「国家安全保障戦略」が内包する矛盾  浅野 和生(平成国際大学副学長)

【世界日報「View point」:2023年1月10日】https://vpoint.jp/opnion/viewpoint/222622.html

 昨年12月16日、国家安全保障会議および閣議において我が国の「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」と「防衛力整備計画」が決定された。

 「国家安全保障戦略」は、ロシアや中国のような「普遍的価値を共有しない一部の国家は、独自の歴史観・価値観に基づき、既存の国際秩序の修正を図ろう」としており、しかも「経済と科学技術を独自の手法で急速に発展させ、一部の分野では、学問の自由や市場経済原理を擁護してきた国家よりも優位に立つようになってきている」と厳しい現状認識を示した。

◆戦略目的の達成を優先

 他方、「国際社会においては、国際社会全体の協力が不可欠な問題も生じてきている」として、気候変動や感染症危機等の国境を超えて人類の存在そのものを脅かす地球規模の課題への対応のためには、「国際社会が価値観の相違、利害の衝突等を乗り越えて協力することが、かつてないほど求められている時代になっている」とも述べた。この認識に立って「V 我が国の安全保障上の目標」には、「4 国際経済や、気候変動、感染症等の地球規模課題への対応、国際的なルール形成等の分野において、多国間の協力を進め、国際社会が共存共栄できる環境を実現する」ことが掲げられている。しかしそれが「安全保障上の目標」であり得るのだろうか。

 そもそも基本的価値観を共有しない国との多国間協力など信頼できるはずがなく、共存共栄は夢物語である。基本的人権を尊重する国にとっては、気候変動や感染症拡大は何よりも真剣に、即座に取り組むべき課題であるが、そうでない全体主義国においてはSDGs(持続可能な開発目標)対応もコロナ対策も、その国家目標実現のための戦略の一部として用いられるにすぎない。基本的人権を尊重しないのだから、自国民や他国民の生命・生活の擁護よりも、支配領域の拡大、覇権掌握の戦略目的の達成が優先される。この数年の中国による新疆ウイグル、香港での所業と、これと並行して進められたCOVID-19(新型コロナウイルス)をめぐるロックダウンと突然の政策転換、その後の爆発的な感染拡大情報と現実と懸け離れた感染者・死者数の公表などは、そのことを鮮明に示している。

 さらに、彼らが国際協定・条約を遵守(じゅんしゅ)しないことは現代史に明らかである。

 共産主義諸国の祖国にして世界革命を目指し艇たソ連は、1938年11月26日にポーランドと不可侵条約を締結したが、翌39年9月17日にポーランドに侵攻・東側半分を占領した。また39年9月から11月にエストニア、ラトビア、リトアニアと相互援助条約を結んだソ連は、40年6月にバルト3国に軍を進駐させ、7月には共産党政権を樹立、8月にソ連邦に編入した。41年4月13日の日ソ中立条約と、その有効期限内45年8月9日のソ連軍の対日開戦、樺太・北方領土や満州への侵攻と暴挙も忘れるわけにはいかない。

 また、ヨーロッパの覇権獲得を目標とした全体主義・民族主義のナチス・ドイツは、38年12月6日にフランスと友好不可侵協定を結んだが40年5月27日にフランスに侵攻、6月14日にはパリ入城を果たした。また39年5月30日にデンマークと不可侵条約を締結したドイツは翌40年4月9日にデンマークを占領した。さらに39年8月23日に独ソ不可侵条約を結んだが、41年6月22日にソ連に軍事侵攻、ベラルーシ、ウクライナを席巻してモスクワ近郊にまで迫った。

 このように共産主義国および全体主義・民族主義国家においては、国際条約は相手を油断させタイミングを見計らうための道具にすぎず、事情が変われば弊履の如く捨て去るのである。

◆価値観共有国まず結束を

 普遍的価値を共有しない国々との関係の厳しい現実を認識しつつ、「国際社会が共存共栄する環境を実現する」という非現実的な「国家安全保障上の目標」を掲げることは、日本の「国家安全保障戦略」として不適切である。まずは価値観を共有する国々の共存共栄を実現すること、そしてその結束と実力を強化して、価値観を共有しない国々との対決において一分の隙も見せず、力で凌駕(りょうが)することである。力で強要できる状況がない限り、気候変動や感染症拡大など地球規模問題への対策でも、彼らの協調に期待することは危険なのである。

(あさの・かずお)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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