李登輝先生を偲ぶ─本会の李登輝先生を偲ぶ活動など 『日台共栄』編集部

李登輝先生を偲ぶ─本会の李登輝先生を偲ぶ活動など 『日台共栄』編集部

【機関誌『日台共栄』2月号「巻頭言」:2021年2月1日発行】

 2020年(令和2年)7月30日午後8時24分(日本時間7時24分)、李登輝元総統がお亡くなりになりました。満97歳でした。

 昨年2月8日夜、牛乳の誤嚥(ごえん)により咳が止まらず、吐き気を訴えたことから、掛かり付けの台北栄民総医院に搬送、入院されました。若いころ肺結核を患われたことから肺炎を起こしやすく、病状が肺浸潤から肺炎に進行したため、ご家族以外は面会をお断りしていたそうです。武漢肺炎こと新型コロナウイルス感染症が蔓延したこともあり、李登輝先生は退院することなく、多臓器不全のため身罷られました。

 私ども日本李登輝友の会は、李登輝先生が唱えられた「日台運命共同体」の理念に共鳴し、2002年(平成14年)12月15日に設立されました。東京都内のホテル・オークラで開催した設立総会において、李登輝先生にはインターネット中継で「台湾精神と日本精神」と題して記念講演していただいて以来、毎年春秋に台湾で開催の「日本李登輝学校台湾研修団」や年一度の「役員・支部長訪台団」などを通じ、李登輝先生からは文字どおり筆舌に尽くせぬご恩顧を賜りました。

 訪台ばかりでなく、総統を退任されてから9回に及ぶご来日に際しては2007年から直接間接に関わり、招聘元としてお招きしたこともあります。その都度、感銘深いご講話を賜りました。深く感謝申し上げ、改めてご冥福をお祈り申し上げます。

 いまも西郷隆盛に南洲会があり、坂本龍馬に龍馬の会があるように、日本李登輝友の会は今後も「李登輝精神」を体し、日台関係のさらなる深化を目指して「躬行実践」を旨に、これまでどおり活動を続けてまいります。

 このことは、李登輝先生の埋葬式が五指山軍人墓地(國軍示範公墓)で斎行された昨年10月7日、「産経新聞」の全面を使い、450名の個人と13法人のご賛同をいただいて、李登輝先生追悼特別企画として「李登輝先生、ありがとうございました! 眞多謝!」(表紙3参照)を掲載してお知らせ致しました。ご賛同いただいた方々に改めて御礼申し上げます。

 お亡くなりになってから、台湾政府は台北賓館に追悼献花台を設け、日本でも台北駐日経済文化代表処などが追悼記帳所を設けました。本会でも、いち早く愛知県支部がインターネットを使ったオンライン記帳台を設け、宮城県支部と熊本県支部が記帳所を開設、北海道道央支部も記帳を募りました。また岡山県支部、北海道道央支部、岐阜県支部、埼玉県支部、鹿児島県支部が偲ぶ会を催しました。

 本部も毎年12月に開く恒例の「日台共栄の夕べ」は偲ぶ会を兼ねて開催し、ご遺影を掲げた祭壇に献花していただきました。また、ご参加の皆さま全員に、左に掲げた李登輝先生のご遺影2枚を「ポケット・アルバム」として謹呈させていただきました。

 機関誌『日台共栄』も今号は李登輝先生追悼特集号とし、李登輝先生秘書の早川友久氏と全国市長会前会長の松浦正人氏、並びに会長、副会長、常務理事の全員に寄稿していただき、偲ぶ会を開催した5支部からも「支部だより」としてご報告いただきました。

 今後は有縁の方々をパネリストとしてお招きして「追悼シンポジウム」を開催し、李登輝先生の偉業の意義などについてお話しいただく予定です。

 また、コロナ禍が収まって訪台できるようになれば、いの一番に五指山軍人墓地へお墓参りし、李登輝学校研修団も再開しようと考えています。

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。

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