李登輝前総統の外国人特派員協会におけるブリーフィングと質疑応答【4】

李登輝前総統は日本滞在最終日となる6月9日午前11時から、東京・有楽町の外国人特
派員協会(The Foreign Correspondents’ Club of Japan)において、訪日中最後となる
会見を行った。会場には200人を超える記者、多数のテレビカメラが集まった。李氏は30
分間のブリーフィングで訪日の感想を述べ、残りの30分で記者たちの質疑に答えた。

 質問が靖国神社参拝について触れると、李氏は時に声を張り上げ、中韓に何も言えな
かった日本政府の弱腰を批判。「国家のために命を落とした若者を慰霊するのに、なぜ
外国に批判されなくちゃならないのか!」と語ると、記者団からは期せずして拍手が沸
いた。

 また、「日本の人々はあまりにも中国を知らな過ぎる。22歳まで日本人だった私も今
や86歳(台湾の旧暦で計算)。ずっと中国社会で生きてきた私が得たことは、中国人に
なりきって考えないと、中国人のやり口はわからない。日本的考え方で中国のことを考
えてもダメだ」と述べた。

 やはり日本の政治家とは役者が違うことをまざまざと感じた会見であった。なお、
会見のため、文章に起こしてわかりにくい箇所は適宜修正した。【早川友久・記】


李登輝前総統の外国人特派員協会におけるブリーフィングと質疑応答【4】

■質疑応答

◇記者:李氏の中国に対するチャレンジについて

◆李氏:今ね、私がチャイナにチャレンジをやっていると言われたけれども、一つもチ
 ャレンジなどやっておりません。
  私が総統時代において1991年に、国民党と共産党が内戦を続けていたのを、このよ
 うな状態では台湾と大陸における良い関係が作られるはずがありませんので、それで
 私は、内戦停止をやりました。この内戦停止と同時に北京政府に対して、「北京政府
 は有効的に中国大陸を治めています。台湾は台湾できちんとやりますから、お互いに
 良く付き合っていきましょう」と伝えました。

  そして、そのためにいろいろな組織が作られました。大陸委員会、海峡委員会で辜
 振甫さんを通して汪道涵さんとのお付き合いなど、こういうような形で、問題をお互
 いに話し合って解決していけば、そこには今おっしゃったような”チャレンジ”とい
 うものはありません。

  私はそのような状態について、“チャレンジ”ではないと思います。国と国との間
 における静かな安定した状態を作り上げていくのは、国を守る最も重要な要件である
 と思っております。

  私から見ますと、日本の方々はあまり中国を知っておりません。私みたいに22歳ま
 で日本国籍を持っていた人が、いま86歳ですから、60数年間の中国生活というものが、
 私に何を教えたか。中国人に対する考えた方というのは、中国人になって中国人と話
 をしなくてはならないということです。日本的な日本人の立場で、中国人と話をして
 も、話は合いません。なかなか難しいことです。

  日本がこれからアジアの自主的な、ある力をもった国家となるためには……。こん
 なことを言うと、安部首相の肩を持っているように言われますけれども、彼は真っ先
 に中国大陸を訪れて胡錦濤主席といろいろな話をしてきた。

  第一に、お互いに信頼関係を戦略的に作りましょうといったとき、私は、碁をやる
 ときには布石をやらなくちゃいけないが、この布石は上等な布石だったと思いました。
 日本の中には、これを批判している人がいるけれども、布石がなければ次の碁は打て
 ません。次の定石をどこに置くか、布石がなければ定石はおけません。

  こういう考え方のもとに、国と国との間の関係を作り上げていくというのは、非常
 に正しいやり方だと思っております。

  ただ、中国人がひとこと言っただけで恐々になって、たとえば靖国神社へ行ったら
 新聞が書き上げて、そんなの信じない方がいいですよ。私が兄の冥福を祈りに靖国神
 社へ行きましたが、私の見ている限り、中国の上の人は何も言い切れないですよ。下
 っ端の役人がくだらないことを言って騒がしているだけですよ。そういうことを知ら
 なければ、国と国との関係をうまくもっていくことはできません。新聞がそういう下
 っ端の人たちの言うことを聞いて大きく書き上げる、それ自体が私は間違いだと思っ
 ております。

