【産経正論】「米国の決意」載せて飛んだB52

【産経正論】「米国の決意」載せて飛んだB52 

2013.11.29産経新聞

                       杏林大学名誉教授・田久保忠衛

 米紙ウォールストリート・ジャーナルは、厳しい現政権批判を続けている新聞らしく、「オバマ政権は米国の決意を示さないことで有名だが、26日にB52戦略爆撃機2機を東シナ海で紛争の的になっている無人島の上空に飛ばし、アジアの同盟諸国と世界的な安全保障に対し決意を表明した」と皮肉交じりの社説を掲げた。

 《息がピタリ合った日米両国》

 が、同盟国で当事国である日本としては、ホワイトハウス、ケリー国務、ヘーゲル国防両長官が相次いで、尖閣諸島を含む東シナ海上空に中国が設定した防空識別圏に「強い懸念」を表してくれたことと併せて感謝したい。時あたかも、キャロライン・ケネディ新駐日米大使が着任早々、東北の被災地を訪れるなど寧日ない活動ぶりを見せている。これに好感を抱かない日本人はいるだろうか。日米関係が蘇(よみがえ)った気がする。

 米国防総省は、B52の行動は前々から予定されていた訓練飛行で国際空域と考えられる所では引き続きこの種の行動は進めるとしている。爆弾などは積まず護衛機も同行せずにグアム島のアンダーセン基地を飛び立ち、所定の飛行を終えて帰投しただけだが、意味するところは小さくない。

 最も旧式で大型で目立つ、小回りの利かないこの戦略爆撃機が毎日ベトナムに出撃するのを、私は半世紀以上前に沖縄の嘉手納基地で見ていた。発進直後の爆音はまさに耳をつんざくとしか言いようがなく、しばらくは頭がボーッとしていたのを今でも思い出す。レーダーではもちろん視力でも聴力でも正体が分かる軍用機で、勝手に中国が設けた防空識別圏なるものを無視したのである。

 安倍晋三首相は、その前日の25日の国会で、「中国による力を背景にした現状変更の試みに対してはわが国の領海領空を断固として守り抜く決意で対応する」と明確に述べている。日米両国の呼吸はピタリと合ったと思う。

 《防空圏で国際世論敵に回す》

 それにしても、中国は他国が嫌悪する行動を、しかも最悪のタイミングでなぜ取るのだろうか。最近の内閣府による世論調査では、「中国に親しみを感じない」と答えた日本人は前年に引き続き80%に上っている。第一線の海上保安庁や自衛隊の関係者はもとより、与野党の政治家もこぞって言動を慎重にし、日中首脳会談が近く開かれることに、日本側が期待をかけていたときに、どうして乱暴な行動に出るのだろうか。

 かなり遠慮がちだが、韓国や台湾までが不快感を表明している。オーストラリアのビショップ外相はいち早く、「東シナ海の現状を変えようとする威圧的、一方的な行動には反対する立場を明確にする」と中国を批判した。

 中国の習近平国家主席は、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国と運命共同体だと明言しているが、表面はともかく、心底でこれに共感している国がどこにあるのか、知りたい。国際平和の安定と維持に最高の責任を持つべき国連安保理常任理事国のイスを占めている中国に対して、違和感を抱かない国があるだろうか。

 国際世論全体を敵に回すような判断を中国共産党首脳部は簡単に下してしまうのか、との疑問を私はかねがね抱いてきた。

 思い出すのは、ゲーツ米国防長官が2011年1月に訪中し、胡錦濤国家主席と会った際のやり取りだ。中国軍ステルス戦闘機「殲20」の試験飛行について長官が質問したのに対し、胡主席は何も知らされていなかったという。米国防総省高官は「(当初は)胡主席を含め、会談の室内にいる文民高官は明らかに誰も知らされていなかった」と語っている。

 《大事引き起こす末端の行動》

 帰国の途次、東京に立ち寄った同長官は公開の講演で、「われわれは中国の軍部とシビリアン指導部の間に齟齬(そご)があるのではないかと疑ってきた」と語り、07年の衛星破壊実験と、09年に南シナ海などの公海上で起きた米海軍音響測定艦インペッカブルへの中国艦艇による妨害の2例を挙げた。

 われわれの記憶に新しいのは、今年1月に東シナ海で海上自衛隊護衛艦「ゆうだち」が、中国海軍フリゲート艦「連雲港」から射撃管制用レーダーを照射された一件である。安倍首相は「国際社会のルール違反だ」と非難し、中国は非常識だとの声が各国から上がった。そして、今回の防空識別圏である。これら一連の事態がすべて中国軍部の独走だと断言できる十分な証拠は、外部の誰も提示できまい。警戒すべきは、大局的判断が必要な時に末端の行動が大事を引き起こすことである。

 思い起こしたいのは、10月3日に日米安全保障協議委員会(2プラス2)が出した共同発表文である。「日本版NSC(国家安全保障会議)設置と国家安全保障戦略策定の準備、集団的自衛権行使に関する事項を含む法的基盤の再検討、防衛予算増額などの日本の取り組みを米国は歓迎し、緊密に連携する」。これ以外に日本の選択はない。安倍政権は少しでも前進の速度を上げてほしい。(たくぼ ただえ)