李登輝前総統の外国人特派員協会におけるブリーフィングと質疑応答【3】

李登輝前総統は日本滞在最終日となる6月9日午前11時から、東京・有楽町の外国人特
派員協会(The Foreign Correspondents’ Club of Japan)において、訪日中最後となる
会見を行った。会場には200人を超える記者、多数のテレビカメラが集まった。李氏は30
分間のブリーフィングで訪日の感想を述べ、残りの30分で記者たちの質疑に答えた。

 質問が靖国神社参拝について触れると、李氏は時に声を張り上げ、中韓に何も言えな
かった日本政府の弱腰を批判。「国家のために命を落とした若者を慰霊するのに、なぜ
外国に批判されなくちゃならないのか!」と語ると、記者団からは期せずして拍手が沸
いた。

 また、「日本の人々はあまりにも中国を知らな過ぎる。22歳まで日本人だった私も今
や86歳(台湾の旧暦で計算)。ずっと中国社会で生きてきた私が得たことは、中国人に
なりきって考えないと、中国人のやり口はわからない。日本的考え方で中国のことを考
えてもダメだ」と述べた。

 やはり日本の政治家とは役者が違うことをまざまざと感じた会見であった。なお、会
見のため、文章に起こしてわかりにくい箇所は適宜修正した。【早川友久・記】


李登輝前総統の外国人特派員協会におけるブリーフィングと質疑応答【3】

■質疑応答

◇シンガポール記者:今回の訪日で、どのような点に最も影響力を発揮したと思います
 か? また、もともと国民党である李登輝さんですが、次回の選挙では誰を応援して
 いますか?

◆李氏:私の元々の職業は農業経済学者あるいは経済学者、総統をやっていましたから、
 時には政治家と思われてきましたが、このたびの日本訪問においては、そういった色
彩をできるだけ出したくありませんでした。むしろ私は日本で、見たいものは何か、勉
強したいものは何か、日本文化とは何か、日本文化の持つ本当の意味を実地に見なけれ
ばならないと思いました。

 一つの国が発展するには、物質的な面の発展だけではなりません。必ず文化というも
のが基礎となり、それが人民の生活を基礎的な考え方・哲学となって、日本の国の形を
作っていくものと思っています。

 そういう私ですから、今の台湾における総統選挙についてお答えするに、私は国民党
の指導者であり、その12年間を利用して台湾の民主化をやりました。私はそれを一生の
誇りと思っておりますが、国民党から見れば李登輝は反逆者ですから、潔く国民党を離
れました。今はまったく自由な形で、台湾の政治やなりゆきを見ております。

 だから、誰が総統に当選する、あるいはどういうことが起きるかということについて
は、私は関心をあまり持ちたくはありません。それは人民が決めるのですから、私が決
めるのではありません。非常に大切なことだと思います。

◇イタリア記者:台湾政治の混沌の今後と靖国神社について(質問は英語のため簡訳)

◆李氏:Thank you for your question. I am going to answer in Japanese. 私は民
主主義社会、そして民主政治を12年間、一滴の血も流さずにやって来ました。その目的
は何かというと、人民の生活に傷をつけたくないということです。

 次に基本的なものは何か、それは人民のいわゆる豊かな生活、考え方を歪めない。そ
のためには私の基本的な考え方は何かというと、市民社会であります。近代社会におけ
る市民社会の重要性、それは教育と教養とその他いろいろなものによって築かれます。
もし一国が単に教養、あるいは政治における制度自体が変わっただけでは、サミュエル
・ハンチントン教授が言うように、成功する可能性もありますが、なかなか成功するこ
とは難しいと思います。

 台湾における現在の政治体制の問題においても、私は基本的に人々の高い教養と教育
が大切であり、それによってこれからの民主政治がうまくいくものだと思っております。
だから私の基本的な考え方は、個人的に、人間としてどうあるべきか、国に対してどう
あるべきか、というようなものから出発して考えなくてはなりません。

 一昨日、私は靖国神社を参拝しました。私はよく知っております。新聞ではひじょう
な政治的問題として取り上げ、あるいは歴史問題として政府を糾弾し、いろいろなこと
があります。私はそれに無関係であります。私は、一個の人間として、家の兄に対する
長い間の思いやりと、冥福を祈るというのが唯一の目的であります。そこから人は出発
しなくてはなりません。

 そういうところで、私は一昨日、靖国神社を訪問しましたが、日本における靖国神社
に対する考え方は今後変わっていくと思いますけれども、私は非常に強く感謝しており
ます。

 兄は亡くなって60数年、家には位牌もなければお墓もなければ何もありません。それ
を靖国神社で安置してくれ、魂を鎮めてくれるということに対して、私は非常に感謝し
ております。

◇フランス記者:靖国神社参拝に対する反応について(質問は英語のため簡訳)

◆李氏:私はフランスから来た記者の質問に対して、以下のような答えを与えたいと思
 います。

 いったい、靖国神社問題とは何から出てきたか。こういうような事情に我々はもう少
し頭を入れて考えなくてはならない。靖国神社問題というのは、中国大陸や韓国におい
て、自国内の問題を処理ができないが故に作り上げられた事実だと思っております。そ
れに対して日本の政治はあまりにも弱かったと私は信じております。

 こういうようなことが外国の政府によって批判される何ら理由はありません。自分の
国のために戦った若い命をお祀りする、それは当たり前のことです。

 私は台湾において国民党の総統を12年間やりました。毎年、春と秋に忠烈祠に拝みに
行って、その人たちの魂が鎮守されるようお願いしてまいりました。この人たちは正直
に言いますと、台湾とは無関係の人たちばかりです。台湾のために血を流した人ではあ
りません。ただ、こういうところでは我々は人間として、広く人類愛に基づいた考え方
で慰霊をするということは大切なことであります。

 私はかつてフランスのパリに「台湾フランス文化賞」というのを設けました。フラン
スが200年間も努力してきた民主主義とは、哲学的に考えれば「我々とは何か」という問
いから始まったフランス革命が元になっております。それなのに、私がフランスへ行こ
うとしたら、フランスの首相が中国へ行くから李登輝が来ては大変だよ、困ります、と
否定したわけです。

 私がここでこのようなことを申し上げるのは非常に僭越なところがありますが、既成
的な概念で現在の新しい社会が進んでいく方向を妨げてはいけません。非常に大事なこ
とだと思っております。ありがとうございました。【(4)に続く】



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