【産経東亜春秋】盧溝橋事件の教訓

【産経東亜春秋】盧溝橋事件の教訓

2013.1.23 産経新聞

             中国総局長・山本勲 

 尖閣諸島をめぐる日中対立が激化の一途をたどり、偶発的軍事衝突の懸念も強まっている。中国は先月13日の同島周辺の領空侵犯を皮切りに、海空両面からの日本領侵犯を常態化し始めた。しかも日本が警告のための「曳光(えいこう)弾を1発でも撃てば、それは開戦を意味する」(彭光謙・中国軍少将)などと恫喝(どうかつ)する始末。ここは双方が日中戦争の口火となった盧溝橋事件の教訓に学ぶ必要がある。

 盧溝橋事件は1937年7月7日深夜に起きた。邦人保護のため北京西郊、盧溝橋で演習していた日本軍が銃撃を受け、付近に駐屯していた中国国民党軍との軍事衝突を誘発。8年に及ぶ日中戦争に発展した。

 事件は「国民党との内戦で窮地にあった中国共産党が矛先を日本に向けさせるために仕組んだ謀略」との見方も根強いが、真相は不明だ。1発の銃弾が歴史を変えた前例は他にもある。第一次世界大戦の引き金となった14年6月のオーストリア・ハンガリー帝国皇太子の暗殺事件だ。

 万が一にもこうした事態を招かぬよう、習近平政権の自制を求めたい。隣国の領海・領空侵犯を繰り返し、国際法でも認められた警告射撃を口実に戦争を始めるというなら「やくざ国家」の汚名を免れない。

 政権を継承したばかりの習総書記にとっては国内の安定が第一のはずだ。日本との武力衝突は米国との戦争に拡大し、惨害は計り知れない。

 習氏の本音は尖閣問題で強腰に出ることで国民に「タフな指導者」ぶりをアピールしつつ、強大化した軍事力を背景に日本に一歩ずつ現状変更を迫ることだろう。

 まず(1)尖閣諸島を「係争地域」と認めさせ(2)徐々に「共同管理」状態に持ち込み(3)最後は軍事・経済力で大きな格差をつけ、戦わずに自国領化する-という戦略だ。尖閣を奪取すれば次の“照準”は沖縄、台湾だ。

 共産党政権の野望は果てしないが、あくまで長期戦略である。軍人らタカ派の強硬発言はまず威嚇して相手の出方をみる“牽制(けんせい)球”だ。「係争」を認めれば「日本が弱みを示した」と世界に宣伝し、奪取の動きを加速する。これは共産党政権の常套(じょうとう)手段である。安易な妥協は「アリの一穴」となり、最後は「ダムの決壊」を招く。

 安倍政権が最も警戒すべきは中国による日米同盟の分断だ。習政権は米国に「反ファシスト戦争で共闘した中米の連携を強め、過去の歴史を反省しない日本に厳しく対処する」よう求めている。

 ナチスのユダヤ人大量虐殺と南京事件を結びつけ、慰安婦問題での河野談話見直しの動きを強く非難するなどして、米国のユダヤ人勢力やリベラル派の支持固めを進めている。

 在米華僑・華人は400万人を超え、莫大(ばくだい)な資金で米国での反日宣伝を強化、拡大している。資金力と人力で日本に大差をつけているだけに、歴史問題での中国の「反日世論戦」には細心の注意と対策が必要だ。

 もう1つの懸念は盧溝橋事件のように、一部の勢力が偶発事件を装い軍事衝突を仕掛けることだろう。たとえ小規模な衝突でも国内の好戦論が沸騰すれば、発足間もない習政権が後へ引けなくなる恐れがある。

 18日の日米外相会談でクリントン国務長官が「日本の安全を脅かすいかなる一方的行為にも反対する」と、いつになく明確に中国に警告を発したのも、危機感の大きさの表れだろう。習政権にはこれを真摯(しんし)に受け止めてもらいたい。


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