姑息な手段で台湾「統一」圧力を強める習近平  黄 文雄(文明史家)

【黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」第209号:2017年11月15日号】http://www.mag2.com/m/0001617134.html

*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。

◆「慰安婦問題」や「南京虐殺」とよく似ている「92年コンセンサス」

 ドイツのボンで開かれている国連気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)に出席しようとした台湾代表団が、中国の圧力によって会場への入場を拒まれました。

 これまでも中国による同様の嫌がらせは何度もありましたが、気候温暖化の問題は人類のテーマであるだけに、世界全体で考える必要があるのは言うまでもありません。

 台湾は国連には加盟していませんが、代表団の李応元・環境保護署長(環境相)も、「台湾を参加させることは世界の責任だ」と述べ、「名指しする必要はないが、堂々たる大国がこれほど度量が狭くある必要などない」と中国を暗に批判しました。

 しかも、台湾は世界で22位のGDPで、スウェーデンやベルギーより上で(2016年)、国連加盟国193カ国と比べても上位に位置します。1人あたりのGDPでは世界36位で、74位の中国よりもずっと上なのです。

 現在、2期目に入った習近平政権ですが、台湾を統一する動きを強める可能性が囁かれています。10月18日〜24日に開かれた中国共産党大会において「習近平思想」が党規約に盛り込まれ、毛沢東とならぶ絶対的な権力を手にしたとされる習近平ですが、実績の点では、中国共産党を建国した毛沢東とは比べ物になりません。

 台湾問題は中国が最重要問題と捉える「核心」の一つですが、もしも習近平が台湾統一を果たせば、中国共産党にとって歴史的快挙となり、習近平の功績として評価され、真の「偉大なる指導者」となることができます。

 実際、習近平は党大会の演説で「三代歴史的任務の達成」を掲げましたが、その一つが「祖国統一の完成」でした。

 習近平は政治報告で「祖国の完全な統一は必然的な要請だ」と台湾統一を進める姿勢を示し、「一つの中国」を意味する「92共識」を強調して7度の拍手を浴びました。中国の国務院台湾事務弁公室は、この報告について、「祖国統一の大事業を進める新理念」だと強調、台湾の蔡英文総統を批判しました。

 これに対して台湾側は反発し、行政院大陸委員会が「一方的に作り上げた『一つの中国』原則などの方針では(台湾の)人々の同意を勝ち取ることはできない」との声明を出しましています。そして、「民主制度こそが台湾の核心的価値」だと反論しました。

 中国側は、1992年に当時の台湾の国民党政府と合意したとされる「92共識(92年コンセンサス)」を常に持ち出して、台湾に認めろと迫っています。この「92共識」とは、中国共産党と台湾の国民党のどちらが中国の真の統治者であるかという解釈件は別として、「中国と台湾は一つである」という原則を認めあったとするものです。

 しかし、蔡英文総統は「92共識」を認めていません。

 そもそも、1992年当時、「92共識」なるものの存在が発表されたこともなく、2000年になって、初めて「あった」という話が出てきたものです。2000年の総統選では民進党の陳水扁が国民党の候補者を破り、初めて国民党以外の者が総統に就任することになりましたが、選挙直後、国民党の行政院大陸委員会主任だった蘇起が、大陸側と「92共識」があると言い出したのです。

 つまり、台湾独立を主張する民進党が政権を取ったので、それに楔を打ち込むために、わざわざそのタイミングで持ち出した可能性が高いのです。しかも「92共識」については合意文書もなく、単なる口頭での合意だというのです。

 これに対して、陳水扁や民進党政権下の行政院大陸委員会、さらには李登輝元総統や辜振甫海峡交流基金会理事長などまで、そのような合意は存在しないと反論しました。しかし下野した国民党の主席であった連戦は2005年、中国で中国共産党の胡錦濤総書記と国共トップ会談を行い、両党の合意として「92共識」を文書に書き入れたのです。

 こうして、はじめは何もなかったことが、次第に既成事実化されていったのが「92共識」であり、いわば日本の「慰安婦問題」や「南京虐殺」と同様のものなのです。これも台湾と中国の歴史戦だといえるでしょう。

◆台湾侵攻の口実「92共識」と台湾外交妨害の「三光作戦」

 中国が台湾に「92共識」を認めさせたい意図は明らかです。「中国は一つ」を台湾が認めているなら、中国の台湾への武力進攻も、統一を望む台湾人を「解放」するためだという方便になるからです。

