さん。歌手の一青窈(ひとと・よう)さんは妹。その妙さんがこのほどエッセー集を出し
た。タイトルは『私の箱子(シャンズ)』という。「箱子」とは中国語で「箱」のことを
指す。
父の顔恵民は台湾五大財閥の一つである顔家の出身である。顔家は鉱山業で財を成した。
顔恵民は台湾で生まれたが、当時、多くの台湾上流階級の子弟がそうであったように10歳
のときにその母親とともに日本に渡り、日本で育った。戦後一時、台湾に帰るが、また日
本に戻ってくる。
やがて顔恵民は一青かづ枝と巡り合い結婚し、妙と窈が生まれる。しかし、妙が日本で
暮らし始めた中学時代に父を、大学時代には母を病気で亡くしてしまう。それをきっかけ
に実家を建て替えることになるのだが、そのときに母が残した一つの赤い箱を見つける。
それがこの本のタイトルの「箱子」だ。
箱子には家族が交わした手紙、幼児期の絵など家族の思い出がたくさん詰まっていた。
お酒好きの父、一人、部屋にこもりきりになる父。ガンを告知されず母と口をきかなくな
った父。寂しい思いを抱いていた母。しかし、生前分からなかったその2人の出会い、喜
び、悲しみを、箱を開けて初めて知った妙は、父と母を知る人を訪ねて日本そして台湾、
アメリカへと渡るのである。それは自分のルーツ探しの旅であったといえるだろう。
父の顔恵民は顔家の後継ぎとして苦悩していた。日本の統治、そして終戦。2・28事件の
衝撃。台湾が辿った運命と家の重荷を心に抱えた父と、その父と結婚した母。しかし、父
や母の友人・知人と会う中で、父が友人に慕われ、登山での笑顔も知り、妙はしだいに心
が癒されていく。
「今回、父と母を知るために人と会い、旅に出掛け、考えてきた。顔家は日本抜きには発
展することはなかったし、その没落も、日本の敗戦の結果だった。一方、母が父と結婚し
たおかげで、いまは一青の姓を継いでいる私も妹も、台湾とは切っても切り離せない関係
になっている。ちょっと大げさかもしれないが、私たち四人の家族は、とっても複雑でや
やこしいけれど、心と心でしっかりと繋がっている日本と台湾の関係を象徴している」と
妙さんは「あとがき」でつづっている。
書評を書いている私も昨年母を亡くし、実家も解体した。片付けきれずにいた書類の山
を数日前運んできたばかりだ。思いがけないこの本との出会いで、これからの道標を得た
思いがしている。そして好きな台湾を見る目も、少し変わる予感がする。
(評:室和代・日本李登輝友の会事務局)
◆書 名:『私の箱子』
◆著 者:一青 妙
◆版 元:講談社
◆体 裁:四六判、上製、286頁
◆定 価:1,680円(税込み)
◆発 売:2012年1月16日
http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2174251