ジャーナリストの櫻井よしこさんは大の李登輝ファンだった。
ファンというより、言論の自由があり、基本的人権が守られる民主国家に台湾を導いた政治家として李登輝元総統を尊敬していたと言った方が正しいかと思う。
理論的かつ心情的な台湾贔屓(びいき)と言ってもよい。
李元総統もそれに応えるように、来日するたびに櫻井さんとお会いしていた。
総統選挙を制した頼清徳氏が「日台は見えない糸で強く結ばれている。
私たちは同生共死(共に生き、共に死ぬ)の関係にある」と発言したことに呼応し、櫻井さんは「私たちはこの言葉に込められている想いの深さを掬い上げ、日本の国益の為にこそ、台湾政策に反映させなければならない」と、筆圧が加わったかのように強調する。
また、頼清徳氏の来歴を振り返りつつ「日台は共に生き共に死ぬのだという究極の一体感はまさに頼氏が幼い頃から日本に抱いていた思いの帰結」と見定め、「台湾の戦いをあらゆる知恵と力で支援するのがわが国の国益だ」と喝破した。
李登輝元総統への信頼と尊敬がっそっくり頼清徳総統に乗り移ったかのような櫻井さんの賛辞は、頼総統への日本の言論人を代表する記念碑的一文であろう。
『週刊新潮』に連載中の「日本ルネッサンス」(5月30日号)の「頼清徳台湾新総統は大の親日派から」の全文を下記にご紹介したい。
頼清徳台湾新総統は大の親日派【『週刊新潮』「日本ルネッサンス(第1099回)」:2024年5月30日号】https://yoshiko-sakurai.jp/2024/05/30/9875
5月20日、民主進歩党の頼清徳氏が台湾総統に就任した。
副総統の蕭美琴氏と共に歩むこれからの4年間、彼らは中国共産党の最も厳しい圧力に晒されるだろう。
どう乗り越えるか。
頼氏を独立派だと敵視する中国共産党に侵略の口実を与えない為に、氏は蔡英文前総統の「現状維持」路線の継続を強調してきた。
その上で就任演説では力強く語った。
「(台湾は)高慢にも卑屈にもならず、現状を維持する」「中国と共に平和と共栄を追求する」
両手を大きく動かしながら、中国に呼びかけた。
「中国は政治的軍事的恫喝を止め、台湾と共に世界に対して台湾海峡の平和と安定を維持し、誰も戦争勃発の恐れを抱かなくてよいのだと保証する責任がある」「中国による多大な脅威、浸透工作に対して台湾は祖国防衛の決意を示し、国防意識を高め、国家安全のための法的枠組みを強化しなければならない」
具体策として、1)国防力強化、2)経済安全保障の構築、3)海峡の安定と原則重視の指導力、4)価値観外交の積極的推進の四原則を示した。
また演説の終盤部分で頼氏は「中華民国と中華人民共和国は互いの従属国ではない」とし、こう強調した。
「全ての台湾人は祖国防衛で団結しなければならず、全ての政党は併合に反対し、台湾の主権を守らなければならない。
誰も政治勢力拡大と引き換えに主権を諦めるような考えをもてあそんではならない」
これは後述する元国民党総統の馬英九氏や国民党議員による、台湾を売るかのような中国訪問への警告ととってよいだろう。
頼氏は独立という言葉は避けているが、台湾は中国の一部であり必ず統一すると言って止まない中華人民共和国主席の習近平氏に、断固たる反対意思を歯切れよく表明した。
台湾は中国の一部ではないという、蔡氏も度々繰り返した台湾の原則を就任演説でこれまで以上に明確に語った頼氏ではあるが、中国との対立を最大限避けるべく過去にもさまざまな対中意思表示を行ってきた。
◆「エビピラフとタピオカ」
たとえば、総統選挙の最中のテレビ討論番組では聞く人の微笑を誘った。
今最も一緒に食事したい人は誰かときかれ、頼氏はにこやかに答えたのだ。
「中国の習近平国家主席です。
習主席にエビピラフとタピオカミルクティーを振る舞って、『戦争に勝者はいない』と伝えたい」(『頼清徳』周玉●著、矢板明夫翻訳・編著、産経新聞出版)。
(●=寇のウ冠が草冠)
中国当局と台湾国民への、「自分は中国と敵対する気はない」との柔らかな意思表示だ。
