――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘9)橘樸「中國民族の政治思想」(大正13年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房 昭和41年)

――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘9)橘樸「中國民族の政治思想」(大正13年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房 昭和41年)
【知道中国 2048回】                       二〇・三・仲九

――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘9)

橘樸「中國民族の政治思想」(大正13年/『橘樸著作集第一巻』勁草書房 昭和41年)

そこで「中國民族全體の思想也感情なり」が「より多く表はれて居る」のは、「申す迄もなく道�である」。だから「論語の代りに老子を日華親善の道具に使つた方が早手廻しなのである」と説く。

確かにそうだろう。そうであるに違ない。そこで現在の中国にまで時代を一気に下って、儒教に対するに道教という橘の視点を援用し、毛沢東と�小平の違いを考えてみたい。

先ず指摘したいのが、毛沢東思想なるものは「治者の利�に立脚して組立てられた�義」であり、�小平の考えは「被治者の思想及感情を代表するもの」ということ。

およそ誰にも抗弁できそうにない正義はウソだと確信するが、毛沢東思想の根幹である「為人民服務」にしても「自力更生」にしても、マトモに考えれば、その種のウソだと言うことに気がつくだろう。個々人の修養のうえで目指すべき“努力目標”でこそあれノルマになりようがない。その証拠に、「為人民服務」にしても「自力更生」にしても、どの段階が終着点なのか示されていない。判り易く言えば客観的評価基準が見当たらないのだ。

粉骨砕身・不惜身命・無心無比・無欲恬淡・奮闘努力・滅私奉公して「為人民服務」し、「自力更生」に邁進しようとも、「人民」から不十分だと評価されたら、さらに寝食を忘れて馬車馬のように働き続けなければならない。それでもダメと断罪されたら、後はもう「マルクスに会いに行く」しなかい。つまり死である。

そのうえに「人民」の基準が曖昧に過ぎる。たとえば収入を基準にして「人民」「非人民」を線引きするわけにもいかないだろう。毛沢東から市井の名も無き「無告の民」まで一緒くたに「人民」の範疇に含まれるはずもない。敢えて問うなら毛沢東は「人民」なのか。

いわば「服務」すべき対象の「人民」からして曖昧模糊とした存在だから、どだい「服務」のしようがない。「自力更生」にしたところで、その意気や壮と言いたいが、「自力」の「力」が貧弱極まりないのだから「更生」は絵にかいたモチに終わるのが関の山だろう。

いわば毛沢東は、非現実的で根拠薄弱な目標をノルマとして国民に徹底して課した。ということは国民はウソを演じていたことになる。だがウソで構わない。なぜなら「治者の利�に立脚して組立てられた�義」であり、国民に“そういうフリ”をさせることが「治者の利�」に直結する。それと言うのも、「鑄型」「形式」こそが実質であるからだ。

これに対し�小平が掲げた「先富論」「白猫黒猫論」は、まさに「被治者の思想及感情を代表するもの」と言える。虚構ではなく事実だ。自分の才覚で稼げるだけゼニを稼げ。豊かになるのに遠慮は要らない。誰でもいいからカネ儲けに突っ走れ――というのだから、毛沢東の時代に苦労を嘗め尽くしてきたような「被治者」にとって、これほどに有り難い政策はない。まさに全身全霊で正々堂々と「向銭看(カネ儲け)」に勤しめるのである。

それというのも目の前に「向銭看」という実感できる努力目標・数値目標がぶら下げられたわけだから、それ行けドンドン。これはもう東奔西走・狂喜乱舞の日々である。国民は脇目もふらずにカネ儲けに狂奔した。こんなに判り易く、オイシイ政策はない。

古来、「上に政策あれば下に対策あり」と言われてきた社会である。まさに�小平が断行した対外開放は、「上の政策」と「下の対策」がガッチリと噛み合うという“奇跡の得策”だったわけだから、挙国一致で「向銭看(カネ儲けに突っ走れ)」たのである。

毛沢東思想の根幹は「貧しからざるを憂えず、均しからざるを憂う」――貧困ではなく不平等こそが問題なのだ。「専より紅」、つまり専門の知識や技術(「専」)は不平等をもたらすからダメ。ただただ真っ赤な毛沢東思想(「紅」)を身につければいい――である。これでは国民は浮かばれない。「為人民服務」「自力更生」は永遠に不滅、いや破滅デス!《QED》

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