的自衛権の行使は許されるが、集団的自衛権の行使は容認していない。即ち日本
政府は、上記二要件に加え、憲法解釈に由来するとする「自衛行為の限界性」を要件とし
て加え、結果として日本国憲法の認めるところでないとの立場をとってきた。しかし国際
的な解釈からすれば、「自衛行為の限界性」は、集団的自衛権行使の要件としてではな
く、集団的自衛権を実際に行使する際、個別的自衛権の行使の際と同様に、自衛のための
反撃行為の程度が過剰であるか否かを忖度するものであって、集団的自衛権行使の要件と
なるべき性質のものではないことは明らかである。

 一方、日米安保条約(第5条)では、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか
一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め」、
「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」としてい
る。即ち、米国が日本の施政権下にある領域における日本への攻撃や、日本が日本の施政
権下にある領域における米国への攻撃に際し、「自国の平和及び安全を危うくするもので
あることを認める」ことによって、日米による「共通の危険に対処するような共同行動」
を執ると規定されており、明らかに、日本領域における両国の自衛のための集団的な共同
防衛行動を容認しているのである。

 更に、この条文解釈を敷衍すれば、現代戦の様相からして「日本国の施政の下には無い
が、隣接した近傍の地域における米国に対する武力攻撃」に際しても、その態様から「日
本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃とみなすことが論理
的に可能」であれば、これを「自国の平和及び安全を危うくするものであることを認
め」、攻撃を受けている米国(日本)に対し、日本(米国)が集団的自衛権を行使するこ
とも可能となり得るのである。

 日米同盟に関して言えば以上の通りであるが、同盟国で無い台湾に対して集団的自衛権
が行使される要件を満たすか否かは、議論すらされていない。わが国政府は、台湾との国
交正常化を図る一方、安全保障基本法の制定や憲法改正を視野に入れつつ、速やかに集団
的自衛権を含む国家の安全保障に関わる基本問題に関する議論を開始し、国内外に宣明す
べきである。

 他方、台湾自身の努力として期待するのは、国家としての周辺海域やシーレーンの防衛
能力向上の取組みである。私見ではあるが、台湾として、先ずは米国から導入中の強化さ
れたC4ISR機能を有する海空を主体とする近代的装備の実際的運用に全軍が速やかに習熟し
て、「総合的な(Comprehensive)制海・制空能力」という近代戦遂行能力を獲得するため
の努力に国家の総意として邁進することが望まれる。その上で将来に向け、戦略的対潜戦
遂行、広域情報収集、弾道・巡航ミサイル防衛、洋上防空などの能力の保有や維持向上に
鋭意努力していく必要があると考える。

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