「政治の世界は、一寸先は闇」とはよく言ったものだ。今年年末の台北市長選挙の国民
党の候補は、国民党名誉主席で元副総統の連戦の息子で、党中央常務委員の連勝文が大本
命と思われていたが、ここへきて急に雲行きがおかしくなってきた。週刊誌の汚職疑惑の
報道で「恐らく、連勝文は出ないだろう」とみる専門家もいるほど。報道は陰謀論も出て
おり、選挙が近づくに連れ、政治の闇はますます深くなりそうだ。
◆TDR手数料返還で市長有力候補、連勝文に疑惑の報道
香港系週刊誌「壹週刊」の報道は即席麺の康師傳で知られる頂新国際集団が傘下の康師
傳持ち株会社の台湾預託証券(TDR)を発行。その後、同集団董事長の魏應交がTDR
引き受け証券会社から7500万元余りの手数料(コミッション)を返還され、その金をTD
Rを購入したとされる連勝文ら261人に分配したという内容だ。
各人が受け取った金額は230万元から1万元余り。その中には当時、海峡交流基金会の理
事長で現在は中国信託最高顧問の江丙坤や著名なコメンテーターや記者もいるが捜査当局
は「違法なことはないから関与できない」とする。
それがなぜ問題なのか。報道では、一般人は抽選でTDR購入権を得たが、この261人は
その必要はなかった。これは権力とお金の交換「権貴交易」だなどと批判している。
しかし違法でない。しかも2009年の問題が、なぜ今頃、報道されるのか。名指しされた
江丙坤は「迷惑な話です。あれはコミッションです。それに当時私が所属していた会社に
返されたのに、なんで私の名前が出るのか…」。江の周辺は「これは陰謀だ」、「江さん
はとばっちりですよ」と嘆く。
◆昨年10月スタートのイメージダウン狙いの「抹黒」作戦
どんな陰謀で、誰のとばっちりか。答えはもう一人名指しされた連勝文だ。連勝文を貶
めるための陰謀で、江丙坤はそのとばっちりを受けたということになる。では、なぜ連勝
文を貶めるのか。それは連勝文が年末の台北市長選挙の最有力候補だからだ。
国民党の現職、●龍斌はすでに2期。規定で3選はできない。年末、国民党は新たな候補
を立てる。目下、名乗りをあげているのは立法委員の丁守中と蔡正元、台北市議会議員の
楊實秋と秦慧珠(女性)。それにまだ正式表明していない連勝文だ。ライバル候補を落とす
ための中傷宣伝は選挙戦ではよくあること。台湾ではこれを顔を汚すの意味の「抹黒(モ
ーヘイ)」という。顔に泥を塗り、イメージダウンを図る。康師傳問題は連勝文のイメー
ジダウンが狙いという見方だ。
*●=赤におおざと(邱の左が赤)、カク・リュウヒン
連勝文抹黒作戦はすでに10月に始まっていた。連勝文の姉がイメージキャラクターをし
ていた健康食品の会社の製品に禁止成分が含まれていたと報道された。実は姉はその会社
の資本金の大半を出資、事実上のオーナーに近い。経営責任があるのではないかと取調べ
を受ける羽目に。その弟、連勝文のイメージも多少は落ちる。
◆連戦外しに躍起の馬英九、連勝文、春節明け決死の決断
報道は一部マスコミが連勝文は台北市長選出馬の意向を固めたと伝えた直後だった。康
師傳問題も「連勝文、春節明けに立候補表明へ」とメディアが伝えた直後だ。誰かが連勝
文を狙い打ちにして「抹黒」作戦を進めているーとみる人は多い。では誰? ライバル候
補が浮かぶが、消息通は違う。自由時報のコラムでは連勝文は藍陣営(与党側)で最も実
力を備えた候補で、「馬英九が最も見たくない候補者だ」と断言している。
連勝文の父、連戦は2000年の総統選で敗れ、その夢を息子に託している。馬英九の先輩
だが、好敵手でもあり、昨秋の馬王の争いなどことあるごとに馬英九批判の側に立ってき
た。一方で国共論壇を立ち上げ、中国との太いパイプを作り、今の両岸関係緊密化のプラ
ットホームを築いた。アジア太平洋経済協力会議(APEC)代表としては唯一といって
いい台湾国際外交の晴れ舞台に立ってきていた。
馬英九は総統になってからこの連戦という目の上のたんこぶの「除去手術」に努めてき
た。まず国共論壇は連戦を外し、国民党名誉主席の呉伯雄を代表にした。そして今年から
APEC代表も取り上げ、前副総統の蕭萬長に任せた。連戦はもはや徒手空拳。そして残
るターゲットは連勝文。それでなくとも「党内にほぼ敵がいない連勝文と党内に友人がい
ない馬英九」といわれる。権力を握っているうちに後顧の憂いを絶つ抹黒作戦と指摘する
声もある。だから「政治操作」と連戦は批判した。
対する連勝文はどうする。国民党の党内予備選は春節明けといわれる。立候補を表明す
れば党内にほぼ敵がいない」だけに公認は確実とみられているが、その前に馬英九は党主
席の権限を利用してあらゆる手を打ってくるだろう。連勝文は決死の決断を迫られている。
(敬称略、ジャーナリスト・迫田勝敏)