台の絆を深めた安保法制」と題し、9月19日に台北市内で開催された台湾安保協会(羅福全理事
長)が主催する「両岸関係とアジア太平洋地域国際平和セミナー」において「日本の平和安全法制
と日台の未来」と題して基調講演したことをつづっている。
本誌でその内容をかいつまんでご紹介したが、櫻井よしこ事務所の了承の下、その全文を下記に
ご紹介したい。
櫻井氏はこの一文の最後を、本会が2013年に「政策提言」として提唱した日台関係基本法(日本
版台湾関係法)の最近の動きに触れ、「日本の明確な意思表示は日台双方の国益のみならず、アジ
ア全体に希望を与えるとの思いを強くした」と述べて締めくくっている。
まさに我が意を得たりの思いだ。安保法制の成立に賛意を表する李登輝元総統をはじめ羅福全・
台湾安保協会理事長や許世楷・元台北駐日経済文化代表処代表など、多くの台湾の人々が日本版台
湾関係法の制定にも賛意を表していることも心強い。微力ながら、改めて制定に向け力を尽くした
い。
これもまた本誌ですでに紹介したが、櫻井よしこ氏の「日本の平和安全法制と日台の未来」と題
した台湾安保協会における基調講演はすでにYouTubeにアップされている。改めてご紹介したい。
◆櫻井よしこ氏「日本の平和安全法制と日台の未来」(2015年9月19日)
https://youtu.be/Ju84Owk2mkw
なお、櫻井氏は、寶覚禅寺の日本人遺骨安置所に「日本国陸海軍人及び軍属として大東亜戦争時
に台湾で散華した3万3千余柱の遺骨がおさめられている」と書かれている。しかしこれは勘違い
で、大東亜戦争で戦歿した台湾籍の軍人軍属の人数。李登輝氏が総統だった時代に建立された寶覚
禅寺の霊安故郷碑の説明板にも、台湾出身戦歿者数として確かに「3万3千人」と刻まれているが、
正確には3万304人(昭和48年4月14日、厚生省発表)。
また戦後、日本人墓地が荒れて遺骨が散乱していたことから、野沢六和という日本人女性と結婚
した台湾の方が遺骨収集に尽力。日本政府も昭和33年、台湾側に日本人遺骨の調査と収集を依頼、
3年後に台北、台中、台南の3ヵ所に建立した日本人遺骨安置所に収めたという経緯がある。その数
は不明だが、野沢氏だけで約2万柱を収集したと伝えられている。
櫻井よしこ氏:日台の絆を深めた安保法制
【週刊新潮「日本ルネッサンス(第673回)」:2015年10月1日号】
9月18日午後、台北に向かい、19日午前には「両岸関係とアジア太平洋地域国際平和セミナー」
に出席した。午前8時すぎに会場に行って驚いた。台湾の関係者らが「安保法制成立、おめでとう
ございます」と次々に声を掛けてきたのだ。
彼らは、真夜中すぎまでずっとテレビで見ていたという。中国の脅威を生々しい現実として、ま
た重圧として感じている人々にとって、日本の安保法制の議論は到底、他人事とは思えなかったの
であろう。
事情はフィリピンやベトナムなど、東南アジア諸国にとっても同様だ。アジア諸国の安保法制に
対する評価は台湾同様、極めて前向きで高い。実に嬉しそうな台湾の人々の表情が強い印象となっ
て私の胸に残ったが、「戦争法案だ」「徴兵制がやってくる」と叫ぶ人々は、中国の脅威や危機に
目をつぶる余り、アジア諸国の懸念を理解していないのではないか。
台湾をはじめアジア諸国にとって、中国との向き合い方は、即、国家と国民の運命に直結する。
とりわけ台湾は、自分たちが中国の一番の標的であることを常に意識させられており、独立国とし
ての台湾の現状が、日米の存在によって維持されていることを十分に認識している。特に米国が鍵
だと骨身にしみている。
そのためか、セミナーの冒頭で講演した民主進歩党主席の蔡英文氏は非常に慎重だった。来年1
月の総統選挙で、彼女が台湾初の女性総統に選ばれる可能性は高い。それだけに、米中共に彼女の
言葉に神経質な視線を投げかけており、彼女も必然的に慎重になっている。
かつての学者らしいイメージを残している蔡氏は、演説では安全保障や外交政策には触れず、専
ら国内問題を語った。少しでも独立志向を見せれば中国の怒りを買い、波風が立つのを嫌う米国を
も苛立たせる。米国の支持を揺るぎないものにするためにも、蔡氏は独立志向の色合いを見せるわ
けにはいかないのであろう。氏の慎重さは、中国の脅威と米国の意向を気にしなければならない厳
しい台湾の現状を反映している。
◆最も親和性の高い民族
南シナ海の7つの島の埋め立てが完成したと中国が発表したのは6月末だった。中国は世界に工事
停止の印象を与えたが、この国が侵略を中止することなどあり得ない。9月15日、米国の戦略国際
問題研究所(CSIS)のサイト「アジア海洋透明性イニシアチブ」に、中国が依然として複数の
岩礁で埋め立てを続けている映像が公表された。
米国側の発表に対して、中国外務省副報道局長の洪磊氏は事実を認め、「南沙の主権は中国にあ
る。合法で筋道が通った完全に正当な措置だ」と反論した。
南シナ海における覇権を中国が握るにつれて、台湾の運命が危うくなる。台湾の重要性は単に戦
略上のことだけではないという事実を、日本はいまこそ認識しなければならないだろう。台湾人は
日本にとって、恐らく世界で最も親和性の高い民族であること、それがどれ程日本にとっても大事
であるかということを知っておかなければならない。
セミナーを終えた翌日、私は初めて台湾の新幹線に乗って台中に向かった。人口約270万人、緑
の水田が広がる平野部を抜けるとやがてビルの林立する台中の市街地が広がる。新幹線の駅からは
離れているが、街中には風情のある「臺中驛」が残されている。かつて日本人が建てた駅舎が大切
に手入れをされて使われているのだ。市役所の建物も日本人が造ったままに、赤レンガと白い壁の
美しい姿が青空に映えていた。
その台中市に寶覺禅寺というお寺がある。元駐日代表の許世楷氏と盧千惠夫人、黄木壽氏の案内
で訪ねた。お堂を正面に見て境内左手に「日本人遺骨安置所」と刻まれた、上部が半球体の石造り
で高さ2メートル余の塔がある。日本国陸海軍人及び軍属として大東亜戦争時に台湾で散華した3万
3千余柱の遺骨がおさめられている。
この塔から少し離れた奥には、これまた高くて立派な碑が立っている。碑に刻まれた「霊安故
郷」の文字は李登輝元総統の揮毫による。さらにその後方に「追遠亭」がある。大東亜戦争で日本
国民として戦った20余万の台湾の人々の碑である。
日本国政府は戦後長い間、これらの戦没者の遺骨収集や、遺族への弔慰金支払いなどに取り組む
ことも出来ずにいた。「台湾住民である戦没者の遺族等に対する弔慰金等に関する法律」が、「台
湾戦没者等問題議員懇談会」によって議員立法されたのは、1987年になってからだったと、碑の台
座に刻まれている。
日本人が遺骨収集や慰霊のためにようやく台湾を訪れた時、彼らは思いがけないことを知らされ
た。この時までに台湾の人々が、台湾に残されていた日本人及び台湾人戦没者の遺骨を拾い集め
て、台北、台中、台南の3か所におさめ、手厚く回向していたのである。
◆「新生国家」
私が案内された台中の寶覺禅寺はその内のひとつである。台湾で亡くなった日本人と台湾人、多
くの軍人と軍属のご遺骨と御霊を祭る碑の前で手を合わせ、大東亜戦争下の台湾で没した全ての
人々に心からの慰霊と深い感謝の祈りを捧げた。
日本人、台湾人の区別なく、ご遺骨をこのように集めて塔を建立し、回向を続けてくれる国や民
族が、台湾の他に存在するだろうか。
台湾には、このような日台の深い絆を示す足跡がそこかしこに刻まれている。盧千惠氏が2012年
に出版した『フォルモサ便り』(玉山社)には、台湾人の心優しさと日本人の心優しさが溶け合っ
て築かれた絆の事例が多く紹介されている。その台湾が中国の一部とならずに済むことこそ、日台
双方の国益である。
許世楷氏は、台湾が平和裡に国連加盟を目指すことが未来永劫中国に併合されない台湾の地位を
確立する唯一の道だと主張する。目的達成の理論は、台湾は「新生国家」であるということだ。
まず、台湾は蒋介石の中華民国を継承する国ではないと明確にし、中華人民共和国は一度も台湾
を支配したことがなく、台湾は中国からの分裂国家ではないと宣言する。そのうえで国連加盟を申
請する。国連憲章は紛争当事国(この場合、中国)に投票権を認めない。つまり中国は台湾加盟に
関して拒否権を使えない。
このような状況を作り、台湾は中国ではないと理を尽して国際世論に訴え、10年単位の時間をか
けて国連加盟を目指したいと許氏は主張する。
いま日本では議員立法で台湾関係法を制定する動きがある。総裁特別補佐の萩生田光一氏は1年
後を目標に置いている。日本の明確な意思表示は日台双方の国益のみならず、アジア全体に希望を
与えるとの思いを強くした。