 それはわかっているので、民進党政権から再び政権を奪い返した国民党の馬英九総統も、「92共識」は堅持しつつも、「どちらが真の中国の統治者であるかという解釈権については台湾と中国のそれぞれが留保する」という取り決めである「一中各表」を中国に認めるように要求しました。

 台湾と中国では考えが違うのだということを明確にしておかないと、中国に侵攻の口実を与えかねないからです。しかし、中国側はこれを拒否してきました。つまり中国としては、「台湾は中国の一部であり、多くの台湾人もそれを望んでいるが、少数の人間が事実を捻じ曲げて台湾を支配している」という構図をつくり、台湾侵攻の口実としたいわけです。

 とはいえ、台湾に対する中国の武力行使は、経済的犠牲も大きく、また、万が一、成功しなければ、共産党・国家指導者の存亡にかかわってきます。

 ですから、あまりカネのかからない、外交による台湾への「三光作戦」(何も与えないようにする)を展開し、ほとんどすべての台湾の外交活動を妨害しているわけです。

 そしてそのいちばんの使いっ走りが、事大主義の韓国です。韓国人大学生までが中国政府の意を受けて、学生の国際会議から台湾の大学生代表を排除しようと徹底的な嫌がらせをすることもよくあります。見かねた欧米代表が「もうこのへんでいいでしょう、やめてくれないか」とうんざりすることもしばしばです。

 もちろん韓国のみならず、日本の野党や外務省も、李登輝元総統の来日を妨害するなど、これまで中国政府の手先になることも少なくありませんでした。

◆「天下一国主義」という天下観に発する習近平の「中国の夢」

 中国の対台湾「三光作戦」には、台湾から友邦を引き離すというやり口もあります。 たとえば2016年には中国の圧力で西アフリカのサントメ・プリンシペが、2017年にはパナマが台湾と断交しました。

 冒頭の話に戻りますが、世界保健機構(WHO)でも、台湾は2009年からオブザーバーとして総会に参加してきましたが、今年は中国の圧力で招待状が届きませんでした。グローバル化でパンデミックのリスクが世界的に高まっているにもかかわらず、です。

 その他、蔡英文政権の誕生後、中国は国連食糧農業機関(FAO)の水産委員会(昨年7月)、国際民間航空機関(ICAO)総会(同9月)などでも、台湾の参加を阻んできました。いずれも国連の専門機関で、世界の諸問題を議論する場です。

 産経新聞によれば、中国の当局者は「出席できない責任は民進党当局にある」と語っているそうです。

 習近平が「祖国統一」を歴史的任務だと宣言している以上、これまで以上に台湾に対する圧力を強めてくることは間違いありません。だから人類的な問題を議論する国際機関ですら、台湾を排除しようとするのです。しかしそれは、中国の政治的主張を世界に押し付けているだけのきわめて品のない身勝手な論理です。

 「天下一国家主義」という天下観は、チャイナドリームのひとつです。チベット、ウイグル、モンゴルの存在を絶対に認めないのは、そうした「中国人の夢」からくるものです。台湾を「核心的利益」と主張してまで手に入れたいのは、ただ、隣国の存在を絶対に認めない「天下一国主義」からくるものです。

 すべての隣国の存在は、中国にとっては天下一国主義と対極にあるものです。だから太古より現在まで「遠交近攻」を国家戦略のひとつとして採用しているのです。

 中国にとっての「三大の敵」とは、アメリカ帝国主義、日本軍国主義、台湾分裂主義のことですが、分裂主義である台湾に対して中国は「国家分裂法」までわざわざつくって、アメリカの国内法である「台湾関係法」に対抗しています。

 中国が台湾に仕掛けてくる圧力として、私が心配していることが2つあります。

 1つは、習近平が第19回党大会で権力を牛耳ったことにより、台湾に対して「92共識」、つまり「統一」についてイエスかノーかを期限付きで回答を迫るということです。

 もう1つは、トランプ大統領との駆け引きで、北朝鮮問題の解決と引き換えに、アメリカが台湾への武器提供や関与を止めるという取引が行われることです。

 いずれにせよ、このような中国の要求をいちいち呑んでいたら世界が危機的状況になることを、中国自身も国際社会も認識すべきです。


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