◇記者:台湾の法的地位について

◆李氏:今おっしゃられたことは非常に重要なことだと思っております。1952年、サン
 フランシスコ条約が締結されたとき、日本は台湾をどこに返すか、一言も書いており
 ません。それだけは頭に入れなくちゃなりません。

  戦後においては、マッカーサー司令部による命令によって、蒋介石政権に「台湾を
 しばらく統治しなさい」ということになりましたが、台湾の主権における考え方は今
 でも不明瞭です。この不明瞭さによって、世界のはっきりしない戦略の中に台湾が置
 かれております。

  だから、中国で考えたら、台湾は中国のものだと言いますけれども、(もしかした
 ら)アメリカでも(台湾は)中国のものだと考えているかもしれません。

  ところが、台湾に存在する2300万人の人々、それこそが台湾の主権を本当に握って
 いるはずだと思います。だから私は「台湾はすでに独立した一つの国である。主権も
 あり自由もある、独立した国である」と言っております。なぜならば、我々は今から
 何の独立をやる必要がありますか。

  中国大陸から独立するといった場合、中国大陸では、国家に反逆する法令が作られ
 ましたが、私の見方では、中国大陸の上層部の人々は、恐らくこの法令で頭が痛いの
 ではないかと思っております。だから、(台湾が独立するといったら)何かしら言わ
 なければならない。

  台湾は独立していると、かつてドイツの放送局に言いましたよ。台湾の地位は非常
 に複雑な状態に置かれている。判決のない特殊な状態にある。その状態の中にあって、
 台湾の人々が「台湾は自分たちの国だ」という意見を持ってやっていかなければ、誰
 も助けてくれません。

  昨日の講演でも申し上げましたが、中国が台湾海峡において有している問題は台湾
 とアメリカの2つだけです。この問題がいつどんな形で解決するかわかりませんが、台
 湾は独立した、自由な、民衆的な国家だということを強く主張することが当たり前で
 あります。

  ヨーロッパでもいろいろな国が出たり入ったり、取ったり取られたりしております。
 一番重要なのはやはり、その国の住民がアイデンティティを持ち、先ほど申し上げた
 ような「Who am I」 ではなく、「Who are we」という考え方に台湾の重点がおかれる
 べきであります。だから中国が台湾にいろいろ言っても、私は少しもびくともしませ
 んし、できるだけ国民にも気を使う必要はありません。なぜかということを話すと時
 間がかかるので言いませんが(笑)。

  台湾が新しい方向に、自由と民主という方向に歩いていかないと、中国のいわゆる
 「輪廻の芝居」の中に永久に取り囲まれてしまいます。今は経済が伸びていますが、
 何年かの間にいつどうなるかわかりません。これが中国の長い間における、発展・後
 退、発展・後退という皇帝の時代の変化の過程が中国の政治でありました。

  ああいう政治が繰り返されないためには、やはり民主化を進め、人民には自由を与
 えるという道を進めなければなりません。ここには細かい困難な問題がいくつもある
 でしょう。ただ、そのような問題は、大きい将来を考えれば簡単に片付くものだと信
 じておりますから、あまりこれにとらわれて、新聞に大きく書く必要はありません
 (一同笑い)。

◇記者:バチカンが中国との国交締結を模索していることについて

◆李氏:バチカンと中国大陸との関係というのは、これは宗教的ないわゆる個人の信仰
 の問題というよりは、政治的な意図が全部含まれております。あまりにも政治的な意
 図が強いもので、個人的な自由、信仰の自由というものが唱えられておりません。

  divorce(台湾とバチカンとの国交断絶)の問題ですが、中国とバチカンでは違う考
 え方を持っているかもしれません。

  ところが基本的な問題は、中国では天主教の神父というものは北京政府に指定され
 た人でなくてはならないのです。信仰が政府によって規制される、こういうことは世
 界的に見てちょっとおかしい話です。神父あるいは牧師が政府によって支配される、
 これじゃちょっと話が違います。

  人間の信仰は自由であります。バチカンと台湾の問題については、台湾と天主教と
 の間、あるいはむしろマイナーの問題として台湾政府とバチカンの間で適当な処理が
 行われるべきと思いますが、根本的な問題は「宗教の持つ原子的な風景は何だったの
 か」ということを考えなくてはならないと思います。(終り)



投稿日

カテゴリー:

投稿者: