は5月の訪米に次ぐものだったが、訪米と同様、かなりの成果を挙げたと言っていいだろう。
蔡氏の訪日に断固反対すると闡明して圧力をかけた中国を尻目に、安倍晋三総理と非公式に会談
したと伝えられ、安部総理によしんば会っていなくても、日台関係の蜜月をうかがわせ、中国のメ
ンツを潰す材料としては最高の演出となったのではないか。
その点で、李登輝元総統の来日時に安倍総理と会談したのではないかと報じられたこととよく似
ている。中国に逆の圧力をかけた形だ。
日本も台湾も、そしてアメリカも、南シナ海を制して聖域化し、太平洋へ出る足場を作ろうとし
ている覇権主義的動きを強める中国には最大限の注意を払いつつ、中国包囲網を構築しようとして
いる。そのシンボルが環太平洋経済連携協定(TPP)だった。
参加12ヵ国が大筋で合意したことを受け、オバマ大統領が10月5日に「中国のような国に世界経
済のルールを書かせることはできない」と言い放ち、中国を名指ししたことは記憶に新しい。同盟
国と戦略的な関係を強めるための経済ルールを作ったのがTPPだと宣言したことは、取りも直さ
ず中国とは同盟国ではないと宣言したに等しい。台湾はTPP入りを望んでいる。蔡氏もまた主要
政策の一つとしてTPPへの早期加入を掲げている。恐らく今後、アメリカと日本が台湾のTPP
加盟をバックアップするのは間違いない。
一方、日本では集団的自衛権が行使できる安保関連法が成立して、台湾有事にも対応できる体制
が整った。安保関連法案の成立に、蔡英文氏は「日本が地域の平和維持に重要な役割を担うことを
期待する」と述べ、日台の絆が深まることへの期待感を表明している。
李元総統の来日は、安保関連法案が衆議院で可決され、参議院へ回されていた空白期、蔡氏の来
日は参議院で成立した直後に当たった。いずれもタイミングのよい来日となった。
このようなところにも「天の配剤」があったことに気づかされ、新たな日本と台湾の蜜月時代の
到来を予感させられたのは編集子ばかりではないだろう。
また、今回の来日で蔡氏は記者会見を開かなかったことも奏功したと言っていい。開いていれ
ば、尖閣諸島の領有権に関する質問が出ることは容易に予測でき、物議をかもす材料となったはず
だ。尖閣は台湾の領土だと発言せざるを得ない蔡氏の発言で、来日の成果に水を差しかねない惧れ
が十分にあった。蔡氏の戦略勝ちというところか。
本日の産経新聞が蔡氏来日の総括記事を掲載しているのでご紹介したい。上に掲げたのは実際の
紙面の見出しで、下記がウェッブ版の見出し。
蔡英文氏、会談相手は「答えられない」 派手な演出避け、日本からの“厚遇”勝ち取る
【産経新聞:2015年10月10日】
台湾の野党、民主進歩党の総統選候補者、蔡英文主席は9日、4日間の来日を終えた。滞在中は優
勢な選挙情勢や中国の反発を考慮し、派手な演出を避けて失点を避ける一方、日本政府高官との非
公式会談など実務的な実績を重ねた。日本側も来年の政権交代を見据えて“厚遇”で応じた。
蔡氏は9日、東京・永田町の自民党本部を訪問し、細田博之幹事長代行らと会談した。午前に
は、内閣府で政府高官と非公式に会談したと台湾メディアが報じた。蔡氏は記者団に「関係者と会
談した」と会談を認めたが、会談相手は「答えられない」と述べた。
台湾の総統選の候補者が日本の政府機関で現職の高官と会談するのは、極めて異例。蔡氏にとっ
ては5月末〜6月の訪米で国務省に入ったのに続き、対外活動の着実な成果を残した。
蔡氏は8日には首相官邸近くのホテルで、安倍首相と接触したとみられている。民進党の呉●
(=刊の干を金に)燮秘書長(幹事長)は9日、首相との会談を重ねて否定したが、接触報道は台
湾の有権者に「日本の首相と直接対話できる指導者」という印象を与えたようだ。
民進党は今回の訪日で安倍氏との近さの演出を狙った節がある。両氏は自民党が野党時代の2010
年と11年の2回、台北で会談している。蔡氏は7日には首相の地元、山口県を訪問。首相の実弟、岸
信夫衆院議員の案内で歴代首相の書を見学した際も、安倍氏が揮毫(きごう)した「寂然不動(心
は穏やかだが信念は曲げないの意)」に見入った。蔡氏はフェイスブックに「課題に直面する上
で、指導者には寂然不動の心が必要だ」と書き込み、安倍氏への親近感を示してみせた。
蔡氏は前回総統選の候補者として来日した11年10月には、外国特派員協会や早稲田大学での講演
で、対中政策などに関する発信を積極的に行った。今回は対照的に、講演は日本在住の台湾人向け
に内政問題を中心に語っただけ。その一方、日本の政党幹部や政府高官との会談を通じ、政権交代
の準備ができているとの姿勢を内外に示した形だ。(田中靖人)