――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘54)橘樸「『官場現形記』研究」(大正13年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房 昭和41年)

――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘54)橘樸「『官場現形記』研究」(大正13年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房 昭和41年)
【知道中国 2093回】                       二〇・六・念六

――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘54)

橘樸「『官場現形記』研究」(大正13年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房 昭和41年)

この辺りで橘の「『官場現形記』研究」を締め括ることにしたい。

「廣義の官僚は嚴然たる一の社會階級」であり、しかも官僚に連なる一族郎党が権力・権威・財力を満喫できる「華やかな支配階級であ」った。だが清末になると、王朝の衰亡と共に力が衰え、世間から攻撃されるばかりか軽蔑の対象とされるようになった。

「一體各王朝の末期には官僚階級の権威が衰へて其の壓力が減ずる結果、一種の社會不安の状態を現出するのが常である」。こうなると官僚階級の内側で構造変化が起き、それまで「優越を誇つて居た文官群が遂に其の地歩を武官に讓ることを餘儀なくされる」。その行き着く先が易姓革命、つまり王朝交代となる。

かくして「新興軍閥團の首領が新たなる王朝を打立て其手で新たな官僚組織を組立てる」。だが、ここで要注意。新しい官僚組織と言ったところで、その骨格を担うのは旧官僚階級に外ならないのである。かくして、いくら王朝が交代しようが、それを支える官僚階級は“金太郎アメ状態”なのである。古いコマーシャル・ソングに「止められない止まらい、カルビーのカッパえびせん」というのがあったが、官僚階級とは、そのカッパえびせんだ。

つまり「幾度王朝が變るとも全體から見た官僚階級には何等の影響を與へることは出來ぬのである」。これが歴代封建王朝を通じた事実だ。誰が皇帝に就こうが、とどのつまりは官僚階級を頼らない限り王朝(中国)は維持・経営できない。官僚階級がなくなったら、王朝(中国)は直ちに立ち行かなくなる。となると、中国とは官僚階級ということになる。

辛亥革命によって清朝を転覆させ「中國には破天荒な共和制を建設した」ものの、じつは王朝時代の官僚階級は「格別の打擊を受ける事無しに存續して居る」。清朝時代と違う点は、文官より武官(軍人)が強い権力を持っているだけで、「廣義の即ち社會階級としての官僚群は相變らる其の猛威を揮つて居る」ばかりだ。

「但し一皮剝いで觀察の目を紙背に徹せしめて云ふと」と、橘は1920年代初頭の中国社会を次のように分析する。

立憲共和政体の中華民国を牛耳り続ける官僚階級に対し、先ず学生、次いで商人、さらに労働者が立ち上がった。これを旧来の士農工商の四民で表現するならに、農を除いた士(学生)工(労働者)商(商人)となる。士工商の一群が「團體的に『官』に對し」て立ち上がった。これは中国史上画期的なことであり、「此の意味に於て階級鬪爭の序幕が開かれた譯である」。いまや「士工商の三つの社會が團體的に官僚階級と對抗し、後者の存在を其の根底から破壞しようとかゝつて居るのである」。

当時の中国における社会不安は覚醒した被支配階級が結束して支配階級を打倒しようとしているからだが、「ボリシェヴィキの樣に無階級の社會を創造しようと云ふのではなく」、「少なくとも當面の所では古い支配階級を倒して新しい支配階級が之に替らうと云ふに過ぎない」。だからフランス革命と同じような「社會革命の序幕であつて、其結果を略之を同樣にブルジョアジー支配の新しい時代が之からぼつぼつ開けようと云ふに止る」。

――以上が『官場現形記』から説き起こした橘の官僚社会分析であり、当時の社会混乱に対する見立てである。

「ブルジョアジー支配の新しい時代が之からぼつぼつ開け」たかどうかは議論の分かれるところだが、毛沢東が指し示した地主階級抹殺闘争に依って、1949年に中華人民共和国が建国され「無階級の社會」が誕生したはずが、じつは幹部と言う新しい官僚階級が牛耳るバージョンアップされた階級社会だった。やはり官僚階級による支配から永遠に脱却できない。だから中国、されど中国、困った中国、やはり中国・・・これが中国。《QED》

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