タピオカミルクティーがスイーツ王国台湾自慢のデザートドリンクであるのは言うまでもない。
中国との対話重視が嘘ではないことを示すのが、対中交渉の窓口機関、海峡交流基金会の理事長人事だと産経新聞台北支局長の矢板明夫氏が指摘する。
交流基金会は蔡政権の下では殆ど活動休止状態に陥っていたが、頼氏は新理事長に将来の総統候補と言われる実力者、鄭文燦(ていぶんさん)前行政院副院長(副首相)を任命した。
対中関係改善への意欲の表われに他ならない。
中華民国と中華人民共和国は全く別の国家だと明言した頼氏は、高まる一方の中国の圧力を回避する道は、まず、自国の安全保障体制の強化だとの決意を示しながらも、国際社会、とりわけ日米に連帯を呼びかけている。
5月9日の発言だ。
「日台は見えない糸で強く結ばれている。
私たちは同生共死(共に生き、共に死ぬ)の関係にある。
台湾有事は日本有事、日本有事は台湾有事だ」
私たちはこの言葉に込められている想いの深さを掬い上げ、日本の国益の為にこそ、台湾政策に反映させなければならない。
理由は二つ、台湾有事は安倍晋三総理の指摘どおり、間違いなく日本有事であること、台湾の国内情勢がかなり切迫していることである。
中国の露骨な台湾攻勢は全分野にわたるが、台湾を内部から崩壊させる政治工作は熾烈を極める。
総統就任式が近づきつつあった4月1日、中国共産党は国民党の馬英九元総統を招き、10日、習氏が会談に応じた。
同月26日には国民党の立法院議員17人が訪中した。
中国側は国民党の顔を立て、中国人の台湾観光の規制を緩めるなどした。
台湾国民に国民党なら中台関係もうまく行く、という印象を植えつける狙いだ。
他方、民進党に対しては全く反対の戦術を取る。
1月13日の総統選挙で頼氏が勝利するや、2日後の15日に南太平洋ミクロネシア、人口1万2000人のナウルに台湾と断交させた。
民進党政権では台湾は孤立し続けるとの警告である。
頼氏が台湾の祖国防衛の具体策として掲げた四原則のひとつは価値観外交の積極的推進だった。
同じ価値観を持つ国として、日台は共に生き共に死ぬのだという究極の一体感はまさに頼氏が幼い頃から日本に抱いていた思いの帰結である。
◆受け継いだ「日本精神」
前述の著書『頼清徳』によると、頼氏は生後3ヶ月で働き者の父を亡くした。
母は30歳の若さで6人の幼な子を一人で育てることになった。
「貧困の中で育った私たちは重労働も恐れず、きょうだいの関係は特に良好でした」と頼氏。
「台風が来たら、屋根が飛ばされたものでした。
台風が去った後は……」
苦しい生活の中で家族が団結して屋根を直したことを思い出した時、頼氏は感情があふれ出て絶句した。
頼氏は選挙演説で語っている。
「父は炭鉱の労働者だった。
(中略)私は貧しさを理解し、台湾から貧困をなくしたいと思って医者になり、さらに政治の道に入った。
そして今、炭鉱労働者の息子が総統になる時を迎えようとしている」
頼氏の不屈の精神の源流は、親の世代から受け継いだ「日本精神」だと氏は語っている。
2017年、日本記者クラブでも氏はこう語った。
「私が小さい頃、大人たちは、大きな困難に見舞われそうな時には、常に『死んでも退かない日本精神を持て』と言っていたので、私はこの頃から日本に非常に関心を持っていました」
東日本大震災、熊本地震、安倍総理暗殺、いずれの時も信じ難いほどの早さで氏は日本に駆けつけた。
頼氏らが主導する台湾の戦いは世界の民主主義と平和の為の戦いである。
台湾の戦いをあらゆる知恵と力で支援するのがわが国の国益だ。
駐日中国大使の呉江浩氏は台湾総統就任式に合わせて鳩山由紀夫氏、福島瑞穂氏らを招いての座談会で、日本が「中国分裂を企てる戦車に縛られてしまえば、日本の民衆が火の中に引きずりこまれる」と発言した。
こんな国の脅威に直面しているのが台湾だ。
日台の国益は大きく重なる。
台湾に力を貸すことが日本の国益であるのは明解だ。
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